第7話 待ち伏せ
急に声をかけたことで彼女は少し驚いていた。
「……水樹さん。お待ちしておりました。」
想定外の返事に次はこちらが驚くことになる。
「待ってたの?……こんな所で待たずとも……。」
雨も降っているというのにわざわざ外で待っていた理由について予想もつかないが、とりあえず家に向かって歩き出すことにする。
「何かあったなら昼休みにでも言ってくれればよかったのに。どうかした?」
「ずっと考えていまして、帰り道に思いついたのです。なので待ち伏せさせていただきました。」
「待ち伏せって。」
妙な言い回しに思わず笑みが溢れる。
「水樹さん、ギターだけでなく他の楽器もしてはりますよね。……ピアノとか。」
「うん。キーボードだけどね。」
どうやら本当に聴こえていたらしい。確かに家ではギター以外にも気分で楽器を弾く。
「……それって弾けるようになるのは難しいですか?」
「んー。弾けるようになるっていうのがどのレベルかわからないし、長月さんがどの程度音楽センスがあるかにもよると思うけど……。例えば一曲弾けるようになるだけ、とかならそんなにかからないと思うよ。」
「本当ですか?」
言い終わると半ば食い気味に返事が帰ってきた。
実際はどれくらい練習するかとか、他の要素もあると思うが、自分の過去を思い出してみるとそんなにはかからなかったはずだ。
「多分ね。」
そう言うと彼女は少し嬉しそうにしていた。最初は無表情に近いと思っていたが、最近はわかりやすい。
彼女に声をかけられた公園から家までは距離がそうない。そんなに会話をしていないが、もうエントランスまでついた。
傘を閉じてエレベーターのボタンを押す。エレベーターは地上階にいたようですぐに扉が開いた。その扉を片手で抑えながら入る。あとに続いた彼女が階層と閉まるボタンを押してエレベーターは動き出した。
「高校一年生の春だし、ギターにしろピアノにしろなにか始めるにはいいタイミングじゃないかな。……あのバラードならキーボードだと思うけど頑張ってね。」
「はい。がんばります。ありがとうございます。」
今日の会話でおそらくあのバラードのことだろうと予測をつけたがどうやら当たりのようだ。
テンポは早くないし、難易度的にもそこまで高くはないだろう。最初の目標にするにはいい曲な気がする。何より好きな曲だと弾けるまで練習するのが楽しいと思える。
「それでは失礼します。今日はありがとうございました。」
彼女の部屋の前までつくとそう言って扉を開こうとして、動きが止まった。
「どうかした?」
「……いえ、なんでもありません。失礼します。」
一旦止まったものの帰っていった。なにか思うものでもあったのだろうか。まあそこまで気にすることはないだろう。今日は帰ってキーボードを弾こう。
部屋で一人楽しんでいるときだった。滅多にならない来客を知らすチャイムがなった。
「こんばんは。水樹さん。」
少し大きめの白いパーカに、黒のスキニー。シンプルな服装だが彼女にはよく似合っていた。
「なにかあった?」
「カレー……食べませんか?」
笑顔で彼女はそう告げた。その抱えていた鍋にはカレーが入っているらしい。確かに良い香りがする。
「お、おう。」
想定外の来訪に少したじろぐ。
「……カレーは苦手ですか……?」
こちらの反応を見て少し眉が下がった。
「そんなことない。むしろ好きだけど、急だったから、驚いて。」
「ならよかったです。……ご一緒してもよろしいですか?」
「……いいよ。あがって。」
どうやらここで食べていくらしい。
「……お邪魔します。」
思えば、家族以外の来客は初めてだ。
ひとまず鍋を預かってリビングに案内する。
まだ温かいそれをひとまずコンロに置く。
未だにこの現状に理解がついていかず戸惑うが、とりあえずカレーをよそう平皿を取り出す。と、問題に気づいた。ご飯がない。
どうしようか、と考えると
「……もしかしてご飯無いんですか?」
察せられたらしい。ジロっとした目つきでこちらを見ていた。
「ちゃんとご飯を食べないと体に良くないって言ったじゃないですか。……ご飯も持ってきますのでお皿お借りしますね。」
そう言って彼女が一旦帰っていった。
実は晩御飯は済ませていたのだが、あの笑顔の前では言い出せなかった。
あまり大盛りにされると食べきれるか、不安のなか彼女を待った。