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文芸系の小説

曲を流すと発狂する呪いにかけられたラジオDJ

作者: 蜜柑プラム

夏のホラー2022「ラジオ」参加作品です。

よろしくお願いします。




 爽やかで軽快なそのトークが耳に心地よい。ラジオの向こうで聴く者を清々しい気分にさせる。

 また、彼の声には大人の色気があると女性ファンも多い。


「あぁ、そうだ。今日は7月7日、七夕の日ですよね。東京の天気は……ちょっと雲が多いみたいだけど。これから晴れてくれたら、いいですよね。みんなでお願いをしましょう」


 スタジオの収録ブースの中でマイクに向かって語りかける、ケイ神谷。

 彫りの深いハーフ顔に、ブロンドの短髪が爽やかだ。


 ラジオの放送には夏の星空を思わせる幻想的なイントロが流れ始める。


「……そんな七夕の夜にぴったりの曲です。ラジオネーム 夏野法螺さんのリクエスト。切ない恋の歌詞が胸に染みますよね。聴いてください、チャラッ娘11(イレブン)で『TANABATA Nightはニャンと彦星からチャラッピングだっちゃ。』――」


 イントロが終わり、若い女性アイドルの甘い歌声が北関東弁の歌詞にのせて流れ始める。

 スタジオの『O.A.』の赤いライトがパチンと消灯すると、ケイ神谷は深くイスに背をもたれ、一息ついた。

 ブースの外にはディレクターが腕を組んでケイ神谷の様子をじっと見ていた。ディレクターは慎重な声でマイク越しにケイ神谷に話しかける。


「ケイ、どうだ? 俺には、いつも通りの調子に思えたが、大丈夫か?」


 ディレクターは心配そうな表情でガラス越しにケイ神谷を見ている。ケイ神谷はそれに答えることはなく、目を閉じて天井を仰ぎ、口を開けて深く呼吸をしていた。

 そして徐々に息が荒くなっていく。

 

 ハァ…ハァ…


 すると苦しそうに胸を抑えた。次の瞬間、

 何が起こったか突然、カッと目が大きく開いた。さらに両手で頭を抱える。


「アガッ……ウグゥンアァァァアアアア」


 顔は青ざめ額には血管が浮き出していた。とても正気のケイ神谷ではない、まるで何かに憑りつかれたように奇妙な叫び声をあげるのだった。


「ンァングゥァアアアアア」

 

 急にイスから立ち上がり、天井に向かって大きく口を開け奇声を吐き続ける。顔は強張り、目は焦点を失ったようだった。表情はさらに気味の悪さを増し、もはや死神が乗り移ったかのよう。



 ガラス越しにその奇怪な光景を目の当たりにしていたディレクターは、言葉を失って、たじろいでいた。そしてはっと事態を飲み込むと、とっさにブース内につながるマイクへと首を伸ばした。


「お、おい! ケイ! しっかりしろ!」


「ブォエアアアアア!! アァァアアア!!」


 苦しそうに叫ぶばかりで、少しもディレクターの声を聞いてはいない様子だった。


「ケイ! 聞くんだ! 落ち着け!」


「ウグンギェエ! チャラッ……オオオェエ!チャ……チャラッピ……ブォエエ!」


 不気味な奇声の中にも、ケイ神谷が何かの言葉を言おうとしているように感じられた。


「ケイ! 聞こえてるんだな! 落ち着くんだ!」


「チャラッ……チャラッピングだっちゃ……チャラッピングだっちゃ、ウゥ……ウッ……ウタワセロヤァアアア!!」


 ディレクターの頭は混乱した。

 チャラッピングだっちゃ……、ディレクターは機材に表示された情報を確認する。今、放送に流している曲のタイトル『TANABATA Nightはニャンと彦星からチャラッピングだっちゃ。』と関係があるのかもしれない。


「おいケイ! チャラッピングだっちゃ、がどうしたっていうんだ!」


「オレモ、ウタワセロヤァアアア!! チャラッピングだっちゃ、ウタイタインジャァアア!!」


 ゴンッ ゴンッ

 ケイ神谷は壁に向かって頭を打ち付けていた。


「ウ! タ! ワ! セ! ロ!」


 一回一回、壁に頭を叩きつけながら叫ぶのだ。

 完全に狂っている、どうしようもない程に。このままではさらに悪い事が起こる予感がする。いや、それよりも見るに堪えない。そう思ったディレクターは決断をする。


「CMだ! CMに入るぞ!」



 放送されていた音楽はサビの途中で突然終わり、家族が幸せそうに団らんをするスマートフォンのCMが始まった。


 するとケイ神谷の様子が打って変わった。

 さっきまでが嘘のように奇声は止み、壁に頭を叩く動作がもぴたりと止まった。

 ディレクターの方へとふりかえり、微笑みを見せる。額に血が滲んでいること以外は、いつもの爽やかなケイ神谷の表情に戻っていた。


「あ、CMに入ったんだ? CM明けは、お便り紹介でいいよね?」

「おいケイ……」


「何?」

「ケイ……お前、曲の間ずっと、その、ヤバかったぞ?」


「え、うそ? あの呪いって本当だったんだー。で、どんな感じだったの?」

「あぁ……、後で話すよ……」



 話はさかのぼる。

 放送本番の前、ケイ神谷がスタジオに入ってきた時に、彼はディレクターになんとも奇妙な話を告げた。自分は死神に呪われたというのだ。興味本位で一夜を共にした老婆が死神に憑りつかれていて、朝別れる際に、その事を告げられたのだ。ラジオで曲を流すと音楽好きな死神に体を乗っ取られるというなんともユニークな呪いで、老婆はその呪いを発動できる相手をずっと探していたと言うのだ。

 ケイ神谷も半信半疑ではあったが、「あの老婆の包容力は本物だった」と目を潤ませて感慨にふけっていたのであった。



 ディレクターは、本番前のケイ神谷がした呪いの話を思い出しながら、ブースで額の血を拭いている男を見ていた。そして思う。このDJ、何から何まで――キモイと。

 ディレクターはケイ神谷に指示を出す。


「それより、今から急いで代役のDJを手配するから、それまで曲は無しでトークをつないでくれ」


 ケイ神谷は彫りの深い顔を歪めた。


「そんなにヤバかったの……。でもさ、お願いなんだけど。あと一回だけ曲を流させてくれないか。選曲によっては大丈夫なんじゃないかと思うんだよ。次は演歌にするから、きっと大丈夫。だからお願い、頼むよ?」


 ディレクターは眉間にしわを寄せて低くうなった。悩みながらもこう言う。


「なら、分かった。この番組は、お前が頼りなんだ。だから、今度は気をしっかり持ってくれよ。なんとか正気を保ってくれないと困るからな」


 それを聞いたケイ神谷は、ガラスの向こうのディレクターにウィンクを贈り、力強く拳を握り親指をピンと立てて見せた。



 CMが明ける。ケイ神谷はいつも以上に陽気な声でトークを始めた。トークの腕はやはり一級品。楽し気なお便り紹介の放送は何事もなく進んだ。

 そして、曲紹介へとさしかかる。


「さあて、もうすぐ夏祭りの時期になりますよね。そんな時期には、日本人の心を熱く震わせる曲が似合いますよね。ラジオネーム 手今ラジ夫さんのリクエストです。まさに演歌の大御所でしょう。城之内旭彦で『哀愁足摺岬』――」


 『O.A.』の赤いライトが消灯し、曲が流れる。


「ウォオオオオ!! チャラッピングだっちゃ、ウタワセロヤアア!! チャラッピングだっちゃ、ウタイタインジャアア!!」


 その時、ディレクターは携帯で通話をしていた。


「おう、早く来てくれな。うん、そう、うんじゃ、頼んだよ」


 ケイ神谷は相変わらず、暴れながら喚き散らかしている。


「ワイモウタッテ! オドリダインジャアア! チャラッピングだっちゃ、オドレルンジャアア!!」


「おん、いいよ、来週からもDJは君に頼むよ。ん? ケイか? アイツはもう……ふんはっ、使いものにならんさ。ははっ」


「ドォシテクレルンジャァァアア! ワイノ! ワイノコノキモチ! ドォシテクレルンジャァァアア! ウタワセロヤァア! オドラセロヤァア!」


 ディレクターは紙コップに入ったホッとコーヒーを飲んで、ブースの中の様子を眺めていた。

 先ほどの曲の中断で苦情が殺到したので、同じ事をするわけにはいかないのだ。そして、よくよく考えてみると、曲の間ケイ神谷が発狂しているだけで、それは放送に関してはそんなに困ることでもないのである。だからほっとこうと思ったのだ。

 ディレクターはスマホの裏面をブースへと向けた。


「ふふっ。これはこれでオモロイなー、ははっ。動画撮っとこ……。てか、ちょっと声かれてきてんじゃん、んふっ。ウケる」


「フンギィィイイ! フフンギィィイイヤアアア!・・・


 ・・・


「フンギィィイイ! フフンギィィイイヤアアア!・・・


 ・・・




(了)


ありがとうございました。


ホラー企画に参加できて嬉しいです。ラジオの放送する側の作品は少ないかなと思って、このようなお話を作りました。

ホラーはあまり書かないのですが、ちょっと普通とは違う雰囲気になっていたらいいなと思います。

気持ち悪さが強かったらごめんよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] スゴイ狂ってるのに、それを眺めている人が冷静なままなのがちょっと怖い。 本人は必死なんだろうなぁ(呪われてる時は意識なさそうだけど
[良い点] 気持ち悪さよりも面白さが勝っていました。 どの曲流しても発狂パターンはチャラッピングなのね笑 チャラッピングが何なのかすら分かんないけど面白いです。ラムちゃんが歌ってるのかな? 途中か…
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