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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第1章
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第48話 襲来


「じゃ、時人。おつかれー。」

「また明日。水樹くん。朱音ちゃん。」

今日の授業を終えた放課後。特に用のない俺と朱音が先に帰る。松山は焦った表情で帰っていった。竜と桐島が萩原の部活終わりを勉強しながら待つらしい。真面目な面を持つ二人の勉強は集中して続きそうだ。

「……じゃ、帰るか。」

「はい。」

あらためて朱音に帰宅を促す。彼女は嬉しそうに微笑んだ。

校門を並んで出る。周りには帰宅途中の生徒しかいない。今のうちはそう警戒しなくてもよさそうだ。

「……買い物して帰る?」

「そう……ですね。寄ってもいいですか?」

冷蔵庫の中身でも思い出していたのか顎に手をあて思案顔からこちらに質問で返してきた。

「聞いておいて断らないって。」

「では、お願いします。」

竜たちはなるべく寄り道しないと言っておいたが、一人暮らしの上自炊をしている朱音は買出しが必須。こればっかりは仕方ない。

「……水樹くんは……。」

「どうした?」

「……ちゃんとご飯食べれてますか?」

心配そうに朱音はこちらに聞いてきた。

朱音とご飯を取らなくなってから俺は以前の食生活に戻った。つまり、カロリーのメイト的なアレで済ましていることが多い。

「……ぼちぼち。かな。」

「……食べてないですよね。」

じとー。と確信を持った目で睨まれる。降参したように両手をあげる。

「まあ以前に戻っただけだし。それで生きてたから何とかなってる。」

「以前……。すみません。」

「何が?」

何に対して謝っていたのか見当もつかないので聞いてみた。

「……今日から、また作りに行ってもいいですか?」

「それは助かるけど……いいのか?」

「大丈夫です。水樹くん心配なので。」

「じゃあ頼む。」

結局何に謝っていたのかわからなかったが朱音がいいというなら甘えておこう。俺から距離を詰めたわけではない、彼女の提案なのだから。

そう言い訳したものの本心は彼女のご飯が食べたかっただけなのかもしれない。

「……水樹くん、普通に話してくれます。」

「普通に話す……?」

「水樹くんは教室にいないことも多くて。授業もたくさん抜けてましたし、挨拶くらいしか話をすることがなくて……避けられているのか。と思っていました。」

朱音は俯きながらそう言った。

「そんなこと……ない……。」

避けてはいない。自分から関わらないようにしていただけ。そう心の中で言い訳をした。

「だから、こうしてまた普通に話すことが出来てとても嬉しいです。」

朱音は嬉しそうに微笑んだ。その顔をまっすぐ見つめ返すことが出来ず手の甲を口元に当てて表情を隠しながら明後日の方を見る。

「……じゃあ一人で考えたいことっていうのはもういいのか?」

あの朝言われたこと。気になっていた。聞きたかったけど聞けなかったコト。

これからご飯をまたともにしてもらえるということはまた関係を持つということ。考えたいことが終わったのだろうと思った。

「はい。色々考えて、行動もしました。……水樹くんとあまり話さなかったこの期間に。色んな人と関わってもみました。」

朱音は小さく語りだした。

「それでやっぱりもう一度水樹くんに鍵盤を教えてもらいたいなって思うようになりました。」

「……そっか。」

どうしてそういう結論にたどり着いたのか。行間は読めなかったがそれでも嬉しかった。

「……だからまた水樹くんと取引再開で……いいですか?」

「もちろん。」

「では、今日から再開です。また、よろしくお願いしますね。」

朱音は今日一番の笑みを見せた。

満面の笑みと言っていい朱音の表情に照れながらも嬉しくなる。

歩きながら話していたから。朱音と久々に話していたから。また、関係を持つようになったから。俺は浮かれていた。

今の状況も忘れて。

気づけば駅に向かう道は通り過ぎて周りに生徒はいなくなっていた。

人通りが全くないとは言えないが多いわけではない帰り道。


「ユーリを待っていたがまさか違う方が釣れるとはな。」


松山兄に前から声をかけられた。

その声に現実に戻される。油断していた。近づくまで気づかなかったほどに。

「まあいい。そっちのメガネの彼女。その子を置いて帰りな。お前に用も興味もねえよ。」

メガネの彼女。といわれた瞬間に隣の朱音が小さく震えた。後ろに隠れつつ制服のシャツの裾をつかむ。

「いや、連れて帰りますよ。もちろん。」

「はっ。イキってんな。女の前だからか?」

呆れたようにこちらを見下す松山兄。その眉間には相変わらず深くしわが刻まれている。

「お前みたいな陰キャ。あのグループにあってねえよ。さっさと帰れって。」

「もちろん帰りますよ。お疲れ様でした。」

半身振り返って視線を前から逸らさずに朱音の肩を抱く。朱音を連れてそのまま歩き出そうとした。

「ちっ。だから女は置いてけって。お前の身の丈にあってねえから。」

道をふさぐように松山兄は肩を威圧する。

「走れるか?」

松山兄に聞こえないよう朱音に小さく問う。頷きが返ってきたので肯定と受け取った。

反対方向に逃げ出してしまおう。彼につきあっても何のメリットもない。

そして朱音の手をとって走り出そうとした瞬間だった。車道に路上駐車した車から茶髪の男が降りてきて道をふさいだ。

「ジュンちゃんコレが例の弟ー?似てなくねー?」

「ちげえ。こんな陰キャが身内とか最悪だろ。俺なら殺す。つーか何逃げようとしてんだよ。ムカつくな。」

降りてきた男は松山兄の知り合いらしい。前と後ろとふさがれて思わず立ちすくむ。厄介な状況になってしまった。

「お前、女を車に連れ込め。」

「え、まじっすか。やった。」

男がにじり寄ってきたので。すかさず前に出る。

車道側は車が、帰り道には松山兄、学校側には茶髪の男が。車道の反対側は建物で入り口は閉ざされている。なんとか逃げ場を作らないと。

「やめときなー。痛い思いしたくないだろー?」

「したくないっすね。」

震える朱音の前、なるべく動揺を見せずに振舞う。

「じゃあちょっとひっこんでてくれるー?」

「おい、お前あめーよ。少しわからせろ。」

松山兄から圧のある言葉がとんでくる。背中の朱音が小さな声をもらした。非常にまずい。なんとか朱音だけでも逃がさないと。

「りょうかーい。というわけで陰キャくんはちょっと可哀想な目にあってもらうねー。」

「ユーリに関わったばかりにお前も残念だったな。じゃおつかれ…さん!!」

言い終わるとほぼ同時に松山兄の拳が飛んでくる。あまりの速さに避けることも受けることも出来ず頬を打ち抜かれた。

「水樹くん!!」

朱音が悲痛な声を上げる。拳の勢いに首がやられなかっただけ幸いだ。一歩後ずさるも痛みを耐え切る。

「大丈夫だ。朱音。」

泣きそうな朱音を安心させるために笑顔でそう言う。

視界から茶髪の男を外した瞬間だった。

!!

側頭部に強い衝撃。激痛に目が開かれる。どろりと暖かい物が額を伝った。朱音の悲鳴が遠くで聞こえた。

「ごめんねー。隙あったからさー。じゃあ彼女いただきまーす。」

俺が頭を押さえてふらついた隙に抵抗むなしく朱音が茶髪の男に捕まえられる。

激痛と衝撃に耐えられず、そのまま瞼が閉じられ

「時人くん!!たすけて!!」


足に力をいれて踏みとどまる。倒れかけた身体を持ち直す。ここで意識を手放すわけにはいかない。

「ひゅーやるねー彼氏くんー。」

松山兄の横に並んだ男が朱音を腕の中で抑えながら嘲笑った。

顎まで伝った血がぽとりと地面に落ちた。耐えたとはいえ頭はふらつく。まっすぐに立てているかも怪しい。それでも視線だけは朱音からそらさない。

「……朱音。いま助ける。」

男の腕の中もがく朱音にそう言う。ダメージを負っている手前、声に出ていたかわからないが朱音には伝わったようだった。朱音が小さく頷く。

「……ほんっとムカつくわ。こういうわかってねえガキ。まるで

「俺みたいで。かな。……兄さん。」

「ユーリ!」

兄の言葉に被せるように少し息の切らした松山がそう言った。

「水樹くん、長月さんごめん。……もう大丈夫だから。」

松山は息を整えて兄を睨んだ。

「兄さん。あなたを許さない。」

一歩、一歩と兄達の方に静かに踏み出して松山は敵意を剥き出しにした。

「これが弟っすかー。ちょっと似て

茶髪の男が意識を失って倒れる。視線を兄から外さない松山の裏拳が決まったらしい。

「時人くん!血が……!!」

拘束から抜け出した朱音が駆け寄ってくる。それに安心してしまったのか朱音に倒れこむように意識を失った。





ここまで読んでいただきありがとうございました。

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