第66話 テストを終えて
朝の教室は人が多かった。登校時間は早かったがやはりテスト当日は教室で最後の足掻きをする人がいて人の割に静かだ。
席に着いてリュックを下ろす。数学の問題集を開いてパラパラとめくった。
正直、数学に不安はない。萩原に教えていた時間も長かったのがあって、中間より取り組んでいた時間は長いくらいだ。
「水樹くんおはよー。」
「早いわね。水樹。」
桐島と萩原が教室に入ってきた。萩原は自分の席に着かずにこちらまでやってきた。
「おはよう。」
「土曜日は助かったわ。ありがとう。」
「こちらこそ。」
「私も行きたかったなー。」
桐島は悔しそうに萩原の肩を叩いていた。
「あ、ねえ竜くんから誘われたんだけど私も行っていいのー?」
「あーうん。というか朱音が来てほしいって。」
「……そりゃそっかー。」
普段あんなに親しく過ごしているが流石に旅行となれば別だろう。
「……私も行きたいけれど……。結と旅行なんて行ったことないのに。」
「えー奈々ちゃん拗ねてるー?かわいいー。」
二人の世界に入ってしまったようだ。きゃいきゃいと姦しい声が響く。盛り上がっているので視線を手元の問題集に戻した。
「おはようございます。賑やかですね。」
問題を解いていると朱音が登校してきた。
「おはよう朱音。」
「朱音ちゃーん一緒に行こうねー!」
「え、はい。何にですか?」
「おはよう朱音ちゃん。結が言っているのは旅行の話ね。……今の結はテンション高いから軽く流しておきなさい。」
「おはようございます。わかりました。」
萩原の厳しい一言に桐島が文句を言っている。朱音も苦笑いだ。
桐島が落ち着いた頃、萩原と数学の問題集をつきあわせる。萩原は数学さえ乗り切れば何とかなるらしいので今日さえ耐えたらなんとかなるようだ。がんばってもらおう。
「テスト終わったー!」
今週一週間、月曜日から金曜日までかかったテストも最終日。一学期最後の定期テストが終わった。竜の叫び声が響いてたまたまテストの監督に来ていた担任の三井先生が睨んでいる。
「……テストが終わって気が抜けるのはいいが、この後ホームルームがあるからまだ帰るなよ。」
三井はテストを集めて教室を去っていった。竜の叫びもあって教室は一気に開放感に包まれている。
「竜くんは相変わらずだね……。」
桐島が呆れて呟いている。
「テストも終わったし仕方ない。」
あはは。と桐島は苦々しく笑っている。
「奈々も友里くんも手応えあったみたいだしよかったねー。」
初日、数学のテストを終えた萩原は自信ありげにそう報告した。納得のいく出来だったらしい。問題用紙にメモしてあった答えと照らし合わせて八割くらいは取れていそうだ。
友里も全体的に点数を取れているようだ。毎日遅くまでがんばっていたようで顔色は悪いが表情は明るい。
「テスト終わったのでもう夏休みですし、柳さんのテンションも仕方ないですよね。」
そう言う朱音もテストの出来は良かったらしい。
テスト期間は昼迄で解散となるのでその後俺の家で昼ごはんを食べて勉強して、夜ご飯を食べて。と長い時間一緒にいることになった。
その日のテストの答えあわせをしていた結果、俺と朱音はそんなに点数は変わらなさそうだ。問題用紙にメモした答えが間違っていなければだが。その話題の中心の竜は自分の席の近くのクラスメートと何か話している。
そんな話をしているとガラガラと教室の扉が開いて三井が戻ってきた。今日はこのホームルームで解散だ。早く終わって帰りたいところだ。
「時人くん、テスト終わりましたね。」
「そうだな。お疲れ。」
朱音が作ったオムライスを昼ごはんに食べ終えてコーヒーを飲みながらお互いを労う。
「……勝負のこと覚えてますか?」
「もちろん。」
テストの合計点を朱音と競う。忘れていない。
「いい勝負になりそうですね。」
お互いに既に答えあわせをしてある。点数配分次第でどっちが勝つか変わるくらいの微妙な塩梅だ。
「朱音は何かほしい物ある?」
「そうですね……。ほしいものじゃなくてお願いならあります。」
「お願い?」
「はい。……う、あの。」
朱音は何か言うのを躊躇っている。
「そんなに言いにくいこと?」
「……時人くんの演奏を見たいなって。」
ようやく言った朱音のお願いはずいぶんと簡単なものだった。
「朱音、それくらいならわがままなんて思わないし、なんなら今からでもいいよ。」
「本当ですか?」
朱音は嬉しそうな表情を見せた。コーヒーを飲み干して立ち上がる。
「最近勉強ばっかりで弾けてないんだ。ちょうどいい。」
俺が寝室に移動しようとしているのを見て朱音も立ち上がる。
「楽しみです。」
「朱音に楽しんでもらえるようがんばるよ。」
朱音を連れて寝室に移動した。さて何を弾こうかな。
朱音に何を聴いてもらおうか逡巡してギターを壁から下ろす。
まだ夜でもないし折角なのでアンプの電源をつける。エフェクターを通していい具合に歪ませる。ストラトキャスターからジャキジャキと音が鳴る。いい感じに軽い音だ。
「……何か聴きたい曲ある?」
アンプに負けない声量をだすのも大変なのでガイコツマイクの電源もつける。音量の調整も済ませて準備は完了だ。
「……時人くんの好きな曲で。」
「りょーかい。」
好きな曲と言われても特に思いつかない。折角なので朱音も知っている曲がいい。そうなるとやはり大衆的に知られている曲。タイアップ曲とか往年の名曲か。
朱音に教えていたバラード。あのバンドの他の名曲にしよう。過去にCMソングにも起用されていたりしている。
ゆっくりなイントロから弾き始める。朱音の期待に満ちた瞳がメガネの奥で輝いていた。
しばらくギターを鳴らして歌い続けた。ベッドに腰掛けた朱音はニコニコと楽しそうにこちらを見ている。
一曲終わるごとに朱音がもう一曲、もう一曲と、アンコールをするので終わるタイミングも無かった。
「ギターもいいですね。」
「キーボードとは違うかっこよさがあるだろ?」
「はい。時人くんカッコいいです。」
エアコンはついているがしばらく弾きつづけていたのもあって体が暑い。
朱音に素直に褒められたのもあるが。
「……ちょっと休憩していい?」
「はい。もちろんです。」
一旦ボリュームを落としてギターを肩から下ろす。冷たいエアコンの風を受けたくて前髪をかきあげる。
顔に冷風が当たってふうと息が出る。何か飲み物がほしくなった。それを取りに行こうとリビングに向かおうとするとき視線を感じた。その方向を見ると朱音と目が合った。朱音の顔が赤くなっている。
「……どうした?」
「あう、時人くん……。ダメですよ。」
「ダメって……何が?」
朱音はもごもごと言いづらそうにしている。
「時人くんは……ダメです。」
「……わかんないけど、わかった。」
朱音の発言の意図は掴めなかったが、とりあえず喉が渇いたのでリビングに飲み物を取りに行く。
寝室を出る瞬間朱音が小さく何か呟いたのはわかった。気にはなったが、喉の渇きには勝てない。そのままリビングに向かった。
麦茶を飲んで一息入れてもう一度寝室に戻った。未だ朱音はベッドでひざを抱えて座っている。
「あー……朱音?」
朱音が顔をあげる。
「……時人くんは……かっこいいです。」
どういう意味だろうか。シンプルに褒められて悪い気はしないが。近づいて朱音の隣に腰を据える。
「ありがとう。……ギターって担ぐだけでかっこよくなるから。」
「そういう意味じゃないですけど……。」
朱音は未だにまごまごとしている。
「……朱音さん?ちょっとわかんないんだけど?」
真意を掴みたくて、朱音の顔を覗き込んだ。余計に朱音の顔が赤くなった気がする。
「……。」
またも朱音が小さく呟く。この距離でも聞こえなかったので呟くというより口をパクパクさせたという方が近いかもしれない。だが、今聞かなければ聞き逃す気もする。竜が後から教えてくれるわけもない。
「朱音さん?」
「……時人くんが髪をかきあげるの……。ダメです。」
今まで以上に顔を赤くした朱音につられて俺も顔を熱くする。
「あーうん。わかった。」
無意識だったが見惚れてくれていたらしい。
俺が朱音の笑顔に惹かれるのと同じように感じてくれているのだろうか。そう思うと嬉しくなった。
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