第59話 期末テスト対策会
寝室から竜の騒ぎ声がよく聞こえる。扉が開いているからでもあるが、そもそも声が大きい。
「えー時人何かやってよー。」
扉から半身乗り出して竜がこちらに注文している。
「……勉強。」
「ちゃんとやるってー。だからちょっとだけー。」
よくみれば竜の肩越しに桐島が期待染みた目でこちらを見ている。
「水樹くん、一旦来てみればー?」
桐島がニヤニヤとしながら手招きをしていた。
「……私も久しぶりに何か聴きたいです。」
朱音のその発言に重い腰が上がった。まるで玩具を目の前にした子どものような朱音の表情に背中を押される。ため息をつきながら立ち上がる。
「さっすが時人。待ってましたー。」
「うるさい。ちょっとだけだから。」
リビングより狭い寝室に六人はなかなか密度が高い。部屋に入ると既に座る場所はなかった。ベッドに二人萩原と桐島が座っていて、カホンに友里が腰掛けている。竜がニヤニヤと立っていた。
視線が集中していることがわかって誰の顔も見ることが出来なかった。マスターの店で知らない客の前で弾く時はいい高揚感でいられたが、いまは変に緊張している。
誰の顔も見ずに壁からギターを下ろしてアンプに繋ぐことなくストラップを肩に通す。
「様になってるね。」
友里が褒めてくれているらしい。あの性格だと本音だと思う。少し口角が上がった。その辺りに落ちているピックを拾って弦を鳴らした。
「おおー。」
賑やかしを込めた竜の歓声に呆れつつも少し平静を取り戻す。
「……みんな知ってる曲にしておく。」
「おー、なんだろなー。」
パワーコードで弾き始める。
「あれ、これ……。」
最初の数音で気づいたらしい萩原が声をあげた。他は誰もわかっていないようだ。というか俺自身、歌詞があやふやで少し怪しい。
「なんとかの学びやー。」
歌いだしてすぐに萩原が噴出す。それで気づいた友里も笑い出した。
「こ、これって校歌?」
「校歌の歌詞ぐらい覚えておきなさいよ。なんで弾けるのに歌えないのよ。」
萩原の台詞で気づいたらしい。他のメンバーも笑い出した。場の雰囲気に楽しくなってくる。
歌い終えて最後の音を鳴らした。満足そうな竜が食い気味に拍手を重ねた。
「えーすっげー。ギター生演奏初めてだー。」
「本当水樹くんすごいねー。」
「さんきゅ。」
二人の賛辞を素直に受け入れる。
「水樹、うちの学校の校歌、歌いだしに学び舎って入ってないわよ。」
「あはは。確か……光る朝日にだよね?」
萩原はすごかった。だけどと前置きして歌詞の指摘が入る。どうやら初っ端から歌詞を間違えていたらしい。学び舎は入っていたと思ったのだが。
「時人くん、校歌なんていつの間に練習していたのですか?」
「練習なんてしてないよ。」
学校で集会なり、体育祭などの行事ごとであったり、と聴く機会は何度かあったので覚えていた。大体の校歌なんて雰囲気も似ているので適当に弾いてもそれっぽくはなる。
「……すごいです。」
「ありがとう。」
こんなに手放しで褒められることもない。さすがに照れる。
「水樹くん、他は他はー?」
「……もう終わり。勉強するだろ?」
桐島のアンコールは応えない。今日集まった目的を見失いかけている。
「えー。」
「いいじゃない。何か弾きなさいよ。」
露骨に物足りない顔をしている桐島に萩原も乗っかる。
だが俺は知っている。
「……期末、一番まずいの萩原だろ?」
「うっ。」
事前に桐島から聞いていた。期末の点数次第ではバレー部の活動に支障が出るらしい。
「……まー仕方ないかー。勉強しよーぜー。」
「やるき出ないわね……。」
言葉通り勉強に気が向いていない萩原がうなだれていた。
「がんばろっかー奈々ー。」
「……うん。」
皆が続々とリビングに戻る。ギターを肩から下ろして壁にかける。
「時人くん、ギターも……いいですね。」
「……鍵盤と平行してギターもそのうち始めよっか?」
後ろで見ていた朱音が壁にかけられたギターを見つめる。
「……やりたいです。」
朱音は覚悟を決めた顔をしている。
「おっけー。……とりあえず鍵盤をいいところまで行けば……。って感じにしようか。」
「楽しみです。」
嬉しそうに微笑む朱音を見て俺も嬉しくなる。好きなものを同じように楽しめるならこんないいことはない。
「ひとまず……テスト乗り切ろうか。」
「はい。」
なにかリビングで竜が楽しそうにしている。その声が聞こえて俺たちも笑いあった。
「うう……。ちょっと休憩しましょう?」
萩原が悩ましげな声を上げて肩をまわしている。一時間ほどは集中できていたようだし少しきりのいい時間でもある。
一緒に勉強してわかったが萩原と友里の理解度が著しく危うい。気づけば俺含む他の4人が二人ずつに分かれて教える構図になっていた。
得意教科の関係で俺と桐島で萩原に教えていたが、そろそろ休憩に入ろうと思う。
「そうだな。少し休憩しよう。」
「奈々ちゃんもう少しがんばらないとまずいねー。」
問題集の進行に桐島は少し苦笑いだ。
萩原は教えられた瞬間は数式が解ける。それでも少し形が変わってしまったりすると躓くようだ。
「もう数学やだー。」
キャラになく萩原は顔を机に臥せっている。それを桐島が宥めていた。
「じゃあこっちも一旦休憩にするかー。」
単語を端から詰め込まれていた友里がパンクしかけている。それを楽しそうにしていた竜が休憩をきりだして立ち上がった。自分で買ったお菓子を物色している。竜は勉強しながら何かしら口にしていた。竜の場所だけお菓子の袋が山となっていた。
「よく食べるな。」
飲み物をそれぞれの空いていたグラスに注ぎながら竜に声をかける。
「頭使ってるからなー。」
竜はそう言ってあたらしく袋を開けた。その隣では友里が未だ復活しておらず、死んだ目でぶつぶつと単語を唱えている。その隣で朱音が教科書を読み進めていた。友里が暗記業務に入ってからは竜がつきっきりになっていたので朱音は自分の勉強をしていたようだ。休憩の雰囲気にも気づかないほど集中していそうだ。
「で、時人サイドはどうよー。進行具合。」
「思ったよりは。」
「……それってどっちかなー?」
答えのわかっていそうな桐島が苦笑いしながら乗っかってきた。
「……思ったよりはまずいかなって。」
「だよねー。奈々、今日まで数学ほとんど手付かずっぽいしー。」
「数学は苦手なのよ……。」
桐島の予想は当たっていたようで萩原は苦しそうな声を上げている。
「お、おー……。萩原がんばろーぜー。」
珍しい萩原の様に竜も面食らっているようだ。投げやりの応援をしている。
「そーだ。こういうときはやっぱエサがいるだろー。」
「エサ?」
竜が何かいっていたので聞き返す。
「そうそう。鼻先のニンジン?みたいな。テスト明けの楽しみ?みたいなさー。」
テストを乗り切るためのものらしい。
「いいねー。テスト明けたらすぐに夏休みもあるし、折角だからみんなで遊びに行こうよー。」
エサとはそういう意味だったようだ。桐島が竜にのっかる。
「おおーいいねー。夏休み遊ぶならやっぱり期末乗り切らないとな。補講のために登校するとか洒落にならないだろー。」
「……がんばるわ。」
「その意気だー。」
「意気だー。」
竜と桐島が拳を上げた。それ気づいた友里がびくっと震えて現実に帰ってきたらしい。目に色が戻ってきた。が、場の雰囲気を読みきれずぽかんとしている。
「夏休みね……部活の無い日、あるかしら……。」
「その辺はおいおい考えよーぜー。部活無くても補講あったらダメだからなー。」
「そ、そうね。……がんばるわ。」
萩原はやる気を取り戻したようだ。
朱音も集中できているようだし、今回の期末、このメンバーは何とかなりそうな気がする。
「……こんな公式、授業で習ったかしら?」
さっきも使った公式の記憶すら飛んでいた萩原を見て、何とかならない気もしてきた。
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