第53話 林さん家のご飯
「あ、時人くん。」
教室に戻ると入り口近く、萩原の席で朱音と桐島が三人で話していた。竜と戻ったことに気づいた朱音が近づいてくる。
「水樹くん……。」
「水樹、大丈夫なの?」
朱音から話を聞いたらしい二人が心配そうに視線を頭に送った。
「あー、大丈夫。医者にも見てもらったし。」
心配されるのはむずがゆい気持ちになる。萩原の強めの睨み顔は普段通りだが、桐島の不安そうな顔は初めて見た気がする。
「朱音ちゃんから聞いたときびっくりした。」
「……そうね。教室に入ってきたとき普通だったから余計に驚いたわ。」
「俺はソレより今の長月さんの素早いポジショニングに驚いてるわー。」
二人の驚きに重ねて竜が発言する。気づけば俺の隣にいた朱音に驚いているようだった。
「だめですか?」
「いいよ。」
こちらを見上げる朱音に肯定で返す。嬉しそうに微笑んだ朱音の髪を撫でる。徐々に緩まる表情が可愛かった。
「……え、何この空気?」
竜は呆れたような表情でこちらを見ている。
「朱音ちゃん……。」
桐島は嬉しそうでもあり泣きそうでもある何ともよく分からない顔をしていた。
「……別にいいんだけど、少し視線を気にした方がいいわね。」
萩原の発言に辺りを見渡せば、何人かの男子生徒が目を逸らした。直前までこちらを見ていたらしい。
……どちらかというと視線は俺の少し下。朱音に注がれている気がする。
「どうしました?」
見上げる朱音は何も気にしていないようだった。
「……朱音が可愛いって話。」
「えへへ。」
褒めると朱音は砕けたように笑う。
「俺の知ってる時人と違うんだがー……。」
「……いいと思うよー。」
「甘甘ね……。ふたりとも。」
三者三様の返事が返って来たタイミングで予鈴がなった。朝のHRが始まる前に席に着くため解散となった。朱音と桐島と席に向かう。
「……友里くん、まだ来てないね。」
桐島の呟きで教室を見渡せば彼の姿はまだなかった。
「また明日。って別れたから来るとは思う。」
昨日のことについて家で何かあったのだろうか。少し心配にはなったが友里の言葉を信じておくことにする。
「そっか。じゃー大丈夫かなー。」
桐島がそう発言したタイミングで担任が教室に入ってきた。相変わらずの白衣姿の彼女は今日も気だるげだ。
「お前ら座れー。」
朝のHRが始まる。睡眠不足か欠伸が止まらなかった。結局友里はHR中に来ることはなかった。
昼休み、いつものように竜と昼食をとろうと自席で待っていると竜が教室入り口で手招きする。
竜の横に立っている萩原も関係あるようで一緒になって待っていた。
「食堂いくぞー。」
「いくぞー。」
竜の掛け声に桐島が連なる。朱音含むこのメンバーで昼ごはんをとるようだ。
食堂までの道すがら、竜と会話をする。後ろで女子三人も話をしているようだ。
「時人はいつまでそれ食べてんの。」
「……楽だし。」
竜がちらっと後ろを見て声を小さくする。
「お弁当でも作ってもらえばいいじゃん。……長月さん自分の分は持ってきてるだろ。」
「……そういえばいつの間に準備してたんだ。」
「朝だろー。お弁当だし。」
特に今朝は早くから俺の家に来ていたので準備する時間はそうなかったはず。ずっと見ていたわけではないが弁当箱に詰めている様子はなかった。つまり、家に来る前に作っていたことになる。
「……まあ、そのうち。」
「いいけどさー。せっかく一緒に食べるんだから楽しく食べたいじゃん。」
「それはそうだ。」
親しい人とともにとる食事の楽しみはよく分かる。今朝もたっぷり味わったところだ。
それに、昼にも朱音のご飯が食べられるなんてこんないいことはない。
……今の朱音なら頼めば作ってもらえそうなので頼んでしまいそうだ。
朱音が甘えると言っていたが俺のほうが甘えている気がする。
ダメだ。話を変えてしまおう。
「……竜はお弁当豪華だよな。」
「おー。お腹いっぱいになる量だしなー。」
「その量作るの大変そう。」
「……まあなー。作ってもらえるのありがたいって思ってる。」
「竜のお母さんが?」
「あーちがう。お婆ちゃん。」
「そうか。」
「いいだろー。ばあちゃん特製お弁当って字面だけでおいしそうだろー?」
「なんとなくわかる。」
なんて話をしているうちに食堂に着く。
竜たちが席を確保しているうちに、せっかくなので萩原と買う列に並んでみた。
「水樹、珍しいわね。」
「竜に一緒に食べるなら楽しめって言われたから。」
「……あなた本当流されやすいわね。」
呆れたように萩原はため息をつく。
「俺って流されてる?」
「……特に結と竜くんにはね。」
列がすすみ注文を聞かれたのでカレーと答えておいた。萩原は親子丼らしい。
「思っていたよりガッツリ食べるのね。」
「……せっかくだし。」
「まあいいことだと思うわ。」
食堂のおばちゃん達は歴戦のつわものらしい。注文してすぐに物が出てくる。
それを持って竜たちを探しているとすぐに見つかった。
「こっちこっちー。」
全力で手を振る竜が見つからないわけがなかった。
「そんな全力ブンブンは恥ずかしいから。」
「わかりやすかったろー。」
竜の隣の席につく。6人座れるテーブルで対面に女子3人が横に並んだ。
「時人くん、カレーにしたんですね。」
朱音は既にニコニコとしていた。楽しそうだ。
「せっかくだし。」
「……なにがせっかくなのかよく分からないわね。」
朱音への返答に萩原が呆れてツッコミを入れる。
「水樹くんそういうところあるよねー。」
「時人は適当というかある意味何も考えてないんだよ。」
「そんなことはない。」
「じゃーなんでカレーなんだー?」
「あー、カレーが好きだから。」
「……とってつけた感すげー……。」
竜も呆れて笑っていた。
「時人くんカレー好きなの本当ですよね?前にも言ってましたし。」
朱音が不思議そうにこちらを見ていた。
「好きだよ。」
朱音を見て返事をする。カレーの話をしたのはだいぶ前になる。たしか初めて朱音の料理を食べた日。朱音がカレーを持ってきたあの日だ。
「……ですよね。」
何故か朱音が顔を赤くして嬉しそうにしていた。
「……これは水樹が悪いわね。」
萩原は責めるかのような視線でこちらを見ていた。
「……本当、水樹くんはそういうとこあるー。」
「どういうとこだよ。」
桐島の発言に答えてみるも返事が返ってくることはなかった。
「まー、長月さんがいうなら本当なんだろーなー。」
竜がやれやれとでも言うように投げやりに反応した。
「水樹がカレー好きなの何か面白いわね。」
「あーなんかわかる。時人のわりに子どもっぽい。」
「どういう意味?」
萩原と竜の意見がわからず問うてみるもニヤニヤとするだけで答えはなかった。
「逆に、水樹くん嫌いな食べ物はあるの?」
桐島の質問に少し言い止まる。
「それ私も知りたいです。」
朱音にも言っていなかった。そのうち作られそうなので言っておいた方がいいのもわかるが言いたくはなかった。
だが、朱音の視線はまぶしくて口が開いてしまった。
「……ハヤシライス。」
「食材でくるかと思えば料理名かよー。」
竜がカラカラと笑った。
「……水樹は何でそれ言うの一瞬躊躇ったのかしら?」
萩原はよく見ていたようだった。
「言いたくなかったから。」
「えーどうしてー?」
桐島がうれしそうに反応した。
「……笑うと思ったから。」
「ハヤシライスが嫌いなだけで笑われる人生最強じゃねー?」
竜も楽しそうだ。
「いや……嫌いになった理由がちょっとあって。」
「おーきかせてテルミー。」
竜は謎のハイテンションだ。
「昔、家で母親が作ってくれてさ俺は当時ハヤシライスの存在を知らなかったんだ。……俺はそれをカレーだと思って喜んで口にしたら全く違う味で。それから何か苦手になった。」
「いや、かわいいかよー。」
竜の言葉を皮切りに皆笑っていた。
……楽しい昼休みだ。そう思った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
続きが気になる方はブックマークなどしていただければ嬉しいです。




