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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第2章
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第65話 休日の来訪者


「時人ってお父さんに雰囲気似てるなー。」

リビングに戻ると竜がニヤニヤと笑いながら口を開いた。

「よく言われる。」

「で、さっきのさー宿?のはなし教えてー。」

「……父さんの知り合いがやってる民宿があって毎年夏に行ってた。海の近くのいいところ。」

「え、まじ?行きたい行きたーい。行こうぜー。」

腕をあげて気持ちをアピールする竜。

「……水樹のお父さんは来れないって話だったけど高校生だけで旅行なんて出来るのかしら?」

話を聞いていた萩原がペンを置いて会話に混ざる。

「そのへん何とかなるだろー。萩原も行こうぜー。海だぜー。」

テンションの高い竜。彼の中で行くことは確定らしい。

「皆と旅行なんて楽しそうで行きたいわ。……けど部活があるからきっと無理ね。」

「まじかー。長月さんは?」

「え、私ですか……?」

すっかりノリノリの竜が楽しそうに話題を飛ばす。朱音は何に迷っているのか手を顎に当てて考え込んでいる。なんとなく視線を感じると朱音はこちらを伺っていた。

「どうした?」

「時人くんは大丈夫なんですか?」

「朱音も知ってると思うけれど俺はそんなに予定も無いし、バイトも一日二日休んだって問題ない。……こんなハイテンションの竜の前で行かないなんて言えないな。」

竜は満足そうに頷いている。断られることは思ってもいない顔だ。

「……そうですか。萩原さんは来れないんですよね?」

「多分ね。」

朱音は悩んでいた。遊びには行きたいが俺と竜との三人が気になっているのだろうか?

「桐島も誘ってみる?」

「いいねー結ちゃんも誘おうぜー。」

早速竜がスマホを操作し始めた。メッセージを送っているらしい。

「……結こそ高校生だけだと行かなさそうね。」

「そこは俺の交渉力に任せてほしいなー。」

竜は指を素早く動かしている。

「……桐島さんも来はるなら……。」

朱音も小さく呟いている。さすがに女子一人だと気が引けていたようだ。無理強いは出来ないが折角ならば一緒に行きたい。

「桐島が来るなら朱音も来てくれる?」

「はい。私も行きたいです。」

朱音は嬉しそうに微笑んだ。

「とりあえず返事待ちかなー。折角だしユーリも呼んでいいー?」

「俺はいいよ。2部屋取るみたいだし。」

「……ってかお金結構かかる感じかなー。どれくらいすんだろ。」

竜がそのままスマホを操作し続けている。友里にもメッセージを送っているのだろう。

「……多分交通費くらいですむからそんなにいらないと思う。」

「は?宿代は?」

顔を上げた竜は目を丸くしている。

「毎回払ってない。……父さんと過去に何かあったらしくて毎年招待されてるから。」

「水樹のお父さんって何者なの……。」

萩原も同じ顔だ。

「俺も知らない。」

「何それ。自分の父親でしょう?」

呆れている顔をしていた。

「変わってる人だから気にしたらキリがない。」

「……そういう水樹もソートーね。」

萩原は諦めたようにため息をついた。



「やっと……終わったわ……。」

父さんという予定外の来訪もあったものの俺たちの勉強会はそれなりに進んだ。萩原は一周したあと更にもう一度詰まったところを繰り返ししていた。それも終わったようだ。

「お疲れ様。」

労いの言葉をかけるとうーと唸ってからソファの背もたれに深く倒れた。相当疲れたようだ。

ソファで伸びている萩原は彼女のスタイルの良さが目立つ。目のやり場に困って思わず視線を逸らした。萩原と自分の分の空になったカップを持って立ち上がる。テーブルの竜と朱音の飲み物はまだ残っていた。萩原はさっきまで紅茶を飲んでいたので同じものを準備する。棚からティーバッグをとりだしてポットを温める。

「時人くん。」

「どうした?」

気づけばキッチンに朱音が入ってきていた。

「……なんでもないです。」

そう言いながら朱音はキッチンから戻らない。

「……?……紅茶いる?」

「もらいます。」

朱音はどこか不機嫌そうに返事した。その理由もわからないので頭をひねる。

「!?」

朱音が唐突に腕に頭突きをしてきた。そのまま朱音は腕に額をつけたまま離れない。

「本当にどうした?」

「なんでもないです。」

「……なんでもなくはないんだけど。」

朱音からの接触は珍しい。しかもこんな形は初めてだ。どう応対していいか分からない。

「くくくっ。」

動揺を隠し切れず戸惑っていると竜が噴出した。

「なんだよ。」

「いや別にー?」

「なんなんだよ……。」

竜は未だにくっくと笑っている。彼には何かわかっているのだろうか。しかし、そろそろポットも温まって紅茶の準備もできた。紅茶のいい香りがふわっと広がる。

「朱音、離れてくれないと戻れないんだけど……?」

「……はい。」

朱音がゆっくりと離れた。なんだったのだろうか。ひとまず朱音の座っていた位置に朱音の分のカップを置く。

「ありがとうございます。」

その足で萩原の分も運んだ。

「ありがと。いただくわ。」

ようやく姿勢を戻して萩原は紅茶に口をつけた。

「……おいしいわね。」

「どうも。」

萩原は問題集を終えた疲れからか紅茶をゆっくりと楽しんでいる。表情は柔らかく気に入ってもらえたようだ。

視線を感じて朱音の方を見ると視線を逸らされた。紅茶を飲みながらこちらをチラチラと見ていたようだった。

「しっかし今日一日そこそこがんばったなー。そろそろ帰るかなー。萩原もタイミングいいみたいだし。」

竜がそろそろ切り上げることを提案した。夕方というには少し遅い時間だ。そろそろ夜ご飯の時間でもある。

「また何か食べに行くか?」

「うーん。いや、時人ら連れて歩きまわしてもなー。前回も、あの後歩いて帰らせること考えてちょっと失敗だったなって。テスト前だし止めとくかな。」

外食の提案をしてみたが、一旦悩んで否定された。

「……そうね。私もとりあえず助けが必要なところはなくなったし。これ飲んだら帰るわね。」

萩原も帰るらしい。



「じゃー時人サンキューな。お邪魔しましたー。」

「また学校でね。朱音ちゃん、水樹。」

二人を玄関まで見送る。朱音はまだ帰らないらしい。扉の向こうに消えていく二人の表情は明るかった。

「……朱音。ご飯どうする?」

「しっかりお腹すいてますか?何か作りますよ。」

「……すいてる。」

素直にそう言うと朱音はクスクスと笑った。

「私もです。では今から作りますね。」

そういうと朱音はパタパタとスリッパを弾ませてキッチンに向かった。



朱音の作ったご飯を食べて、その後少し勉強をした。

すっかり遅くなった頃に朱音が帰る支度をする。

「……明日も来ていいですか?」

「もちろん。」

玄関で聞かれたので、そう返事すると笑顔で礼を言って朱音は帰っていった。

今日は萩原が来て、父さんも来てと、予想外の来訪が多かった。シャワーを浴びて勉強の疲れを流していく。なんとなくそれ以外の疲れもあるような気もしたが気にしないことにした。

風呂からリビングに戻るとソファに置いてあったスマホが光っていた。メッセージが届いているようだ。送り主は竜だった。また明日も来るのだろうかと思ってメッセージを開く。

『今日はサンキュー。楽しかった。また近いうちに遊びに行くわー。

あと時人のお父さんの言ってた旅行の件、結ちゃんが長月さんいるなら一緒に行きたいって。ユーリは夏休み中、家の事情で忙しいみたいで厳しいってさー。』

竜からのメッセージはついさっき届いたようだ。

『りょーかい。じゃあ父さんに伝えておく。詳しい日付は追って連絡するけど多分夏休み序盤になると思う。』

返信を送るとすぐに既読を知らせるマークがついた。

『日付とか真っ先に決めることなのに何も考えてなかったー。楽しみすぎて頭から抜けてたー。じゃあそんな感じで結ちゃんに伝えておくなー。』

話もまとまったのでスマホを閉じてソファに投げ捨てる。するとすぐにメッセージを受信した音がなった。スマホをもう一度開くと竜からまた届いていた今度は写真のようだ。

ソファで俺が萩原に数学を教えている瞬間を捉えた写真だった。

更に追加で写真が送られる。

次は朱音が不満げに何かを見ている横顔の写真だった。

『盗撮はよくない。』

『ごめんってー。』

『なんの写真?』

今日の思い出にでも撮っていたのだろうか?

『これ長月さんの視線の先が時人たちなんだよなー。』

『そうだな。』

自分の部屋でのことだ。写真の向きから朱音がこちらを向いていた瞬間とわかる。

『前回もそうだったけど、今日も時人は萩原につきっきりだったろー?そんな萩原に丁寧に教えている時人を見て寂しくなってる一瞬をカメラはとらえました。』

竜のメッセージを読んで少し顔が赤くなった。朱音は拗ねていたのだろうか。

『あ、あと時人がキッチンで長月さんに戸惑ってたろー?アレは長月さんなりのアピールだと思うぜー。』

『なんの?』

『萩原に鼻の下を伸ばしてた時人に。』

『伸ばしてなんかない。』

思わず視線を逸らしたのは事実だが。

『まあ時人がどう思ってるかは別として、長月さんはそう感じたんだろなー。だからああして時人にアピールしてたんだろー。長月さんらしいよなー。』

『はいはい。』

あくまで竜の考察だ。朱音の本心はわからない。でも竜の言い分は一理ある。

『うお冷た。照れんなってー。』

『もう寝るから。おやすみ。』

『はやいって。まーいいけどー。じゃあ今日はサンキュ。おやすみー。』

竜とのやりとりを終えて送られてきた写真を見返した。

朱音が萩原に嫉妬していたのだろうか。

もし、それが本当なら。

少し嬉しく感じてしまう。誰かに見られているわけでもないが上がった口角を隠すために手の甲で口元を隠した。




ここまで読んでいただきありがとうございました。

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