第86話 土産巡り
「お世話になりましたー。」
チェックアウトの時間になって八木とかなり親しくなった竜が笑顔で礼を言った。
「おう。楽しんでもらえたようだな。また来てくれよ。」
八木も竜を気に入ったようでいい笑顔をしている。
「本当にお金いいんですか?」
「そんなことしたら時人のお父さんに怒られてしまうからな。気にすんなよ。まあ宣伝でもしてくれたら助かる。SNS?とかで。」
機械に弱いらしい八木が軽快に笑って手を振る。桐島に気を使わないようにか話も颯爽と変えていた。
名残惜しいが八木も忙しい。あまり時間をとらせるわけにもいかない。
「では、そろそろ帰りますね。」
「おう。春人さんたちにもよろしくな。」
俺たちは歩いて八木の下を後にした。
「時人くん、これ綺麗です。」
シーグラスが入ったビンを持ち上げて朱音が目を輝かせている。
海水浴場の近くのお土産屋さんで俺たちは物色していた。桐島と萩原と竜がお菓子の試食を張り切っていた。あいかわらずよく食べる。
「あー綺麗だけど、使い道限られてるからもらったら困るよな。」
「……そういうこと言ったらダメです。飾るだけでも綺麗じゃないですか。」
頬を膨らませてジト目で見上げる朱音が可愛い。ので、その頬を指の背で撫でておいた。ふにゃりと柔らかく沈むそこが心地よい。
「時人くんそこ触るの好きですね。」
俺の手に頬を寄せながら朱音が呟く。朱音も満更ではないらしい。返事の変わりに指の背で頬をつまみ引っ張る。
「痛いです。」
「ごめんごめん。つい。」
指を離すと朱音が頬を擦りながら睨んだ。
「許さないです。なので……。」
睨んだままの朱音が近くのストラップを二つ手にとった。
「これ買ってもらいます。」
小さなシーグラスのストラップ。シーグラスの色形は違うものの紐の部分の編みこみが同じなのでよくみるとお揃いだと分かる。
「仕方ないな。姫様のわがままだから。」
朱音のわがままというよりは自分の悪戯のせいなのだが、そう言うと朱音は嬉しそうに笑った。
手に取っているストラップを二つとろうとすると朱音が白色の方だけ渡してきた。
「私の分は自分で買いますので。」
「……じゃあ、朱音の俺が選ばせてよ。」
朱音が手に持っていたのは薄い水色。それも朱音に似合うのだが並んだものの中にいい色を見つけていた。朱音の名前にも入っている綺麗な朱色。それを手にとって朱音に見せた。
「朱音にはこの色がいい。」
「とても綺麗です。私に似合いますか?」
「似合うよ。」
「じゃあ、こっちにします。」
朱音はそれを大事そうに抱えて笑った。
それから俺たちは数件のお店を巡って歩いた。
途中、竜がよく分からないデザインのティーシャツに心奪われたり、桐島がご当地キャラにはまったり、萩原が試食を片っ端から食べて順位付けしたり、と楽しく時間が流れた。気づけばお昼時も過ぎていた。
「なー時人ー。お腹すいたー。」
「そうね。ピークの時間も過ぎてるだろうしいいタイミングかもしれないわね。」
「近くでお店探そっかー。」
スマホで検索したり、見回してみたりと各々の方法で近くの飲食店を探す。ふと覗いた路地に小さな看板が見えた。近くまで見に行くと綺麗な喫茶店だった。
「いい雰囲気ですね。パンの焼けるいい匂いがします。」
ついてきていた朱音が背中越しに店を覗いて話す。朱音の言うとおりバターのいい匂いがする。
「ここにするかー。」
鼻をクンクンとさせて竜がそう言った。竜は言うなり中に入って五人入れるかを確認しに行った。竜の中で相談するという概念は無かったらしい。それほどお腹すいていたのか。思わず朱音と苦笑いする。竜が中からオッケーとハンドサインしてこちらを手招きした。朱音に中に入っているように伝えて桐島たちを呼びに行く。
「水樹くん、どこか見つかったー?」
「そこの入ったとこの喫茶店。竜がもう入ってる。」
「あははー。竜くん行動早いねー。」
「あんなに朝ごはん食べていたのに、よっぽどお腹すいていたのね。」
桐島と萩原が見つめあって笑った。竜の独断専行が笑って許されるあたり竜らしい。
二人を連れて店に戻ると他に客は居なく、一つのテーブルに水とおしぼりが五つ準備されてあった。向かい合って座っている竜と朱音が一つのメニュー表を覗き込んでいる。俺が竜の隣に座ると桐島たちが朱音の隣に並んで座った。
「いい香りがするねー。」
桐島がもう一つのメニューを開いたので萩原と覗き込んだ。
「ランチのセットにしようかしら。」
萩原は既に決まったらしい。メニューの一番上にでかでかと書かれていたそれにしたらしい。一押しらしいそれに俺もすることにする。
「うはー悩むなー。」
「こっちも美味しそうです。」
竜と朱音がメニューを選んでいた。二人ともとても楽しそうだ。朱音も竜に向けて笑っている。
「……水樹。顔。」
萩原がそういったことで視線が俺に集まった。
「時人さー。」
竜がカラカラと笑った。
「うるさい。」
「すっごい眉間に皺寄せてたわよ。」
「萩原もうるさい。」
竜と萩原が笑っていたのでいたたまれず顔を窓に向ける。窓に映る自分の顔が少し赤くなっていて悔しい。
「……朱音ちゃんも幸せねー。」
桐島が緩んだ空気を締めた。何が起きたかわかっていなかった朱音もその言葉でようやく理解できたらしい。
「時人くん、やきもちですか?」
「してない。」
否定はしたものの、朱音にもバレていたらしい。口元を両手で隠しながら朱音が嬉しそうに笑った。
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