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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第2章
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第64話 休日の来訪者


投稿の間があいてしまってすいません。





「……朱音ちゃんすごい馴染んでるわね。」

チャイムの音を聞いて俺より先に迎えに行った朱音が萩原を連れて戻ってきた。お昼時に外にいたのもあって萩原は暑そうだ。

萩原は一人で来たらしく竜はまだ来ていないようだ。そのうち来るだろう。

「いらっしゃい。」

「お邪魔します。……邪魔じゃなかったかしら?」

「……勉強するんだろ?」

「質問に質問で……、まあいいわ。そうね、問題集の範囲はあと三分の一くらいなのだけれど……。」

前回の勉強会で半分手前くらいまでは進んでいた。そこから少し進んでいるようだ。進捗のスピードが怪しいが。

萩原が手を洗いに行った間に朱音が麦茶を注いでいる。グラスに入った氷がくるりと回ってカランと音を立てた。

「いただきます。」

暑かったのもあるだろう。麦茶を一気に飲み干して深く息を吐きながら椅子に座った。

「いい飲みっぷりですね。」

朱音が空になったグラスにまた麦茶を注ぐ。

「ありがとう。」

「外は暑そうですね。」

「……今年の夏も暑いわね。」

萩原と朱音が会話をしているのを視界の端で眺める。俺たちもご飯を食べ終わって休憩していたところだ。萩原が落ち着いた頃に一緒に始めるだろう。

「朱音ちゃんってもうここに住んでるの?」

「えっ。住んでないです……よ?」

「どうして疑問系なのよ。」

萩原の質問に朱音が変な声を上げて驚く。それを見てクスクスと笑いながら萩原が楽しそうにしていた。

「電話した時には既にこの部屋にいたのでしょう?……朝早くからいたの?」

「いえ……早くって言うほどでは……。」

「ふふっ……。そうなのね。」

朱音の目の動きで色々と察したらしい萩原が朱音を優しい目で見ていた。朱音がどう思ったか知らないが朝早くから朱音が来ていたのは事実だ。

「……俺たちもそろそろ再開するか。」

萩原に隠せてはいないが隠したそうな様子だったので話題を変えていく。

「そうね。……では水樹先生おねがいします。」

俺の座っていたソファの横に移動して萩原が冗談交じりに微笑んだ。



「……で、こうなる。」

「これ、多分一人じゃ解けないわ。」

解説を片手に萩原に教える。躓く部分がとても多いらしくこまめに尋ねられた。萩原も自分でわかっているようでテンションは低めだ。

机に出しておいたクッキーを包装からだして一つかじる。さくっと軽い音がして口の中でほろほろと崩れた。

「数学なんて慣れだから。問題集一周できたらあとは出来なかった問題だけもう一回してみたら?」

「そうね。とりあえず最後までがんばるわ。」

萩原はやる気を取り戻したらしく次の問題に取り掛かっている。

ふと、テーブルを見ると朱音も数学の問題集を開いていた。躓くところはないらしくすらすらとペンが動いている。今日は暗記科目に専念するといっていたので数学をしていたのは意外だった。

机に置いていたスマホが小さく音を立ててメッセージを受信する。送り主は竜のようでもう近くまで来ているようだ。

了解と返事を打とうとしたタイミングでチャイムが鳴る。本当に近くまで来ていたようだ。朱音は集中しているようだったので立ち上がりかけた彼女を引きとめ迎えに行った。



「あっつーい。」

入ってくるなり倒れるようにして冷たいフローリングに顔をつける。思わずみんな苦笑いだ。

Tシャツにハーフパンツという夏の装いだが、あちこちにつけているアクセサリーが床に触れてカチカチと音を立てた。

「お疲れ様です。」

朱音が慌てて麦茶を用意している。そこまで気を使う相手だろうかと悩むが朱音らしい。

「助かるー。ありがてぇありがてぇ。」

立ち上がって一息に飲み干す。萩原同様に深い息を吐いて椅子に腰掛けた。

「……っていうか萩原いてるじゃん。」

「今気づいたの?」

静かに問題集と格闘していた萩原が呆れ気味に顔を上げる。

「あっちゃー。時人のハーレム状況の邪魔しちゃったかー。」

「……そんな余裕はないわよ。水樹、これ。」

竜の冗談を歯牙にもかけずに問題集を突きつける。躓いているらしい。

「ちょっと待って。」

萩原の元に向かって問題を見る。途中式まで書いてあったが分数の値がすごい桁数になっている。

「……とりあえず最初からやってみるから。」

「やっぱりこれは間違ってるのね。」

因数分解から間違っているようだ。とはいえ問題集の範囲も終わりまで近づいてきている。もうひとがんばりだ。

「これで合ってるはず。だから、ここでまちがえてたかな。」

エックスの値は導き出された。萩原の途中式と比べて間違えた箇所をペンで叩く。

「なるほど。ありがとう。わかったわ。」

理解できたようだ。萩原は唸りつつも次の問題に取り掛かっている。

「あー時人に教わりに来てたのかー。」

「さっき電話が来てな。」

いまだ暑さにもだえている竜が椅子の背もたれから頭を後ろに投げ出してくつろぐ姿勢のまま呟いた。

竜の隣では朱音がペンを走らせている。

「……竜も勉強しに来たんだろ?」

「まあなー。ちょっと休憩したらはじめるかー。」

投げやりな竜にため息をついて自分の勉強を再開した。休み明けから始まるのだ。そこまで時間に余裕はない。もっともゆとりはあるが。



都度休憩を挟みながらも部屋の中は比較的静かだった。ペンが走る音や紙がこすれる音しか鳴らないこの部屋に今日三度目の音が響く。それは来客を知らすチャイムだった。日が沈みかけている夕方に誰か来たらしい。

相変わらず朱音が立ち上がりかけたので引き止める。予定にない来客に朱音を出すわけにはいかない。

玄関に向かってドアスコープを覗く。

「あっ……。」

そこに写るのはやせた背の高い男性。見た目は若そうだが目元は年齢を感じさせる。ハンカチで汗を拭っているので暑い廊下で待たせるわけにはいかない。鍵を開けてドアを開く。

「暑いね。……久しぶり。時人。」

「久しぶり。父さん。」

父が連絡もなく訪れた。

「時人が全く帰ってこないから母さんが心配していてね。様子を見に来たよ。」

「……夏休みに入れば顔を見せる予定だった。」

「その顔は嘘だね。」

実家に帰る気は全くなかった。嘘がバレてばつが悪いので顔を思わず逸らしてしまう。

「本当に時人はわかりやすいよ。……ところで中にいれてもらえるかな?暑くて……あれ、だれか来ているのかい?」

玄関に並ぶ靴を見て気づいたらしい。クスクスと笑っていた顔が急に真顔になって止まる。

「……クラスメートが来てる。月曜からテストなんだ。勉強しに……ね。」

「え、時人、もしかして友だちが出来たのかい?」

父さんは大須と全く同じ驚きを見せる。

「……まあ。」

「これは……それこそ尚更部屋に入らないとね。」

父さんはニヤニヤと笑って俺を押しのけて部屋に入ってきた。短い廊下を歩くとすぐにみんながいるリビングだ。慌てて玄関の鍵をかけて後を追いかけた。



「みんないらっしゃい。時人の父の水樹春人です。」

「お邪魔してます。柳竜です。」

竜が名乗った流れで二人も頭を下げる。父さんはニコニコとしていた。

「そうか。時人がお世話になっているよ。今日は顔を見に来ただけだからすぐ帰ろうと思ったんだけど時人が友だちを呼ぶなんていままでなかったから少し驚いてね。」

「お世話になってるのは俺の方ですよ。」

竜が笑いながら会話を進める。気づけば朱音が麦茶を準備していた。萩原は挨拶するタイミングを逃したらしく諦めて勉強に戻っている。

「ありがとう。……あれ、君は。」

朱音からコップを受け取って父さんは朱音の顔をじっくりと見た。

「長月朱音です。時人くんにはいつもお世話になってます。」

「時人がお世話になってるの間違いだろー。」

竜がカラカラと笑いながら横から口を挟む。

「うるさいな。……すぐ帰るんじゃなかった?」

「……そうだね。顔も見たことだし、みんないい子そうだし安心したよ。」

何となくみんなに父さんが話している現状が恥ずかしく、早く帰れと睨んでみれば伝わったようだ。部屋を見渡して満足そうに頷いた。

「……あ、そうだ。時人、母さんが忙しくて今年は行けないんだ。……せっかくだから友だちと行くかい?」

父さんが思いついたように声を出す。

「あー。」

「え、なんの話です?」

返事に迷っていると後ろから竜がニヤニヤと口を挟んできた。

「毎年夏に行く宿があってね。竜くん夏休み暇してないかな?」

「めっちゃ暇っすー!」

「ダウト。バイトで稼ぐって言ってただろ。」

竜がノリノリで返事をしていたので嗜める。

「じゃあ時人と一緒に行って来たらどうだい?そちらの二人も別の部屋でどうかな?」

俺を無視して父さんが朱音たちにもすすめた。

「え、いや、私は、その。」

朱音は戸惑っている。

「忙しいかな?」

「そんなことはないですけど……。」

「……返事は時人にしてくれたらいいよ。母さんが行かないから僕も行かないし、好きにしてくれたらいい。じゃあ帰るよ。」

父さんは穏やかな笑顔で朱音に微笑んだ後、俺を向いて帰ることを宣言した。そのまま玄関の方に向かっていく。その後を追った。

「急に来て悪かったね。部屋も綺麗だし、ちゃんと生活しているようで安心したよ。友だちもできて高校生活楽しんでいるみたいだね。」

「……ちゃんとやってるよ。」

「うん。わかったよ。母さんにもそう言っておく。母さんにもまた連絡してあげてね。……宿のことだけど行かないなら行かないでいいからまた連絡を頼むよ。」

「りょーかい。」

「じゃ、勉強がんばってね。」

父さんは俺の頭を軽く撫でて帰っていった。嵐のような一瞬だった。ひどく疲れた。




ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ幸いです。


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