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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第1章
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第39話 よびかた


目が覚めてしばらくは憂鬱だった。

昨日、俺は朱音と今までで一番近い距離にいた。物理的に。

でも、今までで一番遠い距離にいた。

寝つきが悪く、何度も寝返りを繰り返す。そうして眠りが浅かった夜を経て今に至る。

昨日の残りのお味噌汁に火をかけて温めながら、自分の失敗を振り返る。

桐島に頼まれたのは朱音を今までと同じ扱いをしろということ。それが全くできていなかった後悔。そうして目の前の朱音に目をやらなかった結果、ああなった。

ふと気づくと完全に沸騰していた鍋に慌てて火を消す。

だめだ。一旦落ち着こう。

お味噌汁と少しのおかずを準備して、ご飯をよそう。そこまでの食欲はないが余らせてももったいない。

それでも食べ始めると止まらず完食する。必要なのは食べ始めることだった。

第一歩。その一歩目が踏み出せるかどうか。



朝の教室はいつもより賑わいが少なかった。

その中心にいるであろう男がまだ来ていないからか。

家にいても落ち着かず少し早めに登校したが未だ竜も桐島も来ていなかった。

隣の席の朱音は今日も既に着席している。今日も課題か何かペンが動いていた。

教室に入ったばかりのこちらにはまだ気づいていないようだが、その横顔はなんら変わりの無いように見えた。

一先ず安心して自分の席に向かう。


「おはようございます。時人くん。」

そういってこちらを向き微笑む朱音。


そうなると思っていた。

「おはようございます。水樹くん。」

こちらを向き軽く会釈する朱音。無理して笑ってるのが分かるくらいに苦笑いだった。

「お、おう。おはよう……あ……長月。」

呼ばれたのは苗字。ファミリーネーム。その意味に少し戸惑い言葉が詰まる。それでもなんとか挨拶を返したものの名前を呼ぶことができず出たのはこちらも苗字だった。

「あの……少しの間ピアノのレッスンを止めたいのですが、問題ないでしょうか?」

そのまま彼女はそう提案した。

「いや、それは構わないけれど……。」

俺が鍵盤を教える交換条件で彼女にご飯を作ってもらっていた。

教えることを止めてしまうとそれもなくなる。俺たちの間あったものがなくなる。

「……あの、違うんです。水樹くんのことを嫌いになったとかじゃないんです。ちょっと一人で考えたいことが……。だから……。」

「気にしなくていいよ。」

気にはなるけど。とは言えない。仕方ない。

呼び方すらも戻って、俺たちが会う理由も無くなった。

その一人で考えたいこと。というのが何かは分からないが、それが終わるまで俺たちの関係は進むことは無いだろう。

……もしかしたらこれは桐島の言っていた提言通りになるのかもしれない。正解のルートに。これ以上進むことは無い関係に。

俺の返事を聞いて、小さく礼を言ってから彼女は前を向いて作業を再開した。



クラスメートと登校してきた桐島は席に荷物だけ置きに来たようだ。俺たちにおはようとだけ告げて離れていった。そのまま離れた席の友人と話していた。

竜は今日も遅刻ギリギリの時間に登校してきていた。走ってきていたのか顔に汗は流れていたし、胸元を扇ぐように襟をパタパタとさせていた。

時間通り現れた担任が、朝の出席と短い連絡をだるそうに済ませる。

一限は英語だった。昨夜の寝つきの悪さからか全く集中できず欠伸が何度も漏れ出る。それに気づいたのか小言を挟みながら若い女性の担当教師がテキストの音読を当ててきた。

集中を欠いたそれは発音もままならず、カタカナ英語のままだった。

呆れた教師が適当な位置で終わらせて続きを違う生徒に指名する。俺もそのまま集中を失って机に突っ伏する。頭に入ってこない英文は眠気を誘ってそのまま意識は落ちた。



チャイムの音で目を覚ます。

終礼のタイミングに慌てて立ち上がって礼をする。眠気はまだ失っておらず肩を回して意識を覚醒させようとするも身体は睡眠を求めていた。

どうせ午前の授業は座学しかなかった。リュックから財布を取り出して教室を出る。

ひとまず二限はサボってしまおう。その後の授業はそのときに考えよう。

どこに行こうか考えながら廊下を歩く。この前コンビニのイートインコーナーでサボっているとたまたま出くわした担任にすごく睨まれた。

というわけで行きつけの近くのコンビニは行けなくなってしまったのだった。

と、歩いていると前から担任が白衣を靡かせてこちらに歩いてきていた。避けるのもおかしいので小さく会釈してそのまますれ違う。

「あ、水樹、ちょっといいか?」

「はい。なんですか?」

ひきとめられたので立ち止まる。

「長月にコレ渡しておいてくれ。お前ら仲がよかっただろう?」

「え、いや、そんなことはないですけど。……まあ渡すだけなら預かります。」

何をもってして俺たちに仲がよいという印象を持っていたのか分からないが一枚の紙を預かる。

返事を聞いた担任が、ふっと鼻で笑ってからこちらを見やる。

「生徒が思っている以上に我々教師陣はお前らのこと見ているものなんだぞ。」

渡された紙がぺランと倒れて、変更届けと書かれていた表題の一部が目に入った。

「あー、あまり他の生徒に見せちゃいけないものなんでな。お前もあまり見るなよ。」

「……了解しました。そんなもの一生徒に頼まないでくださいよ。」

「教室に行くのが面倒でな。それに、人は選んだつもりだ。……あー、それと、サボるなら人目のつくようなところでするなよ。私の管理問題になるからな。じゃー頼んだ。」

担任はそう言うと持っていた古典のテキストで俺の頭を軽く小突いてから去っていった。

預けられた一枚のプリントをもってため息をつく。渡さないといけないのであればもう一度教室に戻らないといけない。そうなるともう学校を出るほどの時間も無さそうだ。どこかの空き教室で寝ててもいいが、誰か来た際の対応が面倒だ。

サボることを諦めて、教室に引き返す。

サボれなかったことへの足掻きで自販機でコーヒーを買ってから戻った。



「これ、三井先生から預かった。」

「ありがとうございます。」

自分の席でテキストとにらめっこしていた目の前にプリントを突き出す。

何か分からずも一度礼を言って受け取った彼女はそれを見て、少し嫌そうな顔をしていた。

そのまま丁寧にそれをカバンに仕舞いこんだ。

俺も席に着いて次の授業のテキストを机に出す。きっとまた寝ることにはなると思うが。

ため息をついて、手を組み腕を伸ばす。肩甲骨あたりからコキコキと軽い音が鳴って体がすこしほぐれるも眠気は去らない。

予鈴とともに現れた次の授業の教師が教卓で準備をし始めている。

それを見て何人かの生徒は慌てるように教室を飛び出す。他クラスの生徒だろうか、それか他クラスに何か借りに走ったのか。

漏れ出す欠伸が次の授業の集中が続かないことを知らせていた。



またも終礼のチャイムで目を覚ます。

今度こそサボってやると意気揚々に立ち上がろうとした瞬間、前の席の桐島が振り向いた。

「水樹くん、またサボろうとしてた?」

「……してない。」

「返事に間があったなー。」

快活に笑う桐島に思わず笑みが浮かぶ。

そんな桐島が不意に顔をこちらに寄せて耳元で呟く。

「で、なにかあったようだけどー?」

そう言って顔を離した桐島はこちらを見つめていた。





ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ幸いです。


第32話で第一章がもうすぐ終わりと書いてましたがまだかかりそうです。申し訳ありません。おかしいなー。

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