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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第2章
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第73話 初めての楽器屋


カフェレストランを出て再び電車に揺られる。乗っているとそのまま家の最寄り駅まで着くが途中の駅で降りる。駅の近くのショッピングモール。今からそこでウインドウショッピングだ。

「初めて来ました。」

「見てるだけでも結構楽しいよ。」

モール上階の一角。店に入る前からたくさんの種類が見える。

「楽器屋にはよく来られるのですか?」

壁にかけられているギターにベース。ガラスの向こうにはエフェクターが綺麗に並んでいた。

「あー偶にかな。」

店に入ってギターを眺めた。

今日のデートを考える際、朱音に要望があるか聞いてみたところ、朱音が願ったもの。そのうちの一つが楽器屋だった。

「あ、これ時人くんのギターに似てますね。」

俺の持っていたストラト。それに似ているギターを見つけた朱音が眺めている。

「色合いとかは似てるかな。」

「……ギターって高いですね……。」

朱音が見ていたギターはいい値をしていた。朱音はギターを買うつもりだったようだ。だがこのブランドは初めて買うには厳しい値段だと思う。

「安いモデルだと一万円くらいでひととおり揃うけど……。」

この店は学生にも優しく、初心者向けセットとしてギター本体だけでなく小物などをまとめてセット売りにしてある。

「うーん。そうですね……。」

もともと今日買うつもりはないらしい。ただ初めて行くのに不安で着いてきてほしかったようだ。

安価なモデルを見ていても見た目がお気に召さなかったようだ。

「時人くんはどういった基準で選ぶんですか?」

「音の違いとか、細かいところは色々あるけど、結局は見た目が気に入るかどうかかな。」

「見た目ですか……。」

朱音がそう呟くと店をふたたびぶらぶらと歩き始めた。最初に見ていたストラトの前で立ち止まる。

「よければ試奏してみますか?」

悩んでいた朱音に店員が声をかけた。

「え、あ、私、ギター弾けないので……。」

「そうですか。気になるものがあれば声かけてくださいね。」

店員は笑顔でそういうと去っていった。

「よかったの?」

「ちょっと気にはなりましたけど……。」

「俺が弾こうか?」

「いえ、大丈夫です。」

「ならいいけど……。」

そのまま店内をぶらついた。朱音は時折色々聞いてきた。その度に答えて、と時間を過ごした。

キラキラしながら楽器を眺めて、時々欲しそうな目で見つめながら店を周る朱音。

俺も欲しいものがないか見て周るも、琴線に触れるようなものは見当たらなかった。

エフェクターでいいものがあったが、朱音を放って試奏する気にもならず眺めるだけで終えた。

初めてのデートで楽器屋ってどうなのかと思ってはいた。朱音が望むから連れてきた。

どうやって話しをしても盛り上がるように思えなかったが、予想外に朱音は満足しているようだ。楽しげな表情からそれが伝わってきた。



少し歩き疲れたので、店をでてベンチに並んで座る。

「……時人くんと出会わなければ入ることのないお店でしたね。」

「どうだろう。朱音ならそのうち一人で何かしら始めていたかも。」

そうですかね。と朱音は笑って返した。

「時人くんに借りているあのキーボードも結構いい値段するんですね。借りっぱなしで申し訳ないです。」

「俺が持っててもメインで使ってないから朱音のほうが弾いてるし、その方がキーボードも喜ぶよ。」

「……時人くんってそこまで物欲強くないのかと思ってましたけど、こういった物にお金をかけていたんですね。」

「まあそうなるかな。買ってしまえばランニングコストがかかるものでもないし、最初だけだよ。」

ギターやベースは時々弦を変えたり、削れたピックを変えたりはするが金額的には微々たるものだ。

楽器は本当にいい趣味だと思う。

「見ていたらやっぱり欲しくなりますね……。」

「そろそろギターも始めよっか。」

「……やりたいです。」

前向きな言葉とは裏腹に朱音の表情は複雑そうだ。

「どうした?」

「時人くんにしてもらってばっかりだなあって。」

朱音は少し悲しげに微笑んだ。

「いやいや。俺だって朱音にはもらってばっかりだから。」

そういうと少しだけ表情が明るくなった。

俺にとって朱音が作る料理は何にも代えがたい価値のあるものだ。

「それに、今日はこのあと朱音にがんばってもらうから。」

朱音の要望のもう一つが家でご飯を食べることだった。今日の夜ご飯は朱音が作ることになる。

立ち上がって朱音に左手を突き出す。朱音も躊躇わずに右手を差し出した。

「じゃ、帰ろうか。」

朱音の手をひいて立ち上がらせる。

「朱音は軽いな。」

少し沈んだテンションを立て直すために冗談交じりに朱音に笑いかける。

「時人くんの力が強いんです。」

朱音も笑顔になって握る手に力が込められた。機嫌は直ったようだ。

帰ろうと一歩目を出した瞬間だった。

「長月さん?何して……。」

「あ、こんにちは。」

そこにいたのは同い年くらいの男子。見たことはないが朱音は知っているようだ。

彼の視線は朱音の顔から、繋いでる手に移り、最後に俺を見てキョトンとしていた。

「……長月さん。彼氏いたんだね。」

彼が微妙な表情でそう呟いた。朱音はこちらをチラチラと伺っているのがわかった。答え方に困っているのだろうか。

「俺はべつに彼氏じゃないよ。」

俺がそう告げると朱音がこちらを見るのを止めたのがわかった。

「そうですね。……つきあったりしていませんから。」

朱音は最後に小声で付け足した。

「……ま、いいけど。あんまり邪魔しても悪いし。」

彼は小さく鼻で笑ってからそう言った。じゃ、また学校で。と彼は去っていった。

「朱音の知り合い?」

「……体育祭でたまたま話した違うクラスの方です。」

歩きながら朱音は答えた。さっきとは違う方向に機嫌も悪そうだ。

タイミング的に俺の返答がきっかけなのはわかる。でも、仕方ない。実際に俺たちはつきあっていないのだから。

繋いでいる手は離さなかったが、口数の少なくなる帰り道になってしまった。

なんとなく朱音が遠く感じる。右手に持つぬいぐるみが入った袋が少し重くなった気がした。






ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ嬉しいです。



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