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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第2章
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第79話 浴衣と夕食と


「ふぅ……。」

広い湯船に浸かっていると自然と声が出る。

ざっと砂や潮をホースで落としたあと着替えだけ持って風呂に来た。

体と髪を洗って湯船に浸かる。近くから温泉を引いているここでは比較的温度は高めだ。

日焼け止めは使っていたものの焼けた肌に風呂の湯がヒリヒリと痛む。竜も熱い熱いと早々にあがっていった。

一人で賑やかだった彼もいなくなれば風呂場は一気に静かになった。水の音だけが響く。

普段はシャワーで済ませることも多いし、家の風呂はここまで広くもない。

足が伸ばせる湯船はそれだけで幸せだ。

一人で静かに浸かっていると昼間の光景がリフレインする。

浅瀬で遊ぶ桐島と萩原。砂に埋められた竜。沖まで泳ぎに行った際の水中の景色。埋められた竜にヤドカリをけしかける桐島。カキ氷に頭を痛める萩原。

浮き輪で波にたゆたう朱音。

少しのぼせそうだ。浸かりすぎた。

湯船から揚がって脱衣所に出る。扇風機が回っている。その前にたって体を冷ます。

体が落ち着く頃には拭き残した水滴もすっかりと乾いていた。

部屋から持ち出した浴衣に袖を通して脱衣所から出た。

「……キンなんですよー。」

どこからか竜が誰かと話しているのが聞こえた。その声に向かって歩くと玄関口、入ってすぐのベンチで団扇を扇ぎながら八木と竜が話していた。

「おー時人ー。遅いぞー。」

竜がベンチの隣をパシパシと叩く。座れということだろう。横に座ると竜が団扇を差し出した。ありがたく受け取って扇ぐ。玄関口とはいえ空調が効いていて涼しいこの場所で扇ぐと冷えた風が浴衣の胸元から入る。

「今、時人の話をしてたとこだったんださー。」

「竜君から色々聞いたぞ。時人も高校生活楽しんでいるみたいだな。」

「……何を聞いたんです?」

二人してニヤニヤとこちらを見ているのでひとまず睨んでおく。

「ま、色々とな。ところで時人。今日どうだ?」

八木が指をくいくいと動かす。

「あーいいですけど人足りてないですよ。」

「そこは俺が入って完璧ー。」

「竜、ルールわかってる?」

「もち。ゲームでなんどかしたことあるしー。」

ドヤ顔で親指を立てる竜。強気だがその程度なら痛い目を見そうだ。……竜の頭の良さを考えるに意外と侮れないかもしれない。

八木は晩ご飯の準備があるらしく約束だけして調理場に戻っていった。

「晩ご飯も楽しみだなー。お腹すいたー。」

竜はのんきに空腹を訴えている。海鮮をたっぷり味わえる晩ご飯が楽しみだ。

そのままベンチで涼んでいると風呂から上がってきた萩原が通りがかった。

「なんで部屋に戻っていないのよ。」

「さっきまで八木さんと喋っててさー。そのままここに居座ってるとこー。」

彼女も浴衣を着ていた。少し濡れた髪と上気した頬が浴衣と相まって色っぽい。

竜がベンチの俺と反対側をパシパシと叩いて着席を促す。萩原も一旦息を吐いて座った。

「結も朱音ちゃんももう少しかかるわよ。あの二人は髪も長いから。あ、水樹ありがとう。」

萩原に団扇を渡すと扇ぎだした。涼しいようで深い息をついている。

「あー女の子は大変だよなー。……風呂上りなのに萩原もうっすらメイクしてるし。」

「……まあこれくらいわね。」

萩原は嬉しそうだ。

「俺も時人も髪長いけど、いや多いけど?か?。ま、いいやー。適当だもんな。ばーっとシャンプーしてリンスして終わりー。みたいな。ほら色々あるじゃんー?ヘアオイル?とか?美容院とかでしかしたことないなー。」

時人もそうだろー。と同意を求められて頷く。

「……私もそこまではしていないわ。でも二人とも髪質いいわよね。羨ましいわ。」

「俺たちほとんどクセもない直毛だからなー。萩原は伸びてきたら外に跳ねてるよなー。」

「何で知ってるのよ。」

「ちょっと前萩原にしては長かったじゃん。その時気づいたー。」

カラカラと笑う竜。

「……そんなの気づかないって。」

竜の観察眼に少し驚いたが萩原はニコニコとしていた。

席を外すタイミングがなく、しばらく竜と萩原が話している横でたまに相槌をうっていた。

しばらくすると朱音と桐島が通りがかった。二人も浴衣姿だ。

二人とも髪を下ろしていて、萩原と同じように色っぽさがある。

「なんで部屋に戻ってないのー?」

桐島は萩原と同じ台詞を吐いて立ち止まった。

「この二人に引き止められたのよ。」

「俺はひきとめてないし、なんなら俺も引き止められた側だから。」

「えー時人速攻売るじゃんー。」

竜が楽しそうにカラカラと笑った。

「まー部屋戻るかー。流石に五人集まると暑いしなー。」

俺たちはとっくに冷めたとはいえ、お風呂上りの五人が集まればこの場所も温度が上がった気がする。

竜が立ち上がって部屋の方へと歩き出す。

「じゃあさー水樹くんたちの部屋行こうよー。ご飯までまだ時間あるみたいだし。」

桐島が俺を向いて笑った。

「おーいいねー。仕方ないなー。」

竜と桐島がこちらを向いて早くいくぞーとうながした。俺と朱音と萩原で見合って苦笑いしながら後に続く。

萩原が竜の隣に向かったので三人の後ろで朱音と歩いた。

「……時人くん、浴衣姿似合ってますね。」

「朱音も似合ってる。」

そういうと朱音は嬉しそうに笑った。すっかり体は冷めたはずなのに熱く感じた。



「これは……豪華ね……。」

「やっばーい……。」

「うはー。」

「すごいです。」

四人が口を開いたまま閉じない。

あの後皆で喋っていると一時間もたたないうちに八木がご飯の準備ができたと呼びにきた。

晩ご飯のために通された部屋のふすまを開けると皆がそのまま立ち止まった。

一年ぶりにみてもやはり豪華だ。

真ん中に輝いているのは姿造りのアジだろうか。まるまると身が詰まっていそうなヒラメの煮付けはいい香りがしている。たくさんの種類が乗った活造りはどれも新鮮なのがよくわかった。サザエは食べやすいように爪楊枝が刺さって半分くらい貝から身を出している。蓋のついた一人鍋の中身は何だろうか。

「ひとまず座ろう。」

止まってしまった四人を促して座布団に座る。飯櫃を開けると湯気が膨らんだ。炊き立てのいい匂いがする。テンションのあがっている四人に苦笑いして適量を茶碗によそう。

「あ、時人くん、やりますよ?」

「いいよ。ここまでやったし。俺のほうが近いから。」

朱音が声をかけて立ち上がろうとしたのでひきとめる。みんなが楽しそうだったのがわかっていたからあえてこの席に座った。楽しんでもらえたなら俺も嬉しい。

「さんきゅー時人ー。」

料理の写真をとっていた竜が茶碗をうけとる。

「失礼します。」

入ってきたのは女将。八木の奥さんだ。今日は今まで会うことはなかったが相変わらず昔から変わらない見た目だ。八木夫婦がおそらく父と同年代なのだが彼女も年齢を感じさせない。

女将の持つ盆に載った椀は汁物だろうか。彼女がそれぞれに配膳して去っていく。去り際にしたウインクは気のせいだろう。

椀のふたを開けると赤だしの香りが食欲をそそる。

鍋の着火剤に火をつけて隣の竜にライターを渡した。彼も火をつけてライターが回っていく。

「さあ食べよー。がんがん食べよー。お腹すいたー。」

竜が箸を持っていただきますと言うやいなや刺身に醤油をつけて食べ始める。

竜の発言に苦笑いしながらも俺も食べ始める。他の面々も食べ始めた。

「美味しいー。やめられないとまらない。」

「本当に美味しいわ。」

それぞれが感想を告げるもだんだんと無口になって食べ進める。みんな食べることに集中しているようだ。

時々、女将や八木が色々持ってきた。天ぷらはころもがさくさくで朱音が唸っていた。天ぷらを研究対象としてみている目をしていた。

ここでカラアゲが出されたのを初めて見たが美味しかった。俺と竜を男子高校生として扱って作ってくれたらしい。竜が口いっぱいほお張っていた。

最後にデザートとして持ってきたスイカはしゃくしゃくとみずみずしく甘かった。



竜と萩原が全部食べられないと早々にギブアップした俺と桐島のおかずまで食べていた。朱音もゆっくりとだが完食していた。

「はーもうこれ以上入らねー。」

竜が丸くなった腹の部分を擦っている。

「流石に食べ過ぎたわ……。」

萩原もしんどそうだ。

「ねえこの後どうするの?」

桐島が俺に尋ねる。彼女は早々に完食を諦めていたのでそこまで辛く無さそうだ。

「いや、とくに何もないけど。」

「そっかー。じゃあもう一回お風呂行こうかなー。奈々は部屋で休んだ方がいいしねー。」

温泉が気に入ったようだ。入ったことはないが女湯の方は男湯より若干広いらしい。

「あ、じゃあ私も一緒に行きたいです。」

朱音も全て食べていたはずだが辛く無さそうだ。

「じゃあ行こー。出てくる頃には奈々も竜くんも復活しているだろうし、その頃また部屋に遊びに行くねー。」

二人揃ってじゃ、また後で。と部屋から出て行った。その背中を萩原が恨めしそうにみていた。よっぽど満腹が辛いらしい。

「ほら、萩原も竜も部屋で休もう。食べ過ぎだって。」

「うまかったからー。……横になりたいし部屋戻るかー。」

「そうね、少し時間が必要だわ。」

よぼよぼと二人は立ち上がって歩き出す。その前を先導して部屋に向かった。

部屋では布団が敷かれていた。竜がそこに倒れるように飛び込む。ちょっと散歩してくる。と苦笑いして部屋を後にした。



玄関では八木がタバコを吸っていた。

「ごちそう様でした。相変わらず美味しかったです。でも、すごい量で食べ切れなかったですよ。」

「おー。美味かったならよかった。」

八木が煙をぷかーと吐いて呟く。

「春人さんに時人が友だちを連れてくると聞いたときは驚いたが、お前も大きくなって春人さんに似てきたな。」

八木の発言の前後のつながりが見えない。友だちを連れてきたことと父に似てきたことがつながっているように感じない。

「まあ親子ですし。」

とりあえず肯定しておくと八木が楽しそうに笑った。

「そうだな。親子だからな。……いや、俺も友だちと聞いて大部屋を準備しようとしたらまさか男女のグループで来ると思わなくてな。」

「あー。そういうことですか。」

両親から聞いたわけではない。八木やマスターから聞いたうわさでは春人は母に出会うまで女性関係が派手だったらしい。

「時人は節々に春人さんらしさを感じるからな。」

「俺は父さんみたいに遊び人じゃないですよ。」

そういうと八木はまたも楽しそうに笑った。

「春人さんは遊び人とはちょっとちがうが……。まあいい。ところで、竜くんはどうした?しないのか?」

八木は指をくいっと動かす。

「あー食べすぎでダウンして

「時人見っけー。」

うしろから竜の声が聞こえた。はやくも回復したらしい。

「おー来たか来たか。やるぞ。」

八木が大またで玄関から入っていく。俺も竜と八木に続いた。



「ロン。チートイドラドラ。」

「はーまた時人かよー。」

「……時人。今日は本当にやってないんだろうな?」

八木がだしたイーソウが当たった。早めに出来た役だった。ドラが乗って美味しい。

毎年ここに来ると八木と両親と四人で麻雀をするのが恒例だった。

四人でやるときは何でもありだが今日は竜もいることで普通の三麻だ。

八木のやってないというのはイカサマのことだ。四人でやるとどこからともなく牌が出てくる。特に母の手は早く見抜くこともできない。

毎年なら金でなくお菓子なんかを賭けていたが、今日はそれも無しだ。

再び俺の親で進む。今日は流れも良い。気持ちよく勝てそうだ。

そうして竜の悲鳴が時々聞こえて盛り上がった。

「……盛り上がっているわね。」

萩原の声がして振り向くと三人がこちらをみていた。

「おー萩原復活したかー。」

「そうね。で、あなたたち探していたら楽しそうな声が聞こえたから。」

「ねー部屋に遊びに行くって言ったのに二人とも部屋にいないしー、メッセージに既読すらつかないしー?」

気づけばかなり時間が経っていたらしい。スマホをみるとメッセージが多数届いていた。

「……時人、これはまずい。」

竜がシビアな顔をしていた。八木も苦笑いしている。

「……探しました。」

朱音も少し怒っているようだ。

「ごめん。」

「心配しました。」

「ごめんって。」

「あー嬢ちゃんら。俺が誘ったんだ。許してやってくれ。」

八木がそういうと渋々といった表情で萩原と桐島がひきさがった。

「……朱音ちゃんがやきもきしてたわよ。」

「そうだねー。……水樹くんが何とかしてあげてー?」

二人がそう言うと朱音が驚いた表情で二人をきょろきょろと見た。

「桐島さん?萩原さん?ど、どういう……?」

「水樹くん、朱音ちゃんがちょっと散歩したいってさー。」

桐島がこちらにウインクした。彼女なりの気遣いだろうか。

「あーうん。わかった。朱音、ちょっと行こうか。」

立ち上がって朱音に言うと嬉しそうに笑った。

「……二人じゃ出来ないし、今日はしまいにすっかな。」

八木がそういうと萩原が空いていた北に座る。

「私達が相手じゃだめかしら?」

「麻雀なんて久々だねー。」

桐島も俺と入れ替わりで座る。

「結ちゃん、麻雀できるの意外だなー。」

竜がカラカラと笑うと萩原が真剣な表情になった。

「結は……強いわよ。」

萩原の台詞を聞いた桐島が不敵に笑う。

「はっはっは。いいな。こりゃいい。やるぜガキども。」

八木も楽しそうだ。

「……じゃ、朱音行こっか。」

部屋の雰囲気もよくなったので朱音をつれて部屋を出た。

そのまま玄関から外に出る。

「どこまで行くんですか?」

「ちょっと海の方まで行こうかなって。いい?」

「わかりました。」

月は明るいが明かりは少なく足元も危うい。

「朱音。」

名前を呼んで左手を差し出す。

「はい。」

朱音も右手で俺の左手を掴んだ。俺たちはそのまま海に向かって歩き出した。




ここまで読んでいただきありがとうございました。

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