第5話 昼休みのバラード
昼休みが始まる前、彼女に昼ごはんを済ませたら渡り廊下に来てほしいと言われていた。
この学校は各学年3つの棟があってそれが渡り廊下で繋がっている。渡り廊下には学年の余りなのか、2、3の椅子と机があるが二人でごはんを食べるスペースはなく、昼休みが始まってあまり時間が経っていないこともあってそこには一人しかいなかった。
その椅子に座って弁当を食べている彼女の向かいに座る。
いつもは自席で食べている彼女だが、人気を離すためここで待っていてくれたらしい。
「ごめん、待たせた?」
「いえ、まだ食べ始めたところなので……。」
食事中見られるのをプレッシャーに感じられても困るので他所を向きつつ、牛乳を飲んで食べ終わるのを待つ。それでもなんとなく急いで食べているようだった。ここで食べていると思ってもなかったので、早く来すぎて申し訳ない。しかし、席を立つのも露骨で仕方なくそのままに待つ。せめてもの思いでストローの音をたてないようにした。
「すいません。お待たせしました。」
「こちらこそ、急かしたみたいでごめんね。」
彼女が最後にお茶を飲んで昼食を終えた。本当に慌てて食べたようだ。
「口元、ケチャップついてる。」
気づいていないらしいそれを指摘すると、慌ててそれを拭き取った。
「……失礼しました。」
少し赤くなりながらこちらを向く。
「いいって。ところでどうしたの?」
呼び出された理由を問いただす。自分のコミュニケーション能力的に直球で聞くことしかできないのでそのまま話を進める。
「……。あの、水樹さん楽器してはりますよね?」
「そういえばギター持って家出るとき会ったね。それがどうかした?」
「その、部屋にいるとよく聞こえてきていたので……。」
「え、聞こえてた?ごめんね。うるさかったかな。気をつけるよ。」
あのマンションは楽器可の物件ではあるもののどうやら聞こえてたようで少し恥ずかしい。迷惑をかけていたなら対応を考えないと、と思っていると彼女は手を振りながら続けた。
「いえ、煩いとかではないんです。……その、先週土曜日、家前で会った日のことで……。」
彼女はそのまま少し口籠る。言いづらいことだろうか、とはいえ自分にはそのまま続きを待つしかない。
「……あの日、歌っていた曲を知りたいんです。」
「あの日歌っていた曲……。えーどれのことだろう。」
あの日はライブ前で何を歌おうか考えて適当に弾き語りをしていたはず。
「……あの、バラードの曲を歌ってはりませんでした?」
「バラード?……あぁあれかな。」
あの日マスターに聞かれて歌った一曲。あの曲を確か家でも歌っていた。そう予想してタイトルを告げるも彼女はピンと来てないようだった。
「……すいません、曲名だとどんな曲かわからなくて、ワンフレーズだけでも歌ってもらえませんか?」
昼休みにも関わらず渡り廊下は静かだが、雨が降っていて口ずさむ程度なら声が響くこともなさそうだ。流石に不特定多数に聞かれるのは恥ずかしいがこの状況なら彼女にしか聞かれることはないだろう。そう思ってサビから口ずさんだ。歌い始めは彼女の表情が変わることはなかったが、サビの終わりに入るとその顔が大きく歪んだ。眉が八の字になる。
「……。っていう曲なんだけど、これで合ってた?」
その表情を見るとおそらくこの曲について聞きたかったようで間違い無いとわかるが一応問いかける。
「……。うん。ありがとうございます。」
彼女は目を潤ませていた。今にも泣き出してしまいそうだ。
「いい曲だよね。この曲。好きだよ。」
なんと言っていいかわからず、とりあえず話を続ける。
「……そうですね。私も、好きです。」
そう言って小さく微笑んだ。彼女の笑った顔を初めて見た。その整った顔に思わず目を見張る。この好きはもちろん曲についてだが、そう言われて微笑まれると、竜がああ言っていた意味が少しわかった。
やはり彼女は美人らしい。
「そ、そういえばテストの点が悪かったの俺のせいって言ってたけど、何かしたかな。」
なんとなく彼女の顔を見ることができなくなって顔をそむける。そのまま黙ることもできずに気になっていたことが口に出た。
「ちがうんです。水樹さんのせいというか……。さっきの曲が気になって勉強に集中できなくて。」
どうやらさっきは桐島がいたため言えなかったようだ。時人と隣同士で住んでいることを周りに言うのは憚られるらしい。どこでその曲を聴いたのか言うのが難しくて口を結んだようだ。
「それで俺のせいね。悪かった。」
ははっと笑って返事した。仲の良い竜にすら一人暮らしであることを告げていない。彼女の気づかいに感謝する。
「いえ、すみません。うまく伝えられへんくて。」
彼女の表情も元の冷静さが見える。感情の揺れは落ち着いたようだ。気になったことを問いかける。
「……さっきからちょくちょく関西弁でてるけど、なんで普段敬語なの?」
完全に無意識だったらしい。また表情が大きく変わる。耳まで赤く染まっていた。
「……敬語じゃないと標準語話せないからです……。」
そう困ったように言った彼女の真っ赤な顔にまた目を見張る。
「そ、そうなんだ。」
そう言うことしかできなかった。
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