第49話 兄弟喧嘩
一回文章が消えてしまって心が折れかけました。
昼休みに15分程の仮眠を取ると眠気もすっかり消えて気分はさっぱりする。
まるで今、その寝起きのように意識ははっきりしている。実際に気を失っていたのはほんの僅かな時間だったようで周囲の状況はほとんど変わっていなかった。
地面に倒れている茶髪の男、絶妙な間合いで牽制をし合っている松山兄弟。
柔らかな温もりの中で意識を覚醒させる。倒れかけた身体は朱音に支えられていた。朱音の濡れた目と目があった。
「時人くん!よかった……。もう……ほんまに……よかった。」
涙を流しながら抱きしめられる腕の力が強まった。
「ごめん朱音。心配させて。」
預けていた体重を持ち直すように足に力を入れて立ちなおす。何かで殴られた頭は未だズキズキと痛むものの特に問題は無さそうだ。
「時人くん……大丈夫なん……?」
胸に顔を当てて泣いていた朱音がそのまま顔も上げずに問いかける。
「痛むけれど多分大丈夫。」
そう言いつつも未だドロりと血が流れているのを感じた。少し側頭部を切っているようだった。
「時……人くん……?」
名残惜しいが腕に力を入れて朱音の身体を引き離した。
「朱音の制服に血がつくから。」
不安そうにこちらを見上げた朱音の表情が更に歪んだ。
朱音はハンカチを取り出して血を止めようと宛がった。汚れるので振り払おうとするも朱音に睨まれたので小さく笑って受け入れた。
「こんなに、血出て……。ほんまに大丈夫なん?」
「大丈夫だって。」
「痛くないん?」
「痛いよ。」
安心させるために笑いながらそういうも朱音の表情は晴れない。
朱音が抑えてたハンカチを朱音の手の上から自分の手で抑える。
朱音はこちらを見て目をもう一度潤ませてから胸に飛び込んだ。
「血がつくよ。」
「別にいい。」
声をあげずに肩を震わせる朱音。すんすんと泣いているのがわかった。
「……怖かった。」
「ごめん。」
「……ほんまに怖かった。」
「……俺も怖かった。」
そのまま朱音に抱きしめられていた。
「あ……きゅ、救急車……よばんと……。」
多少気持ちが落ち着いたのか朱音がふと顔をあげた。
「水樹くん、もう少しで俺の手配した車が来るからそのままちょっと耐えててくれるかな。」
松山が兄から視線をそらさずこちらに声を投げた。どうやら既に呼んでくれているらしい。
突き、薙ぎ、撃ち、受け、蹴り、かわし、払い……。兄弟の攻撃を交えた牽制はお互いに決定打も打つことなくじりじりと間合いを詰めていた。
「ちゃんと二台呼んでるのか?ユーリ?お前の分も必要だろ?」
「問題ないよ。兄さん。」
「なに
言い終わると大きく踏み込む松山。兄の懐に潜り込んで襟元を掴み背負い投げを決める。何かを言いかけた兄が地面に投げられた。
「兄さんにはもう負けられないんだ。」
早くも勝負はついたらしい。
「ごめんね水樹くん。怪我させてしまった。」
兄の意識を刈り取った松山が申し訳なさげに謝った。
「それに長月さんに怖い思いをさせて……ごめんね。」
松山の声は小さかった。
「問題ない。」
「問題ある……血出てるもん……。」
「もう止まってるって。」
朱音のハンカチによる圧迫止血で血は止まっていた。それでも心配そうに朱音はこちらを見ている。
「……長月さん、何かキャラちがうね。」
松山は苦々しく笑っていた。桐島の前ですら隠していた関西弁。俺しか知らなかった朱音の一面。
「あ、こ、これは違うんです。」
やはり隠していたいようで慌てて否定している。
「……大丈夫。誰にも言わないから。」
どこか冷めた落ち着いた表情で兄を見ながら松山は立っていた。
重低音を響かせて黒塗りのハッチバックが車道に止まった。助手席から降りてきたのは一人の男性。見かけは若く見えるが年齢は読めない。
「父様。」
「……そこに倒れているのは順か。友里がやったのか。」
「はい。彼らも見ておりました。」
その男性は松山の父親らしい。倒れている兄を見やって問いかけていた。
「彼らは?」
「私の友人です。兄さんに因縁をつけられて巻き込まれ怪我をしました。」
「そうか。そちらのお二人さん乗りなさい。友里、順を車に乗せなさい。」
父親は後部座席のドアを開けるともう一度車に乗り込んだ。松山は車に乗ることを促した。
先ほど言っていた手配というのはコレのことだったのだろう。松山を信じて乗り込むことにする。
「……お邪魔します。」
松山の父親に礼を告げて乗りこむ。血がついている箇所に気をつけて座る。ドア付近でまごついていた朱音を隣に座らせた。
松山はバックドアを開けて兄を乗せてから車に乗り込んだ。それを確認した父親が運転手に発車させた。
「友里は宣言どおり順に勝ったようだな。」
「はい。」
助手席から飛んできた父親の言葉に松山が肯定を返す。エンジン音がほとんどしない車の中父親の低い声がよく聞こえた。
「よくやった。」
「……はい。」
父親の賞賛をかみしめているようで口角が少し上がっていた。
「君の怪我は大丈夫か?」
「あ、はい。もう血は止まりましたので。」
「そうか。このまま我が家に向かう。そこで様子を見よう。」
「ありがとうございます。」
この車は松山家へむかっているらしい。
「息子が迷惑をかけてすまないな。」
「……いえ。」
朱音は緊張しているのか座席に浅く腰掛けて背筋が伸びていた。
車内は静かな雰囲気のまま走り続けた。
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