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たっくんの履歴書<後編>

俺は嫁と一緒に席を外したたっくんこと木村たくやの履歴書の記入を続けた。


「次は『志望動機』か。・・・あれだろ、『御社のこういうところに感銘を受け、就職を志望しました』と書くんだろ?本人がいないのに何て書けばいいんだ?」


「そうねえ。きれいごとばっかり、嘘八百並べても相手には丸わかりだろうから、正直に書いた方が印象がいいんじゃないかい?」


「その正直な志望動機がわからないんだが」


「最初に言ってたじゃないか、『小さくてしけた会社だけど、俺には大会社勤務なんて無理だから、この辺で手を打とうと思う』って」


「そんなこと書いて大丈夫かよ?」


「そうねえ。さすがに『しけた会社』じゃまずいかもねえ」


「第一、今はウーパールーパーに勤務って書いたぞ。ウーパールーパーって、大会社じゃないのか?」


「そうだねえ。よくテレビで話題になっているからねえ、誰もが知る大会社だろうねえ」


「そんな大会社から小さな会社に転職するって、ちゃんとした理由がないと不審がられるぞ。・・・前の会社で問題を起こして解雇されたんじゃないかとか」


「そうねえ。確かに誰もが納得できるまっとうな理由が欲しいわねえ」


「とはいえ、本人がいないのにあることないことでっち上げるわけにもいかないぞ」


「ちょっと待ってよ。たっくんが言ってたことを思い出すから」そう言って嫁は腕を組んだ。顔を赤らめながら考えているが、なかなか思い出せないようだった。


俺はその間に厨房に戻ると、お湯を沸かしてお茶を淹れた。それをお盆に載せて持って行き、嫁の前に茶碗を置く。


「どうだ?何か思い出せたか?」


「ウーパールーパーを辞める理由だけど、『料理が傾いている』とか『料理の数が足りない』とか、よく文句を言われるって言ってたわね。配達時間より1時間しか遅れてないのに文句を言われたとも言ってたわ」


「客の苦情が多くて嫌になったのか?なら、その辺を転職理由として書いてみるか」


俺は履歴書の志望動機欄に書く内容をチラシの裏に試し書きし、嫁に読み上げた。


「ウーパールーパーでは客の苦情を聞く係でした。配達員の不始末や、ちょっとしたことでの苦情を聞いているうちに、頭がおかしくなりそうでした。そこで客とのもめ事が少ない家庭的な会社に転職したいと考え、転職先を探していたら、手頃な規模の御社を見つけ、是非とも御社で働きたいと熱望するようになりました。・・・どうだ?」


「あんた、とってもうまいこと書けるじゃないか!見直したよ!」俺の肩をどつく嫁。まじで痛い。


「ただ、ここ、『頭がおかしくなりそう』って書いてるけど・・・」


「何か問題があるか?」


「精神的にやばそうって思われると、就職に不利になるかも」


「そうか?じゃあ、ここはどう書きゃいいんだ?何も問題がなけりゃあウーパールーパーを辞める理由にはならんだろ?」


「そうだねえ。・・・あんたは悩み事があったら、どうするんだい?」


「そりゃジョッキ一杯のチューハイをあおってストレスを発散するなあ」


「それじゃだめだよ。『苦情を聞いているうちにチューハイを飲みたくなりました』なんて書いたら、アル中としか思えないよ」


「そうだな。・・・頭が煮詰まったら、外に出て思いっきり大声を張り上げたいな。実際にはしないが」


「それよ、それ!」と嫁が突然言った。


「何だ、それって?」


「昔見た青春ドラマで、よく海に向かって『バカヤロー』とか叫ぶじゃない?」


「そんなドラマがあったかな?・・・それでたっくんが海で叫びたくなると書くのか?ここから海までどれくらい距離があると思ってるんだ?」


「じゃあ、月に向かって『おしおきよ〜!』と叫ぶとか」


「どんな青春ドラマだ。それに何で女言葉になるんだよ?」


「月はこの町でも見える時があるからね」


「なら、『月に向かって叫びたくなりそうでした』にしておくか。・・・狼の遠吠えじゃないが、若者ならやりそうだな」


「それから『手頃な』は安い商品をほめる時に使うけど、会社に使うのは失礼じゃない?」


「なるほどな。・・・じゃあどう言い換える?」


「今は横文字を混ぜるのがはやっているから、いっそ『お手頃』を横文字にしてみたら?」


「『お手頃』は英語でどう言うんだ。ちょうどいいって意味か?・・・ジャストフィットとか?」


「それはいいね。・・・ほかのところも横文字にしてみたらどうだい?」


「そうか?・・・例えば、『苦情』は・・・クレー、クリー・・・何だっけ?」


「クリームだったかしら」


「そうか。それでメアドにクリームって入れてあるんだな。・・・それから『月』はフルムーン?『叫ぶ』はメガホンか・・・」


「『もめ事』は・・・バトル、バトルロイヤルね」


「家庭的は・・・アット、アット・・・アットマークか?これもメアドにあるな」


「『熱望』はラブコールだねえ。・・・このくらいでいいんじゃない?書き直してみたら」と嫁に言われ、俺は志望動機を次のように書き直した。


「ウーパールーパーでは客のクリームを聞く係でした。配達員の不始末や、ちょっとしたことでのクリームを聞いているうちに、フルムーンにメガホンしたくなりそうでした。そこで客とのバトルロイヤルが少ないアットマークな会社に転職したいと考え、転職先を探していたら、ジャストフィットな御社を見つけ、是非とも御社で働きたいとラブコールしました。・・・どうだ?」


「ルー大柴みたいだけど、現代的でいいんじゃない?」と嫁。


ルー大柴とは古いな、と思いながら、俺は上記の文章を履歴書に書き写した。


「次は趣味・特技欄か。・・・たっくんの趣味は何だ?特技はあるのか?」


「そうねえ。友だちとよくナンパして、誘った子と一緒にカラオケに行くって言ってたような」


「さすがに『ナンパ』と書くのはまずいだろう。・・・ナンパ、ナンパ・・・言い換えれば『声かけ』か?あいさつみたいだな」


「じゃあ、『あいさつ運動』にしたらどうだい?何かさわやかだよ」


「そうだな。しかもロリコンだから、『子どもへのあいさつ運動』にしておこう。・・・カラオケはそのまま書くか?」


「もうちょっといいように書いておやりよ」


「カラオケを言い換え?そもそもカラオケってどう言う意味だ?」


「確か、空っぽのオーケストラって意味だったと思うけど」


「オーケストラとは大仰だな。・・・しかし履歴書だからな。少しくらい盛っておいた方がいいか。しかしオーケストラだけだと曲を聴くのか、演奏に参加するのかがわからない。・・・ここは『オーケストラ演奏』にしておくか。パートはボーカル、つまりカラオケで歌を歌うことだから、嘘じゃあないな」


「『空っぽ』は書かないのかい?」


「『空っぽ』か。意味は『スカスカ』ってことだな。・・・ん、待てよ!確か『そら』は英語でスカイと言ったはずだ。空は空気しかないスカスカだから、『空っぽ』と意味が通じる。ここは『スカイ・オーケストラ演奏』にしておくか」


「『スカイ・オーケストラ』なんて聞いたことがないよ」と嫁が文句を言った。


「それもそうだな。・・・『スカイ』が付くもの。・・・そうだ!『スカイ・ダイビング』と書いておこう!」


「いいのかい?面接で突っ込まれたらどうするんだい?」


「たっくんがしけた会社だと言ってたろう?スカイ・ダイビングなんて知ってる社員はいないから、突っ込みようがないさ」


そう言って俺は趣味・特技欄に「子どもへのあいさつ運動、スカイ・ダイビング、オーケストラ演奏」と書いた。


「残すは本人の希望欄だな」


「希望って何を書くんだい?」


「それは給料はこのくらいがいいですとか、どういう職種に就きたいとか、そういう希望を書くんだよ」


「たっくんはうちのお得意様だから、なるべく給料をたくさんもらって、うちに落としてくれるといいねえ」


「そうだな。『高給希望』と書くか。・・・もっと具体的な方がいいかな?『月給50万円以上希望』とか」


「会社ならボーナスもあるだろうから、年収の方がいいんじゃないかい?」


「そうか。じゃあ、『年収1000万円希望』か?」


「だけどあんた、あまり高く要求すると、『うちじゃ雇えん』とか言われて就職できないかもよ」


「そうか。・・・確かにそうだな。たっくんだしな。少し値を下げておくか」


そう言って俺は店内の壁に貼ってあるメニューを見た。「枝豆200円」とか「揚げ出し豆腐350円」とかちまちました値段しか書いてない。


「スーパーなんかじゃ100円のものを98円にして、安く思わせる商品がけっこうあるよ」


「なるほど。じゃあ、『年収980万円希望』にしておくか。けっこうな高給取りだな。これだけ収入が上がると、うちの店には来てくれなくなるかもしれないぞ」


「なら、職種に『安く上げる宴会部長。いい居酒屋を知ってます』と書いておいたら?」


「それもいいな。・・・しかし宴会部長だと夕方5時以降の仕事しかないじゃないか」


「それもそうだね。・・・会社の仕事って何があるんだい?」


「何があるかな?・・・外回りの営業、社内に居続ける事務、新入社員と面接する人事、社長秘書・・・などしか知らないなあ」


「たっくんに営業なんてできるかねえ?いい子なんだけど、礼儀を知らないからねえ」


「事務仕事も難しいな。計算はできないし、パソコンも使えない。スマホは使えるみたいだが、会社でスマホを使うかなあ?」


「社長秘書は美人に決まっているしね。・・・たいてい社長の愛人なんだろう?」


「おいおい、いい加減なことを言って、全国の社長秘書から怒られるぞ。男の秘書も大勢いるし」


「そもそも秘書の仕事って何だい?秘密の書類って書くから、密書でも作る仕事なのかい?」


「密書って何だよ。時代劇じゃないんだぞ。・・・秘書の仕事は俺もよくわからんが、社長のスケジュール管理とか、出張の手配とか、電話応対とか、そんなもんだろ?」


「これもたっくんには無理そうだねえ」


「宴会部長以外にろくに仕事ができないとなると、高給取りなんてとても望めないぞ」


「あ、そうだ!」また嫁が手を叩いた。


「何だ?」


「たっくんはウーパールーパーでクリーム係だったでしょう?だから新しい会社でも、とりあえず慣れているクリーム係で働きたいですってアピールしたらいいんじゃない?」


「そうか。ウーパールーパーでの経験から即戦力になるってやつだな」


俺は本人の希望欄にまず「年収980万円希望」と書こうとして、ついうっかり「年収9800」と書いてしまった。このままでは年収9800万円になってしまう。さすがにたっくんに給料を1億円近く出す会社はないだろう。


とはいえ、修正して書き直すのも見た目が悪くなる気がする。既に履歴書の用紙はくしゃくしゃになっているが。


「しょうがない。万円のところも数字で記入しよう」と思って俺は続けて0を2つ書いた。これで980万円になるはずだ。


さらに続けて「職種はクリーム係を希望。宴会部長もお任せください。安い居酒屋を知っています」と書き加え。「安い居酒屋」の下にアンダーラインを引いた。


「完成したぞ。後は写真を貼るだけだ」俺はそう言ってたっくんから預かった写真を規定の大きさに切った。


「あんた、のりだよ」と焼き海苔を俺に渡す嫁。


「馬鹿野郎。のりはのりでも食べる海苔じゃねえか」と俺は嫁にツッコみ、二人で笑いあった。


糊を使って無事に写真を貼り、履歴書全体を見直す。


「なかなかいい出来の履歴書じゃあないか」「そうだねえ」とほめ合う俺たち。


履歴書を丁寧に折り畳んで封筒に入れたところにたっくんが戻って来た。


「おっちゃん、おばちゃん、ごめん、用事ができた。履歴書はまた後で」


「お前の履歴書、俺たちで書いておいたぞ」と俺は言って、たっくんに封筒を渡した。


「本当かい?感謝するよ。このお礼は就職記念の宴会で、おごってくれよ!」


「誰へのお礼だよ!」と俺はツッコンで、店を出て行くたっくんを見送った。


挿絵(By みてみん)


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