第70話 二人でお出かけ
今日も少し短いです。
「時人くん、おはようございます!」
時間通りに家を出てきた朱音はとてもご機嫌だった。それに今日は服装にも自信があるらしい。目の前にたってくるりと身を翻す朱音は何か言葉を待っているようだ。
「おはよう朱音。……そのブラウス似合ってて可愛いよ。」
「あ、ありがとうございます……。」
朱音は顔を赤くして喜びを露にした。今日は賭けに勝って手に入れた朱音と遊びに行く日だ。そして、朱音の誕生日でもある。
朱音は春頃はパーカー、夏に入ってからはシャツ。ボトムスはデニムが多くカジュアルな服装のイメージが強かった。
今日の朱音はチェックのシャツブラウスに淡い水色のフレアスカート。制服以外でのスカート姿を初めて見た。少し鎖骨が見えるくらいの襟の開いたトップスと相まってフェミニンさが醸し出されている。
「時人くんも今日は……いつもと違う雰囲気です。」
今日は髪をアイロンとワックスで全体に束感を出しつつ綺麗に左右に流してある。
ビッグシルエットの柄のついたアロハシャツに黒のワイドパンツ。折角の朱音との外出だから服装も竜と相談しながら決めた。襟から見えるシルバーのネックレスは彼からの贈り物だ。
「ありがとう。変じゃない?」
「……カッコいいです。」
朱音は照れたように少し目を逸らしながら答えてくれた。竜にニヤニヤとされながらも聞いておいて正解だったようだ。
「青い色のアロハが涼しげで夏っぽくていいです。そのバッグも可愛いですね。」
革でできた小さめのショルダーバッグ。財布などの必要なもの以外にもう一つ大事なものが入ったそれ。
「でも、アルバイトのとき基本手ぶらなのに珍しいですね。」
「バイトのときは、財布とカギとスマホくらいしか持っていかないから。」
そうなんですね。と朱音は呟いて俺の顔を見つめた。
「今日は水族館ですよね?楽しみです。」
朱音が待ちきれないように感情をあらわにしている。
いつまでも家の前で話しても仕方ない。
「じゃあ行こうか。」
「はい。」
朱音の横に立って歩き出す。エレベーターで地上階に降りてマンションを出る。まだ午前中とはいえ強い日差しだ。
「暑いな。」
「そうですね。」
より、暑くなるかもしれない。それでも今日色々と覚悟を決めてある。
「……朱音。」
名前を呼んで左手の手のひらを上にして朱音の前に差し出す。
「あの……?」
意図は読んでくれなかったようだ。疑問符を頭に浮かべながら朱音はこちらを見上げていた。
「……手。繋ぎたいなって。」
照れているのを見られたくなくて右手で口元を隠しながら要望を告げる。伝わった朱音が嬉しそうに右手を俺の左手に重ねた。
「エスコートお願いしますね。」
クスクスと笑って朱音は強く握り締めてくれた。
「……任せて。」
お互いに微笑みあって歩き出した。
駅について電車に乗る。ここから乗換えを挟んで目的の場所に向かう。夏休みとはいえ世間は平日。通勤ラッシュの時間もとっくに過ぎた電車は乗客も多くなく椅子も空いている。隣りあわせで座った俺たちは口数もそこそこに電車に揺られていた。
駅まで手を繋ぎながら来たせいかどことなく緊張感に包まれている。お互いがお互いを意識していた。
「……私、水族館って初めてなんです。」
「そうなんだ。俺もそんなに行ったことあるわけじゃないよ。」
遊園地や動物園、水族館といったメジャーなレジャー施設は人がたくさん集まることもあってあまり好きではなかった。
両親もそんな俺のことをよくわかってくれていたのか旅行などでもそういった施設に行くことは少なかった。
「水族館に行くって聞いてすごく楽しみにしてました。」
朱音には今日のスケジュールは大体伝えてある。それなりに移動することも伝えてあったので朱音はスニーカーを履いている。
「俺も楽しみにしてたよ。」
朱音はずっとニコニコと笑顔だ。ここまで歩いてきた道中でもそれなりの人がいて視線が集まっているのがわかった。朱音の魅力が発揮されすぎているが本人は全く気づいていないようだ。
いまのこの車内でも遠くからチラチラとこちらを伺っている人もいる。
朱音の隣に俺みたいな人物がいるのが納得いかないのだろう。こちらにもちょこちょこ視線をやっているのがわかる。
「……あの、時人くん。」
「どうかした?」
「……なんでもないです。」
「朱音、それよく言うけど誤魔化せてないから。気になるし教えてよ。」
「……時人くん、今日顔も隠れてなくておしゃれでカッコいいです。」
唐突に褒められて悪い気はしないが、朱音はどこか不満げだ。
「あ、ありがとう。」
「だから……、あまりよそ見しちゃダメです。」
朱音がこちらを見上げながら小さく呟いた。だからの意味はよく分からなかったが。
「朱音しか見てないよ。」
よそ見するなと言われたので朱音を見つめてそう答えた。
「あ、あ……。」
すると朱音は口をパクパクとさせて顔を真っ赤にさせた。
「そ……それはちゃうんやけど……もうあかんって……。」
朱音はまたも小さく呟き俺の腕に頭突きをして額をつけたまま離れない。
腕に感じる熱量に今更ながらあらためて朱音の照れを感じてこちらまで顔が熱くなる。
思わず顔を上げて右手で口元を覆った。今日はまだ始まったばかりだというのにこれからどれだけ朱音に感情を揺さぶられてしまうのだろうか。期待と緊張にあらためて覆われた。
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なんでこの二人はまだ付き合ってないんですかね。




