第62話 休日の来訪者
テスト前最後の授業時間。ホームルームは三井先生が自習を言い渡した。質問をするなと言う様に、教卓の椅子に座って何かを読んでいる。三井は古典の担当教諭だが彼女の投げやりな態度に質問にいく生徒は少ない。
「時人ー。ちょっといいー?」
もそもそと竜がにじり寄ってくる。
「どうした?」
自習の時間にわざわざ来たのでとりあえず用件を尋ねる。前の席の桐島がいい顔をしないだろうし早めに済ませよう。
「頼みごとー。明日の土曜日さー時人ハウス行ってい?」
「何かあった?」
「んー今ちょっと、家で勉強できなくてさー。」
竜の雰囲気はいつもと変わらないが声色は真剣だった。家で何かあったのだろうか。
「……構わない。」
「なんだその間はー?……ま、助かるわー。」
どっちにしろ朱音と勉強する予定ではあったのだ。竜を邪険に扱うこともできない。
「というわけで、竜も来る。」
「え、あ、はい。大丈夫です。」
隣の席の朱音に声をかける。急だったので驚いていたがすんなりと受け入れていた。朱音にも問題は無いらしい。
「え、何、元々予定してた感じ?なんか悪いなー。」
からからと笑う竜からは本当に悪いと思っている感じは伝わってこない。が、それも竜らしい。
じゃ、そういう感じでー。と竜は席に戻っていった。そんな竜の集中はもう残っていないようで席につくやいなや眠る体勢に入っていた。竜に話しかけられたことで中断していた問題に取り掛かる。
「……時人くん。」
「どうした?」
ペンを走らそうとした瞬間に朱音から声がかかる。
「負けませんよ?」
合計点での勝負のことだろうか。ニコニコとこっちをみながら朱音は微笑む。
「俺も。」
テストが楽しみなんて初めてかもしれない。
休みの朝。目覚ましはセットしていないがいつもとそう変わらない時間に目が覚める。夏ということもあって朝は早い。カーテンを開けると太陽が目に刺さる。まぶしさに閉じた瞼でも眠気は戻ってこない。いい朝日だ。
冷蔵庫を開けて牛乳をコップに注ぐ。ひとまず飲み干して内臓から体を目覚めさせる。
顔を洗って寝巻きから着替える。朝の支度を終えたので朝ごはんを準備しようかと昨日の残りを準備する。鍋に火をつけた瞬間に玄関の扉の音がした。
「朱音?」
「おはようございます。」
スリッパをパタパタとはためかせてリビングに入ってくる。
「……おはよう。」
「……早すぎましたか……?」
返事の間の意味を察したのか朱音が苦笑いしている。
「問題ない。……いまから朝ごはん食べるところだったけど、朱音は?」
「……ご一緒しようと思いまして。」
朱音はトートバッグからエプロンを取り出して身につけている。準備をしてきたようだ。朱音もキッチンに入ってくる。
「時人くん寝てるかなって思ったんですけど……。」
「けど?」
「……朝ごはん一緒に食べたいなって思いまして。」
ニコニコとこちらを見上げる朱音。破壊力ある発言をしている気は無いようだが、そんな朱音の顔を思わず見ていられず顔を逸らしてしまう。
「お、おう。……俺も一緒がいい。」
「よかったです。」
朱音が冷蔵庫から食材を取り出して何かを作り始める。
いつもはキッチンに行くことがないため作る様をこんなに近くで見るのは初めてだ。朱音の手際のよさに感嘆する。
「……そんなに見られると緊張します。」
「ああ。ごめん。見てて気持ちよくて。」
段々完成していく料理は見ていて心地よい。
「ありがとうございます?」
発言の意味を理解できなかったようで疑問符が頭に浮かんでいる。そんな朱音をみて笑いが零れる。もうじき完成するようなので皿を準備する。
朱音がどの料理にどの皿を使うのかはもうわかっている。料理にこだわりがある朱音は盛り付けまで手を緩めない。朱音の部屋から持ち込んだ皿からもそれがよく分かる。
礼を言って皿を受け取る朱音に他の手伝いを所望する。そうして二人で朝ごはんの準備を済ませた。
今日の朝ごはんはエッグベネディクトがメインだ。見た目からして華々しい。
「こんなの初めて食べる。美味しそう。」
「お気に召すと良いのですが……。」
手を合わせていただきますと言ってから皿に手をつける。マフィンに乗ったタマゴをまとめて口に運んだ。オランデーズソースもかかっていてとても美味しい。
「美味しいよ。」
「よかったです。時人くんなら気に入ってくれるかなって思いました。」
感想を聞いた朱音が嬉しそうに微笑んでから食べ始める。朱音も会心の出来のようで満足そうに食べ進めている。
会話もそこそこに食事は進む。美味しいものを食べているときはそれに集中してしまうので口数も減る。ふと顔を上げると朱音がこちらを見ていた。
「どうした?」
「いえ、なにもないです。」
そうは言っても朱音の嬉しそうな表情はなにもないとは言っていない。悪くはないようなのでそのまま流しておいた。
食べ終わって朱音が片づけを始める。朱音がいれてくれたコーヒーを飲みながらぼんやりと朱音を眺めた。
このあと朱音はこの部屋でずっと勉強するのだろうか。なかなか詰め込む気のようだ。出かける予定も無く、いつ来てもいいとは言っておいたがまさかこんなに朝早くから来るとも思っていなかった。
「今日、来たとき俺が寝ていたら起こしてくれた?」
ふと思いついた疑問を朱音に投げてみる。
「……考えてませんでした。」
本当に考えていなかったようだ。顎に手をあててうーん。と思案顔だ。
「でも……。」
「でも?」
「また、一緒になって寝てたかもしれないです。」
くすくすと笑って皿洗いを続ける朱音。
大須が泊まった日の翌日のことだろうか。そういえばうたた寝から覚めたとき朱音がいたことを思い出した。
朱音の油断というか信頼というか、あの時は少し焦った。正気を少し失っていたと思う。
「……そんなことしたらまた触れるぞ。」
「……別にいいですよ?時人くんですし。」
ここまできて朱音にからかわれていたことに気づく。クスクスと笑い続けている朱音に悔しくなった。
ため息をついて立ち上がる。朱音はこちらを気にせず皿洗いを続けていた。そんな朱音に近づいて髪に触れる。相変わらず柔らかい髪質だ。
「わ、時人くん?」
朱音は驚いた声を出して顔を上げる。
「……いいって言ったから。」
「今じゃないです。」
頬を膨らませて抗議しているが、態度は柔らかい。朱音の抗議を無視して触れ続ける。
「朱音の髪に触るの好きなんだけど。ダメ?」
「……ダメじゃないです。」
そういう朱音は一変して笑顔だった。
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