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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第2章
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第80話 大事


「静かです。」

夜の浜辺はゆっくりとした波の音とどこかで鳴く虫の声しか聞こえない。

昼間はあんなに賑やかだったのでギャップが大きい。

月明かりに波の水飛沫が反射して暗く黒い海にそこだけ白く見える。

誰かしら花火でもしているかと思ったが、そこに人気は無かった。

「……誰もいないな。」

「そうですね。」

朱音はそういうと握った右手に力を入れてこちらを見上げる。

笑顔でこちらを見た朱音に俺も左手の力を入れて微笑み返した。

「あっという間の一日でした。」

「振り返るの早くない?」

そうですね。と朱音はクスクスと笑った。

だが、その気持ちはわかる。朝に朱音と会ったときから今のこの瞬間まであっという間だった。

朱音につられて笑ってしまう。笑顔の朱音を見ていると首元が光って見えた。

浴衣姿で少し開いた首元で光るソレ。

「……着けてくれてたんだ。今日は着けてないと思ってた。」

誕生日プレゼントとして朱音に送ったネックレス。実際に朝の時点では着けていなかったと思うし、水着のときも着けていなかった。

「持ってきてはいたんですけど何となく着けてなくて……。桐島さんに着けないの?って言われてしまいまして。」

「桐島?」

「はい。」

クスクスと口元を隠しながら少し照れて朱音は笑った。

「……朱音が持ってるって知ってたの?」

今日もそうだが、朱音は大事にしてくれているのかあまりネックレスを着けない。普段からあまり着飾らない朱音がアクセサリーを持っているとは繋がらないはずだ。

「……内緒です。」

照れているのか少し顔を伏せた朱音。内緒なら仕方ない。折角なのでちゃんと見ておきたいと、その顔を覗き込む。

「着けてくれて嬉しい。ありがとう。」

朱音の顔を見てそう告げると、うう。と小さく唸って朱音は顔を赤くした。

「……こちらこそ、ありがとうございます。」

朱音は嬉しそうに笑った。

「時人くん。」

見上げて名前を呼んだ朱音が繋いだ手を離した。そして段々と海に近づいていく。

月は明るいとはいえ外灯も多くなく離れると表情がわかりにくくなる。

「朱音、濡れるよ。」

朱音の後を追うと朱音も足を止めた。

「流石に浴衣で水に入る気はありませんよ。」

振り返って笑った朱音がそう言った。

「あの……このまま、この距離で聞いてほしい話しがあります。」

暗く少し離れた朱音の表情は見難いが、声が真剣なトーンになった。

「わかった。」

そう答えて朱音が話し始めるタイミングを待った。



「お父さんの話。したことを覚えてくれていますか?」

「もちろん。」

細々と朱音は話し始めた。

「ありがとうございます。私にとって家族とは、お父さんでした。お母さんのことはあまり覚えていませんでしたし。両親とも親戚づきあいある方では無かったので。」

朱音の父親は母方の祖父母によく思われていなかった。と言っていた。そして朱音の叔父とも良好な関係を築くこともできなかった。それはそれ以前から付き合いもなかったこともあったのだろう。

「私の一番大事なものはお父さんだったんです。茶目っ気のあって少しドジで優しいお父さん。あまり友だちも多くなかったので余計にお父さんが大事でした。」

苦々しく朱音は笑った。

「だから、私はお父さんとの思い出を大事に生きていこう。そう思っていました。私の一番はお父さんですから。私を愛してくれたたった一人の家族。あの愛を忘れないように生きていこうと。」

朱音は一歩こちらに近づいた。

「以前、桐島さんに聞かれたことがあります。大須くんと会った次の日。初めて桐島さんと放課後に遊びに行った日のことです。」

その日のことは記憶に残っている。俺も竜と遊びに行った日のことだ。

「あの日、桐島さんに私にとって大事なものとは?と聞かれました。そのときに私は、お父さんと即答できなかったんです。お父さんを一番だと思っていたのに。」

近づいたことで朱音が俯いたのがわかった。

「……いつからか、時人くんを……、お父さんに重ねて見ていたんです。外見は似ていないですし、性格も全然違っていたのに。」

朱音は顔を上げずに話し続ける。辺りは暗くその表情は読めない。

「時人くんに教えてもらったあのバラード。あの曲は母が好きだったらしいんです。それでお父さんがよく口ずさんでいました。だから私も朧気に覚えていました。」

時人くんの家からきこえてくるまで忘れていましたけど。そう言って朱音が笑ったのがわかった。

「最初は時人くんがあの曲を歌ってくれたとき。渡り廊下で歌うその顔にお父さんが重なって見えました。その日の夜、時人くんが弾き語りしてくれたときも。私が気づいていないだけで勝手に重ねてみていました。」

朱音本人も思いがけずに重ねてみていた。ということだろうか。

あの頃の朱音の距離の詰め方は唐突なことも多かった。朱音の亡くしたお父さんと俺をダブらせていたからだったのだろうか。

「そして、段々と時人くんと関わっていくうちに……。」

また一歩、朱音が近づいた。ようやくその表情もはっきり見える。

「私にとって大事なものの中に時人くんがいました。」

朱音が微笑んだ。だが、目は笑っていなかった。

その言葉は嬉しいものだったがその顔を見ると素直には喜べそうになかった。

「それに気づいたとき怖くなりました。お父さんを一番に生きていくと決めていたのに。お父さんのことを思うと時人くんが出てきてしまうんです。お父さんが消えてしまう。と。」

微笑みが消えた。うっすらと震えている気がする。

「だからこれ以上時人くんと仲良くならないようにしようとしました。距離をとることを思うのも辛く感じました。だから、このままの関係でいようと。……そう思っていた時に、時人くんの様子もおかしくて、私もそのことで悩んでいて少し不安定なのもあって。……時人くんの家で泣いてしまいました。」

桐島から距離を詰めないでいてほしい。そう言われた日のことか。

俺自身も戸惑っていて変な態度を取ってしまった。その背景はそういうことだったのか。桐島はそのときには知っていたのだろう。

「もう私もどうしたらいいのか分からなくなってしまって。……そのときに一人で色々考えたんです。」

朱音はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「他の人とあまり関わってこなかったから、特別に時人くんを大事に思ってしまったのだろうって。他の人と仲良くなれば時人くんとも普通に接することができるって。そう思いました。だから……色んな人と関わるようにしました。」

クラスの輪に入ろうとしていた朱音。あの頃の俺は一人で拗ねていた。色々と投げやりだった気もする。朱音はこんなにがんばっていたのに。そう思うとやるせない気持ちになった。

「……でも、ダメだったんです。私には時人くんと……距離をとることができませんでした。」

朱音は少し笑顔になった。小さく間をあけて言葉を続ける。

「それに気づいてすぐ時人くんが襲われて怪我をして……。本当に怖かったです。既に私にとってお父さんより時人くんが大事でした。それなのに大事な人をまた失ってしまうと。だから……やっぱり関わるのを止めようと。私に関わることで失われてしまうなら……中途半端は止めて、今度こそはっきり距離を置こうと。」

朱音が言った大事な人。ぼやかされてはいるもののその言葉の本当の意味はわかった。

ゆっくりと朱音は更に俺に近づいた。もう目と鼻の先、目の前に朱音がいる。

「それでも、時人くんは私と……関わっていきたいと。これからも一緒にいたいと言ってくれました。」

朱音は俺の腕を引いて俺の手を両手で包んだ。

「時人くんが楽器を弾いていたとき。大須くんを撫でていたとき。一緒にご飯を食べて美味しいと言ってくれた、あの顔。その目、瞳がお父さんが私を見る目と一緒だと思いました。そんな時人くんをお父さんと重ねていました。でも、時人くんとお父さんは違ったんです。私と一緒にいたいと抱きしめてくれた時人くんのあの顔は。抱きしめられた腕の中で見上げて見えたあの表情は……。私のことを……。」

朱音は俺の手を掴んだままこちらを見つめる。

「私の思い込みだったなら、気のせいだったなら。申し訳ありません。聞かせてほしいです。私が時人くんに感じている感情を時人くんも私に感じているのでしょうか?」

握った手のひらに力がこもったのがわかる。朱音は震えていた。緊張か、恐怖か。

ずっと大人しく聞いていたが、ようやく口を開くときが来た。

ここまで朱音に言わせてしまった。朱音が問うたその感情もここまで言われてわかっているつもりだ。俺の答えは決まっている。

「……その前に少し言わせて貰っていい?」

答えは決まっていても朱音に言いたいこともあった。返事を待たずに言葉を続ける。

「朱音は少しそそっかしいところもあるし、たまに反撃してくる茶目っ気も持ってる。それって……朱音のお父さんから受け継いだものなんじゃないかって思う。朱音のお父さんは、朱音の中に生きているんだよ。」

朱音が自分で言っていたお父さんの特徴。性格。それは俺が朱音に感じている部分に似ていた。そう告げると朱音は嬉しそうに笑った。

ゆっくりと朱音の手から俺の手を外す。途端、朱音は不安の目で俺を見つめた。

「朱音が受け継いだお父さんの部分も朱音の一部だ。俺がそれを知っているから……。朱音のお父さんは消えることは無いよ。」

自由になった手で朱音を体ごと引き寄せた。相変わらず細く柔らかいその体はすっぽりと腕に収まる。

「さっきの質問の答え。俺は朱音が好きだよ。朱音が俺を想ってくれているように俺も朱音を想っている。」

腕の中で見上げる朱音は笑顔をしていた。うっすらと目尻が濡れている気もする。

「嬉しいです。……時人くん。私がずっと言いたかったことわかりますか?」

「なに?」

「時人くんが好きです。大好きです!」

そう言って朱音は一番の笑顔で笑った。





ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ喜びます。


予定とはかなり違ったんですけどようやくここまで来ました。長かったです。


ブックマーク、いいね、またついていました。ありがとうございます。これからも新しくもらえるようにがんばりますので、よろしくお願いします。



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