第47話 昼休み合コン会議
びっくりドンキーが好きです。
「おはざす。時人。」
ロッカーの前で靴を履き替えていると後ろから声をかけられる。
「おはよう。竜。」
「すっげ眠い。……昨日はサンキューな。来てくれるとは思ってなくてびっくりだったわー。」
欠伸をしながら竜は礼を告げた。
「あー。そういえば昨日言いかけてたアレは……?」
「他のみんなにも話すって言ったろー。みんな来てからな。……というかユーリが話すべきことがあると思ってさー。」
竜が靴を履き替えるのを待って教室に向かって歩き出す。一日休みを挟んだとはいえ体育祭の影響か、校内はいまだ浮き足立っている印象を受ける。あちこちで体育祭の感想か何か話しているのを見かける。どこか皆楽しげで賑やかだった。
教室もその雰囲気に飲まれていた。体育祭で中心となった松山がまだ来ていないもののそれぞれのグループで盛り上がっていた。
「みんなーおはよーう!」
「おはよう。竜くん、水樹。」
「おはよー。水樹くん、竜くん。」
入室と同時に激しく挨拶をした竜に近くにいた桐島と萩原が反応した。
「おはようご両人!ちょうどよかったー。今日俺たちとお昼ご一緒しようぜー。」
「いいよー。朱音ちゃんも一緒でいいんだよね?」
「もちー。」
竜の提案に桐島が間髪入れず了承する。座っていた萩原が手招きするので耳を寄せた。
「……もしかして昨日のアレかしら?」
「あー多分そう。」
楽しそうに会話を続ける竜と桐島の横、聞こえないくらいの小さな声で萩原との会話が続く。
「どうして小声なんだ。」
「昨日水樹と会ってたこと。結に言ってないもの。」
「バレたら不味いことでもあるのか?」
「それは……。」
「まあいいけど。」
そういえば萩原が竜に惹かれていることを桐島に伝えていないと昨日言っていた。それは未だ言っていないのだろう。
「……ねえ水樹。」
「どうした。」
「……やっぱりいいわ。」
「そうか。」
萩原は小さくため息をつきながら何かを躊躇った。目の前では二人が楽しげに話している。終わりも見えなかったので肩をすぼめて自分の席に向かった。
「おはようございます。……水樹くん。」
「おはよう。長月。」
隣の席では相変わらず朱音がテキストと向かい合っていた。ちらっと盗み見ると期末テストの対策のようだった。
中間テストの結果を知っているだけに邪魔するわけにはいかない。前回は集中が乱れた結果だと。
……あのバラードについて気になったから勉強に集中できなかったと。
あの頃は気にしていなかったが、そこまで集中を乱すような曲とはなんなのだろうか。朱音はあの曲のためにキーボードも始めたみたいだった。
気にはなったが考えても仕方なかったので頭を振って思考を切り替えた。
教室の入り口付近では遅れてやってきた松山に竜が声をかけていた。お昼にでも誘っているのだろう。リュックから一日の用意を取り出して授業の準備をする。欠伸を噛み殺して午前の座学に備えた。
「びっくりドキドキー!賑やかランチターイム!」
「いえーい!!ドンドンパフパフー!!」
食堂の一角で妙な盛り上がりを見せた竜に桐島が完全にノリをあわせた。
「……なんなのこの合コンみたいなノリは。」
「あはは……。よくこのノリに合わせられるね。」
萩原はため息をついて、松山は苦笑いをして、二人は呆れていた。
「え、えっと?」
「長月も気にしなくていいから。」
ノリに合わせるべきか、そもそもコレは何なのか疑問を浮かべていた朱音にそう促した。
「いいねー。この男3女3の対面で座るの。完全に合コンみたいじゃん。行ったこと無いけどー。」
竜はそう言ってお弁当のおかずに箸を伸ばした。物を口に入れながら話さない竜は黙ってしまった。
「マナーいいのは正しいんだけど俺たちは竜になんで集められたのか説明してほしいな。」
切り出したのは松山だった。それを聞いて口の中のものを飲み込んだ竜が口を開いた。
「そうだねー。まずー。……ユーリは何か俺たちに言うことないかなーって。」
「俺?……無いと思うけど……?」
松山は心当たりが無いようだった。
「……じゃあいいやー。あのさー。俺、っていうか時人と萩原もだけど。昨日もユーリのお兄さんに会ったんだよねー。」
話を切り出した竜。その内容に他のメンバーはそれぞれの驚きを見せた。
「え、兄さんに?ど、どこで?」
「……えー何でその組み合わせー?」
動揺を見せた松山と不審感を示した桐島。朱音も松山兄にすぐに出会った事実に単純に驚いていたようだった。
「まあその辺りは後で説明するとして、次は逃がさない。的なことを言われちゃってー。」
ご飯を食べてから竜はそう呟いた。
「俺とか時人はまあいいよ。何とかできると思う。でも、そっち三人は女の子だから面倒なことになったら嫌だなって。」
直接言葉にするのは濁したものの言いたいことはわかった。
「だからさー。ユーリにちょっと話をしてもらおっかなって。」
「……話?なにを?」
「あのお兄さんさ、なんとかなる方法ないかなって。」
「……無理だよ。」
「無理かー。」
落ち込みを見せて諦めの雰囲気を漂わせる松山。竜は追い討ちをかけた。
「無理って言われても困るんだよねー。」
「兄さんが俺の言葉を聞いたためしは無いんだ。」
「でもそれで俺たちに迷惑かかろうとしてるけどー。……それも諦めてんのー?」
口調は緩く笑顔も崩してはいないが竜の言葉は真剣で鋭利だった。松山は肩を落としている。
竜の雰囲気に気圧されたのか、言葉の矛先の松山以外口を開けない。
「例えばさー、いちゃもんつけられて俺や時人が喧嘩に巻き込まれる。程度ならまだいいよ。良くはないけど。……それにそっち三人が巻き込まれたくないって言ってるんだって。」
松山は俯いてしまって口を開かない。それでも竜は続けた。
「そういう悪いことを平気で出来る人間って普通にいてる。そして俺の勘はユーリの兄さんがそういう人だって告げてる。だから怖いんだよ。俺は。」
「そう……だね……。兄さんはそういう人だと俺も思うよ。でも、俺には出来ないんだ。」
「やっぱり?俺の勘も捨てたもんじゃないなー。……ま、ユーリにできないんならここでユーリ詰めても仕方ないしー。ちがうアプローチ考えるかー。」
「いいの?」
「そりゃいいだろー。家庭状況も兄弟関係も知らないから、どういう経緯であんな仲になったのか俺は知らない。だからちょっと強めに言ってみて、それでもユーリが無理って言うなら違う方法考えないとなーって思ってた。ごめんなキツイ言い方して。」
「こちらこそ俺のせいなのに力になれなくてごめんね。」
「とりあえず暫く学外では一人で行動しない方がいいわね。あの人に学校も知られてるわけだし。」
少し雰囲気が緩んだタイミングで萩原が口を挟んだ。
「そうだなー。ひとまず隙を見せないのが大事かなー。……ここまで警戒するものかとは思うけど、一応なー。」
「……面倒だけど。仕方ないわね。やっぱり怖いもの。」
「寄り道もなるべく避ける方向にしよー。まー期末近いから丁度いいしー。」
「えーっと?てことは暫くは集団下校と集団登校するの?」
桐島は竜に問いをとばした。
「まあ俺と結ちゃんと萩原は電車通学だから帰りは誰かしら他の生徒もいるだろうし、行きは明るいからそうそう変なことに巻き込まれはしないと思う。俺たち三人とも学校から家までそこそこ遠いから、地元でそこまで緊張しなくてもいけるんじゃないかなー。」
とはいえ、と竜は続ける。
「気にはなるから暫くは一緒に通学するべきかなって。萩原が部活あるからそれ待ってもいいし、この中で一番の暇人の時人召喚してもいいし。その辺は臨機応変で。」
「暇人って。……まあいいけど。」
なるべく緊張しないように竜は雰囲気に気をつけながら話を進めた。
ひとまず今日は俺が朱音を送って帰ることになった。桐島と竜は萩原の部活終わりを待ってともに帰るようだ。松山は松山で、することがあるらしい。
正直そんな警戒することかと思っていた。何も起きないだろうと思っていた。
でも、この会議は意味があったらしい。
学校から出て数分の今。帰り道。
目を閉じると、俺の嫌な予感は当たるから。そう言って会議を締めた竜の顔が浮かんだ。
朱音の前に出て松山兄と対面する。
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