第4話 彼女からの呼び出し
テスト明けの月曜日。休日はバイトに趣味にとテストから開放され楽しむことができた。天気は未だにグズついている。激しくはないもののシトシトと降り続く雨。傘を差しても足元が濡れて鬱陶しい。
教室に着くと既に賑やかな声に包まれていた。イヤホンを外しつつ席に着く。靴下は濡れてないものの制服のスラックスの裾が少し濡れていて気分が萎える。まあそのうち乾くだろう。
リュックからテキスト等を机に移して1限の準備を始める。今日は座学しかないし、テストの返却がメインとなるだろう。ふぅと一息ついて首を左右に動かす。コキコキっと音をたてて気持ちを切り替えた。
「おはようございます。水樹さん。」
隣の席から挨拶が来た。先週から挨拶をしてくれるようになった彼女のメガネの奥は今日も眠たそうだ。
「おはよう。長月さん。」
「……今日はいつものを食べてないのですね。」
「あー家で食べてきたからね。」
先週は毎朝学校で食べていたので聞いてきたようだ。お互いにコミュニケーションスキルが高くないためか、会話の内容は乏しい。傍から聞いていると盛り上がっているとはいえないだろう。
「……あればかりだと体には良くないですよ。」
「楽だからね。牛乳は飲んでるし。」
「それ前も言ってましたが、牛乳は万能じゃないんですよ……。」
彼女は呆れながらため息をついた。
「ところで……水樹さん、あの……」
と、彼女がいいかけたタイミングでチャイムがなった。朝のホームルームの時間だ。チャイムにかき消されて続きが聞こえなかった。
「ごめん、聞こえなかった。どうかした?」
「あ、いえ……。いや、あの、後で少しいいですか?」
まだ担任も来ていないため会話を続ける。彼女は歯切れ悪くもこちらに問いかけた。
「いつでもいいよ。時間がかかるなら昼休みにでも放課後でも。」
「……では昼休みにでも時間下さい。」
「りょーかい。」
と、返事したタイミングで担任が教室に入ってきた。相変わらず面倒くさそうに出席をとっている。
「ギリギリセーフ!」
竜が教室に飛び込んできた。時間的にはアウトだが本人的にはセーフらしい。
教室は笑いに包まれるも、担任が頭をかきながら遅刻と告げた。
あちゃー。と竜が席に着いた。頬杖をつきながら見ていたこっちを向いて口だけでおはようと呟いた。鼻で笑いながら小さく手を上げる。賑やかな日常が始まった。
1限目は英語。若い女性の担当教諭がテストの平均が他のクラスより高かったことを嬉しそうに告げた。このクラスにどうやら満点がいるらしい。
出席番号順にテストの返却が始まった。前の席の少女、桐島結は点数が良かったらしい。ニコニコと前の方から帰ってきて目が合った。
「水樹くん、見てみて96点!」
肩までの少し長めの髪をサイドテールにしている少し背の低い彼女は、見た目を裏切らずとても真面目なようでこのクラスの委員長も努めている。こちらから積極的に話すことはないが、彼女も竜と同様にクラスの全員とよく話していた。
「桐島は英語得意だったんだ。」
「他の教科より少し頑張ったからね。」
ニコニコと機嫌よくこちらを向いている桐島と話していると、順番が来て隣の席の彼女がテストを受け取りに行った。
席に戻る彼女の表情からは点数は伺えない。いや、少し眉が下がっているか。思ったより低かったのか。
席に着いて机に置いたその答案が見えた。
「え、46点……?」
思わず声が出てしまった。勉強している姿をよく見ていたしそれなりに取れていると思ったが、どうやら勘違いだったらしい。
桐島も驚いて目を丸くしていた。もっと点を取っているはずというのは自分以外も感じていたようだ。
声が聞こえた彼女にキッと睨まれた。
「長月さん、英語苦手なんだね。」
桐島が苦笑いしながら、声をかけた。
そういえば二人が話しているのを見たことがない。席は斜めで近いが長月の人を寄せ付けないオーラを察していたようだ。
「……水樹さんのせいです。」
「え、俺?」
桐島に返事すると思っていたが予想外の言葉に驚く。桐島の方を見ることなくこちらをジロっと睨んでいた。
「というか、勝手に見ないでください。」
ごめんごめんと謝りつつ自分の順番が来たのでテストを受け取りに行く。点数は90点。上出来だ。
席に戻る際に、桐島がこちらを見ていたので点数を見せる。
「水樹くんって授業サボったり、出ても寝てたりしてるのに点数とれるんだね。」
「抜けても良さげなタイミングしかサボらないからね。」
どうやら桐島の中で自分はもう少し低い点を取っている予想だったようだ。すこし不満げな顔をしていた。
そのまま席につくと隣から視線を感じる。
「……ずるくないですか?」
「なんの話?」
「あんなに毎日遊んでいるのに……。」
少し声が小さくなりつつもそう言った。
何を根拠に遊んでいると思われているのかわからず首を傾げる。桐島もハテナが頭に浮かんでいるようでポカンとしていた。
「そんなに遊んでるかなあ……。というか長月さんが点数低いのがなんで俺のせい?」
テストを取りに行く前の彼女の発言を思い出して聞き返すも、答える気がないようで口を固く結んでいた。こうなると聞き出す技量は無い。
あははー。と桐島が口だけで笑っていた。
途端に賑やかな声がきこえた。どうやら彼がはしゃいでいるらしい。満点だったようだ。
「柳くんって頭いいんだ……。」
「桐島って俺と竜への評価低くない?」
彼女の呟きに軽く笑いながらそう返した。すると彼女は納得のいってない顔でこちらを向く。
「点数取れるキャラじゃないじゃん。」
そう言われると返す言葉もなく今度はこちらが、あははーっと口だけで笑うことになった。
午前の授業はテスト返却と答案の解説で授業の時間のほとんどを費やした。
テストの結果は思ったより良好。これなら問題はない。
隣の席の彼女は2限から点を見せてくれなかったのでわからなかったが、解説の度に赤ペンがサラサラと動いていたので訂正が多かったようだ。結果はあまりよくはなかったらしい。桐島はと言うと時人の点に納得がいってないようでこちらの点を見ると、むむむと唸っていた。
休み時間では竜が嬉しそうにテスト片手にドヤ顔をしている。どうやらどの教科も満点近くらしい。真面目な桐島がとるならまだしもお調子者がクラスで一番の事実は他のクラスメイトも教師陣も驚いていた。
昼休みに入ると竜が弁当箱片手にこちらの席に来た。こちらはいつもの組み合わせで、なんなら既に半分食べ終えていた。
「これなら総合点でも学年1位狙えそうだなあー。」
ニヤニヤと弁当箱を開けながらそう語った。
はいはい、と流して残りの半分を口に入れる。
「相変わらずはやいって。」
カラカラと笑いながら話す彼は上機嫌だ。
牛乳はまだ残ってるが、それを片手に立ち上がる。
「あれ、どっか行くの?」
「ちょっとな。」
「ふーん。席借りとくからー。」
ごゆっくりーと、手を振る竜をそのままに教室を出る。