第94話 丸いジャンキーなそれ
「とーきひーとくーんあーそーぼー?」
「アポイントメントってしってるか?」
ランチタイムには少し早い時間になったチャイム。画面に映るのはヘラヘラした笑い顔だった。事前の連絡無くやってきた竜が暑そうにしている。
「知ってるけどーいないならいないでいっかなーってー」
いると思ってたけどなー。と相変わらずカラカラと笑った。
仕方なくオートロックの開錠をする。画面越しにサンキューと聞こえてインターホンが切れた。
「柳さんらしいですね」
予定外の来客には一応俺が対応するようにしている。少し離れてみていた朱音が苦笑いをした。
「らしいで済ませたらだめだろ」
「ですね」
もう一度チャイムが鳴った。今度は部屋の前まで来た音だった。
朱音が出迎えようとしたのでそのまま座らせて俺が出迎える。
「おいっすー」
「……何しに来た?」
「遊びにって言ったじゃーん」
インターホンの画面では気づかなかったが竜は制服を着ていた。学校にでも行っていたのだろうか。
玄関の扉を開けただけでも熱気が舞い込む。とりあえず竜を家に上げてリビングに通した。
「おじゃましまーす」
「柳さん、いらっしゃいませ」
「お、おー。長月さんいてたのなー」
リビングにやってきた竜を出迎えた朱音が微笑みながら麦茶を差し出した。
「いててもいいだろ」
「あー時人、二人きりの時間を邪魔されたからってそうケンケンすんなよー」
竜が肩を叩きながら笑った。
「……ケンケンしてない」
「無意識かー」
麦茶を飲み干した竜が深い息をついた。
「ところで柳さんはなぜ制服なんですか?」
「……学校に宿題忘れててさー。学校行くなら制服着ようかなーってさー」
「それは……おつかれさまです」
「宿題を学校に忘れるなよ」
「ごもっともなんだよなー」
カラカラと笑う竜の空になったグラスに朱音が麦茶を注いだ。
「ありがとー。ところで二人はお昼食べた?」
「まだだけど」
「じゃあご一緒していいー?」
竜がスマホを操作して画面を俺たちに見せる。そこにはカラフルなホームページが写っていた。
「……ピザ?」
「そー。れっつピザパー!」
やれやれとため息をつきかけるが隣の朱音がキラキラとした目でスマホを見つめていた。吐きかけた息を飲み込む。今日の昼はこれに決まりらしい。
「やっぱ宅配のピザはテンションあがるなー」
玄関まで受け取りに行った竜が箱を抱えて戻ってきた。机に二つ並べて配置する。ピザにはコレだろ。と炭酸飲料をチョイスした竜が嬉しそうにグラスに注いだ。
箱を開くと食欲を誘う香りが広がった。焼けたパン生地とチーズの香りが重なってピザだということを強く実感する。
ひとつは竜が選んだ、四種類の具が選べる見た目にも派手な一枚。もう一枚は朱音が選んだチーズが多めに乗ったものだった。
「んはーうまそー」
竜がスマホを取り出して写真を取り出す。
「はい二人も入ってー」
インカメラに顔が映りこむ。ピザと三人が写る位置でシャッターをきった。
「時人のピース珍しいなー」
俺の控えめなピースサインを竜が笑って見せてきた。
「柳さん。その写真……」
「グループに貼ってい?」
「おねがいします」
俺と朱音と竜の三人のグループチャットは無い。おそらく萩原と桐島と友里のいるグループのことだろう。
すぐさま自分のスマホが振動してメッセージを受け取ったことを知らす。竜が早くも送信したらしい。
「とりあえず食べよう。お腹すいた」
目の前にピザがあって待てと言われても厳しい。そうアピールすると二人も賛成のようでさっそく竜が一枚とって口に運んだ。
「うまー」
いただきますと口にして一枚。溶けたチーズが残されたピザと繋がったまま伸びる。
「美味いな」
「美味しいです」
「二人ともそんな目を開いてー。ピザ初めて食べる人みたいだなー」
「初めてじゃないけど。宅配はしたこと無かったし」
「あーそんなこと言ってたなー」
「私も初めてです」
朱音もそうらしい。ゆっくりと一切れを食べきった朱音が会話に加わる。
「俺は好きだからちょこちょこ頼んじゃうなー」
次の一切れをどれにしようかと悩みながら竜が答える。肉の乗ったジューシーなピザに決めたらしい。それを掴んで乗った具が落ちないように慎重に口に運んだ。
「こまめに頼んでしまうと高くつくみたいですし、そんなことできないですよ」
「まーそうなんだがなー。俺が二人みたいに一人暮らししてたらしてしまう自信しかないなー」
「それは……あ、いえ。なんでもないです」
何か言いかけた朱音が少し顔を赤くした。誤魔化すように次のピザを口に運ぶ。
「……?」
竜も疑問が浮かんだ顔をしているが気にしないことにしたらしい。
「まーたまに食べるから特別感もあるしなー」
「特別感があるのか?」
「えー……ない?」
実家にいたときも宅配ピザを注文したことが無い。特別感といわれてもピンとこなかった。
「誕生日とかークリスマスとか?そういう日に食べるもんだって思ってたー」
「……ないな。そんな経験」
「私も……ない……です」
「えー俺が少数派……だとー?」
俺はともかく、朱音は誕生日もクリスマスも祝っていたのは小さい頃までだろう。父親と暮らしていたときまで。叔父家族とはうちとけていなかったようだし。
「朱音、こっちのこれ美味しい」
チーズの一枚を続けて食べていた朱音に違う味をすすめる。少し話題も変えたほうがよさげな気もした。
「時人くん、とってもらっていいですか?」
「もちろん」
一切れとって朱音の皿に乗せた。
「ありがとうございます」
そう言って朱音が口に運んだ。その目が開いたので感想は聞くまでも無いだろう。朱音に軽く微笑んでから俺も次の一切れを掴む。
「……なんか疎外感感じるんだがー」
竜が若干落ち込みかけた瞬間、三人のスマホが同時に音がなる。立て続けに音が鳴るそれはグループチャットにだれかメッセージを送っているようだ。
口の中身を飲み込んだ竜がウェットティッシュで手を拭いてスマホを操作した。
「……結ちゃんオコなんだがー」
竜が画面を見せた。桐島が三人でピザパをしているときいて誘ってほしかったらしい。怒っているとはいっても拗ねているといった感じだった。
「竜が唐突に始めるから……」
「しゃーない。たまたま学校に行く用事があって、ついでに時人ハウスよっただけだしなー」
「……またしましょう。特別感でますし」
朱音がこちらを見ていった。次があるとすれば、おそらく俺の家ですることになるだろうからそれを伺っているらしい。
「そうだな。またしよう」
「おー注文は俺に任せろー」
宅配ピザを皆でつまむ。そんなことでも朱音の特別になればいいと思った。
三人でピザ二枚はちょうどよかったらしい。というよりおそらく竜が一人で一枚分以上は食べていた気がする。サイドのポテトまで平らげて竜は満足げだ。
「もうしばらくピザはいいやー」
「それだけ食べたらそうだろうな」
ピザの箱を片付けていた朱音が思わず苦笑いしている。うなだれている竜を置いておいて朱音と片づけをした。
キッチンで台布巾を洗っている朱音の隣に立つ。
「何か飲む?」
「いただきます。紅茶がいいです」
「りょーかい」
カップとポットを準備して茶葉を棚にとりに行こうとしたときだった。
「あの、時人くん」
「どうした?」
「さっき柳さんが言っていたことなんですけど」
「どれのこと?」
朱音は俺の胸にポスンと額を当てる。
「二人みたいに一人暮らしだったら……って」
「ああ。それか。それが?」
「なんていうか、その、私って……。私達って一人暮らしじゃないなって思いまして」
顔は隠れて見えないが朱音の耳は赤く染まっている。
「いや、うん。言いたいことはわかる。わかった」
なんていったって朱音はほぼ毎日俺の家で過ごしているのだ。早いときはそれこそ朝から夜まで。
ここまでしていたら一人暮らしと言い切れないこともあった。
「あのさ朱音、これは、あの未来の予行演習というか、やがて来る未来の先取りというか」
「は、はい。そうですね」
言ってて恥ずかしくなってきた。俺はいったい何を言わされているのだろう。
「いちゃつくのはいいんだけどさー。それ、沸騰してるんじゃないかー?」
竜がテーブルから言葉を飛ばす。二人きりじゃないことを失念していた。慌てて火を止めて紅茶の準備をする。朱音も慌てて台布巾片手にテーブルを拭きに行った。
しっかりとポットで蒸らしてからカップに注ぐ。その頃には顔の火照りも少し落ち着いていた。
椅子に座っていた二人の前にカップを置く。朱音の顔は未だに少し赤い。
竜はサンキューと言ってすぐにグラスを傾けた。
「あっつ。アチアチだなー。紅茶も二人もなー」
それが言いたかっただけだろ。と竜を睨んでおいたが暖簾に腕押しだったようだ。気にせず?あるいは受け流して竜はカラカラと笑うのだった。
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