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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第2章
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第83話 なぜか落ち着く広縁


「やっぱ畳に布団よなー。」

部屋に入るなり早速布団に潜り込んだ竜が笑みを含んでそう言う。

「言わんとしていることはわかる。」

今でこそベッドで寝ているが実家では布団だったし選べるなら布団がいいとも思う。

竜が設定した空調は強く、浴衣だけでは少し肌寒い。眠気も強くさっさと布団に潜り込んで寝てしまいたいがまだ寝る準備も終わっていない。

部屋に備え付けの洗面所で歯を磨いて戻ってくると竜がさっきと変わらない姿勢でこちらを見ていた。

「俺も歯磨くかー。」

竜がようやく布団から出て入れ違いで洗面所に向かった。

カラカラと障子を開けると月明かりと海が見える。遠くの場所で光がチカチカとしていた。灯台か何かだろうか。

海。さっきまでいた場所。朱音と心が通じ合った場所。

「何物思いに耽ってんだよー。」

戻ってきた竜がカラカラと笑った。

竜はそのままの足で広縁の椅子に座る。どうやら寝る気はないらしい。付き合うには流石に寒いので羽織に袖を通そうと部屋に取り行く。ついでにお茶を入れよう。ポットから急須にお湯を注いで湯のみと急須を持って戻る。戻ってくる際に見えた広縁の椅子に腰をかける竜は様になっていた。

「そんなにはだけて寒くないのか。」

竜は大きめの浴衣を緩く着ているため厚い胸板が広く露出している。見ているだけで寒い。

「時人とは鍛え方が違うんだなー。」

対面の椅子に腰をかけて竜と向かい合う。

「はいはい。」

茶葉が開いた頃に湯飲みに注ぐ。そのまま竜に渡すと彼は礼を言ってから受け取って構えた。

俺も一つ持って湯飲みを小さく上げる。

「乾杯。」

竜がそう言って一口啜った。

「熱っ。」

竜は一口しか飲めずに湯飲みを机に置いた。

「猫舌だっけ。」

「いいやー。」

竜がカラカラと笑った。何となくおかしくて俺も笑ってしまう。

「……今日はあっという間だったなー。」

朱音から先ほども聞いた台詞が竜から聞こえてまた笑ってしまう。

「変なこと言ったかなー。」

「いや、朱音と同じコト言ってると思って。」

「……楽しかったからなー。長月さんもそうだったんじゃないのかー。」

竜がそう思うなら朱音もそうだったんだろう。実際に今日はあっという間だったと俺も感じているし。

「まー彼女の場合はそれだけじゃ無さそうだけどなー。……なー時人はなんて告白したんだー?」

竜がニヤニヤと笑った。

「……なんで言わないといけない?」

「後学のために?」

今か今かと期待に寄せた目でこちらを見ている竜にため息をついてお茶を一口啜った。

「……言わない。」

「じゃー、俺も結ちゃんらに言ったことは言えないなー。」

それは聞き出さないといけない。何を言ったのか、そもそも何を知っているのか。

「俺、損しかしないんだけど。」

「そういうもんだなー。きっと向こうでも聞き出されてるしー。」

向こうとは朱音たちのことだろう。確かにそのようなことを言っていたし予想もついていた。それでも言いたくないのは事実だ。

「まー言いたくもないよなー。」

竜もやれやれと頭を振った。

「愛は語るものでなく囁くものだからなー。」

「なにそれ?」

「今思いついた名言ぽい言葉ー?」

竜はそう言ってカラカラと笑った。竜の発言に微妙に共感させられてしまった手前、少し悔しい。

「……普通に言ったよ。俺は朱音が好きだって。」

このままだと聞きたいことも聞けないし、さっきの名言を聞いて竜に負けた気がした。だから竜に伝えると更に口角があがった。ニマニマと擬音が浮かんでいるのも見える。

「んっはー。そんでそんでー?」

テンションの上がった竜は半ば身を乗り出して最早中腰だ。

「それでも何も……。朱音にもそう言ってもらって。おしまい。」

朱音に伝えた言葉全てを竜に言う気はない。それこそ語るものでない。

「……ふーん。まーいいかー。」

それが全てでないことは竜にもわかっているらしい。微妙に満足はしてなさそうだ。

「俺は言うこと言った。次は竜。」

とりあえず先手を打っておく。そうすると竜も仕方ないなといった様で口を開いた。



「……そんな話、桐島たちに聞かせて……。」

竜が話したのは中三の頃の話。できれば封じておきたい過去だった。覚えてはいなかったがまさかその頃に竜と会っていたとも思わなかった。

桐島、萩原の両名に聞かれたのがわかって恥ずかしくなる。しかも彼女達のことだ。朱音の耳にも入るだろう。

「まー時人にはいつか言うつもりだったけどなー。」

竜がそう言って欠伸をした。俺もいつもならとっくに寝ている時間だ。

「……そろそろ寝るか。」

「そうだなー……。」

瞼も重たそうで閉じかけている。そんな竜に小さく笑ってから残っていたお茶を飲み干した。お茶はとっくに冷め切っていた。

順番に用を足してから、いそいそと二人して布団に潜り込む。

「あっふぁ。」

竜の欠伸とともに漏れ出た謎の声。それを最後に竜はすやすやと寝息を立てて眠った。寝つきの良さが羨ましい。

今日の出来事を振り返ってしまうと眠れなくなりそうだったので気持ちを切り替えようとする。

目を閉じると腕の中で笑った朱音の顔がリフレインしてなかなか眠ることができなかった。



ふと目を開ける。あけたままの障子の奥の窓は少しばかり明るくなっていた。

夢すら見ずに寝ていたらしい。眠った気はしなかった。目を閉じて開けただけな気がする。だが意識ははっきりと覚醒していた。

隣の竜は眠ったままだ。寝相がいいようで布団は全く乱れていない。すやすやと同じリズムで寝息を立てていた。

この眠りの浅さだと今から二度寝をしてしまうと、次は昼迄寝てしまいそうだ。

竜を起こさないようにゆっくりと布団から出る。空調はつけたままだったので布団から出ると肌寒い。羽織に袖を通して音を立てずに部屋を出た。



部屋から出るととても静かだ。宿泊客が自分達だけの今日ばかりは八木たちもまだ起きていないらしい。

軋む廊下をゆっくりと歩く。誰もいなく薄明かりの中だと少し不気味だ。

海でも散歩しようと玄関に向かって歩く。

「あれ、時人くん?」

「……おはよう。朱音。」

そこには自分と同じように羽織を着た朱音がいた。




ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ幸いです。


竜が話した内容はどこか別で書こうと思ってます。


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