第67話 勝負の行方
「……本当にいい勝負ですね。」
テストが徐々に返却されて俺たちの勝負は残る一教科の結果次第になった。
相変わらず竜は高得点を叩き出していて、俺と朱音と桐島が横並びにその後に続いている形だ。
「ここまで来たら負けられないな。」
中間よりも多めに勉強時間をとっていたかいもあって若干俺の点数も上がっている。
「私もです。」
朱音が柔らかく微笑む。この短い休憩時間があけると最後のテストが返ってくる。俺たちの勝負が決する時だ。
「……1点差……ですか。」
「悪いな。朱音。」
ギリギリの勝負だった。採点のミスもなく俺の勝ちが決まった。
「……勝ちたかったです。」
朱音は悔しそうに笑っている。
「……そんなにほしいものでもあった?」
「……時人くん、二学期も勝負です。」
俺の問いには答えず、次の約束をする。
「いいよ。次も負けないけど。」
「……リベンジです。」
朱音は拳を握り締めて燃えている。やる気は十分のようだ。
「何の勝負してたのー?」
前の席から桐島が振り返ってくる。
「テストの合計点で朱音と競ってた。」
「……で、水樹くんが勝ったんだー?」
「……悔しいです。」
桐島が自分の合計点を数えている。どうやら俺より若干高いようだ。
「私の勝ちー。」
桐島が自慢げに鼻を鳴らしている。
「でも朱音ちゃんも水樹くんも点数上がったよねー。」
「はい。よかったです。」
「勉強会の意味はあったかなー。よかったね。」
朱音と桐島が笑いあっている。朱音は悔しい結果になったようだが点数も上がって納得はしているらしい。表情も声のトーンも明るい。
二人が話している間に考える。勝負が決まったのはいいけれど賭けの内容について何も考えていなかった。
俺がほしいもの……。先日、朱音は俺にほしいものでなくお願いとして演奏を希望した。その方向性でいいのかもしれない。
そして、その日に聞けなかったこと。朱音が勝ったときに望むもの。
あの日は演奏をお願いしたが、それが通った今、次にほしがるようなもの。
普段物欲を出すこともないし、極端なわがままを言うこともない。そんな朱音の願いを堂々と聞くチャンスではあった。なるべく聞くようにしていたが朱音はなかなか口に出さなかった。
先ほどの悔しそうな表情から何か考えてはいるようではあった。どうにか知りたい。
テストが終わった日からまた鍵盤を教えているとはいえ朱音はずっとご飯を作ってくれている。
お互いが対等な関係であると朱音は思っているけれど、朱音のほうが負担は大きい。
そんな朱音に労いの意味を込めてほしがっているものでも送りたいタイミングだった。
もう少し考える必要がありそうだ。
「もう夏休みに入るわけだが、その前に諸注意がある。」
ホームルームで三井が夏休みの注意事項について面倒そうに語っている。補講の日付や、部活などで登校する生徒への注意は関係のないことだったので軽く聞き流す。
そもそも三井もあいかわらずのダウナー加減だ。早々に話を終えて後は自由に。と告げて教壇の前から降りた。
「あー長月、ちょっと来い。」
朱音はきょとんとした顔で三井に連れられて教室を出て行った。推薦のはなしだろうか。
「……朱音ちゃんも推薦受けるのかな?」
どうやら桐島は三井から聞いていなかったらしい。
「桐島も受けるんだよな?」
「そうだよー。水樹くんも?」
「竜もな。」
「……そっかー。朱音ちゃんもいっしょならいいねー。」
「そうだな。」
「……ねえ水樹くん。」
桐島が完全に振り返ってこちらを見る。
「どうした?」
「水樹くんって……朱音ちゃんと付き合ってないんだよね?」
真剣な表情でこちらをみつめる。唐突な話題に戸惑う。
「……つきあってない。」
「……うん。わかったー。」
彼女の眉毛は下がったままだ。
「なんで?」
「うーうん。なんでもないよー。ごめんね。へんなこと聞いて。」
「いいけど……。」
桐島は何を思っていたのか、何を持ってそう聞いたのかわからないが、俺の気持ちを彼女は知っている。進展がなく気になったのだろうか。
それから桐島は何も話さなかった。朱音が戻ってきたのは終了のチャイムとほぼ同時だった。
「水樹くん、勝負に勝ったわけですが……。」
「そうだな。」
朱音と並んで帰る道すがら、朱音が賭けのことをきりだした。
「何かほしい物ありますか?」
「あのさ……、前に朱音が言ったみたいに物じゃなくてお願いでもいい?」
「お願いですか?……内容にもよりますけど大丈夫ですよ。」
朱音は穏やかに微笑んだ。無理なお願いをするなんて思ってもいない顔だ。もちろんするつもりもないが。
「……じゃあ……。」
少し言い躊躇う。
「……?」
朱音が不安げにこちらを見上げた。あらためて言うのも勇気が要りそうだ。
「……俺と……二人で遊びに行かない?」
「行きたいです!」
表情を一気に綻ばせて笑顔を見せる朱音。食い気味に反応した朱音を見て、お願いなんて使わなくても行けたとは思うけれど、そのおかげで誘いやすかった。
隣で楽しみです。と呟く朱音を見て誘えてよかったと思う。どこに行こうかな。
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