第41話 一人
放課後。竜と並んで帰っていた。
「時人と帰るのも久々だなー。」
今日はお互いにアルバイトが入っているので寄り道もせずに帰路に着く。
電車通学の竜はそのまま駅の方に向かうため途中で二手に分かれることになる。
「とはいえ、ここで解散だけどな。」
そう言って竜は立ち止まった。
「ま、あんま思いつめんなよ。暫くは様子見な。……じゃーお疲れー。」
「おつかれ。」
竜は軽く手をあげて駅に向かって去っていった。
家に向かって歩き始める。一人で歩いていると思考が加速する。
今朝の彼女の態度。
『おはようございます。水樹くん。』
思い出して少しダメージを受ける。
……仕方ない。受け入れないといけない。暫くは様子見だ。
「時人くん、今日は上の空ですね。」
マスターが心配そうにこちらをみていた。
「あーすいません。」
さすがに勤務中に気が緩んでいてはまずいので思考を切り替える。
「……色々悩んでいるみたいですね。」
マスターがコーヒーを淹れる。二人分用意して一つを俺の前に置いた。
「……いただきます。」
熱めのアメリカン。苦味が抑えられていて飲みやすい。アメリカンを普段自分で頼むことはないが、嫌いではなく好きな方だった。
「たまにはアメリカンもいいでしょう?」
「美味しいです。」
マスターとコーヒーを楽しんでいると続々と客が来た。忙しく働いている間は他の考え事をせずにすんだのでメキメキと働いた。
気づけば普段は退勤している時間になったが、いまだ店に客が多く仕事もあったので残っていた。マスターが表の看板を喫茶からバーに変更する。このタイミングから酒類の提供も始まる。本格的なカクテル等はないものの、マスターはビールとハイボールへのこだわりがあってそれらをメインとしていた。
「時人くん、今日はもう遅いですから退勤してください。」
「……まだ大丈夫ですよ?」
「いえいえ。ピークは超えましたから。それに今いるお客さんが帰ったら閉めようかなと思っていますので。」
カウンターの内側で業務連絡を受けた。客に聞こえないように小さく返事をする。
「では、あがりますね。お疲れ様です」
「はい。お疲れ様です。」
店の裏でエプロンを脱いで、軽く頭を振って首のコリを解す。珍しく人がいっぱいで少し忙しくなった。とはいえそこまで大きくない喫茶店。疲れはそれほど溜まってはいなかった。
ウェイター姿から普段着に戻って店に戻る。カウンターで飲み物を準備していたマスターにもう一度別れを告げて喫茶店から出た。
カランカランと扉が音を立てて開いて、閉じた。店の外は熱気がすごく日も暮れているというのに夏を強く感じる。汗のかかないうちに帰ろう。歩き出すと空調の効いていた喫茶店が恋しかった。
マンションに着いてエレベーターのボタンを押す。閉じられた箱の中はより暑くなっていた。階に着いたときにはすでに汗ばんでいた。とはいえ階段は登ってられないので仕方ない。
どこかの部屋から漂う夜ご飯の匂い。そういえばお腹がすいた。
アルバイトから帰ると隣人が作った晩御飯を食べる。そんな流れがあったはずなのに今日から家で待つ人はいない。
鍵を開けて明かりの点いていない部屋に帰る。ただいま。と呟いて靴を脱いだ。もちろん返事はない。
手を洗って顔を洗ってリビングのソファに沈み込む。疲れているわけでもないが深く息をつく。このまま眠ってしまえれば楽だがそういうわけにもいかない。
買い置きしてあるカロリーのスティックの個包を開けて二口で食べきる。口の中の水分が持っていかれたので牛乳を飲もうと冷蔵庫を開ける。
「あ……。」
思わず声が出る。そこには彼女が作っていた麦茶がまだ残っていた。
そういえば昨日彼女は途端に帰ってしまい、残した洗い物を片付けてから寝た。シンクの方を見るとそこに乾かしていた二人分の食器。その半分は彼女の食器だった。
辺りを見渡しても、この部屋にはまだ彼女の残滓が強く残っていた。
昨夜のことを思い出した。彼女の涙まで鮮明に蘇る。
色々考えてしまいそうになったので寝室に入ってギターを担ぐ。鍵盤に座りかけたがなんとなく思うものがあってギターに変えた。
ライブでも使ったエレアコ。今日はアンプもエフェクターも使わず弾き語る。
手癖で適当に弾き語りつつ、そのまま流れで思いついた曲にシフトしていく。
気づけば無意識で別れの曲を歌っていた。友達になる歌。特別な関係からただのともだちに。
気づいたときにはテンションが下がりかけたが曲に罪もない。それに好きな歌だ。そう思い直して歌いきる。そのまましばらく歌い続ける。意識して明るい曲を選択しながら。アウトロとイントロを適当に繋ぎながらノンストップで続けた。
のどが疲れてきたので着替えを準備して浴室に飛び込む。
シャワーを浴びて気持ちを入れ替える。熱めのお湯を浴びて身体を洗い、早々に浴室から出た。
寝巻きに着替えてから寝室に向かう。もう寝ることにした。
そんな生活がしばらく続いた。
朱音と話すことはだんだんと無くなり今では挨拶くらいしかしなくなった。
そんな朱音は心境の変化か、それとも進歩か、教室で明るく素を出すようになった。そして、すすんでクラスの輪に入ろうとしていた。体育祭に向けてクラスで一丸となって結束を固めていく中、朱音が入ってきたことでより一体感はよくなったらしい。体育委員の男子、松山という名の彼を中心にクラスは親密度を上げていた。竜も桐島も輪の中心にいることが多いので必然的に一人、端から眺めていることの方が多かった。すすんで中心に行くほどの力はないしする気も無かった。
気づけばその中心メンバーに朱音もいた。あのルックスにあの性格、明るく振舞うようになった朱音の周りに人が集まるのは必然だった。休み時間なども朱音の席にクラスメートが集まる。隣の席である俺の席はトイレなどで離れてしまうと誰かが座っていることが多くなった。
それに気づいてからは休み時間は積極的に席を外した。朱音がああして積極的になったのだ。俺がいては邪魔になると思った。
俺たちが親しかったことを知っているのはそういない。桐島と竜ぐらいで他は気づいていないと思う。とはいえそんな友人の少ない俺がクラスの中心にいる彼女たちと親しげに話すことは今の朱音によくない気がして離れた。
教室外で過ごすことが多くなってそのままサボることも多々あった。
それに対して桐島はまた怒ってはいた。あいかわらず真面目なようでよく咎められる。そんな桐島になぜか俺はよく話しかけられていた。気遣いでもしているようだった。
そもそも一人がいるのが楽で、好きで、ああいう生活をしていた。関わりあうのは最低限でいい。
今日も竜と話して、アルバイトをして、楽器を弾いて寝る。一人暮らしを始めてしばらく続けていた生活リズムだ。以前はこれで満足していた。楽しんでいた。
今は物足りない。
物足りない……。朱音と、また話がしたかった。
体育祭は明日に迫っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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ヒロインが出てこない話。
時人がだんだん拗らせてきています。もうしばらくお待ちください。きっとがんばってくれるはずです。多分。
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