第33話 一人思案と面談
ゆっくりと目が覚める。横たわっていた上体を起こして腕を上げて伸ばした。
いつもより空腹感がある。そういえば晩御飯を食べなかったっけ。
寝室から出てリビングにつく。カーテンを開けて朝の日差しを取り入れた。
顔を洗った後、冷蔵庫から牛乳を取り出して飲む。朝に目覚めさせるにはちょうどいい冷たさだ。
キッチンに立ってお味噌汁が入った鍋に火をつける。出汁と味噌の香りがフワッとたった。
その間、おかずをレンジに放り込んで俺のする調理は完了する。
朝用の少ない量ですぐに沸きそうになる鍋を止めてお椀によそった。
既に炊けていたご飯とテーブルに並べる。豪勢な朝食だ。
いただきますと手を合わせてから口につける。
お味噌汁は食べなれた優しい味がした。
俺は昨日、朱音への恋心を自覚した。一晩たっても彼女への感情に変わりは無い。
朝こうして朱音が作ったご飯を食べながら彼女を思った。
まだ浅い関係性だ。知り合って日も経ったわけでもない。
彼女のことを知らない。とは言えない。が、知らないことの方が多い。
性格などでなく、朱音自身のこと。
今でこそ俺以外に桐島や竜、桐島の友人たちと気安く話すようになったが、入学当初の人付き合いを避けていた、あの訳を。
人見知りとかいうレベルではなかった。と思う。
なぜ地元であろう大阪を離れてこっちで一人暮らしをしているのか。
家族はどこにいるのだろうか。自炊をしてそれなりに節制しているのはわかるがアルバイトもせずに一人で住むにはこのマンションは敷居が高いと思う。安いワンルームマンションでもない。
俺たちが関係を持つきっかけにもなったあのバラード。あの曲に彼女は何を感じているのだろうか。ただ好きだから聞きたかった。なんてものではないと思う。
ご飯を食べたり、鍵盤を弾いたり、とあんなに時間をともに過ごした。だけど、今までは割り切ってそこまで聞くことをしなかった。
というか聞く気が無かった。踏み込む勇気も無かった。
俺は朱音のことを知りたい。
朱音は美人で見た目が整っている。
その端整な顔立ちも、すらりと伸びる白い手足も、濡烏色をした髪も。
ポーカーフェイスと人を寄せ付けなかったあの態度で目立っていたが、それが取れてきたこれからは違うように目立つようになるだろう。
俺は朱音の見た目だけに惹かれたつもりはないけれど、そこが全く無いとは言い切れなかった。
初めて見た朱音の笑顔は今でも覚えている。あの顔に強く惹かれたから。
そこから関係を持つことになって彼女を知った上で昨日あらためて自覚したのだ。
目の前のお椀に入ったお味噌汁。
朝の少ない量なのに、しっかりと出汁をとって作ってある。他のおかずも一品一品のクオリティもさながら全体でバランスもいい。
朱音の気遣いを感じられた。
こだわりの強い朱音は料理の面で手抜きをしない。きっと朝から俺が食べられる範囲で自分の全力、できることをしたのだと思う。
一人分のお味噌汁の量なんて粉末の出汁で十分だろうに。
最後に残ったお椀のお味噌汁を飲み干す。綺麗に平らげた。
使った食器を水に漬けておく。時間にはまだまだ余裕はあった。
制服に着替えながら思考は続く。
好きになった。とはいえ思いを告げる気は無い。今の関係性から変えるつもりは無かった。
既にそれが当たり前となった、朱音との晩御飯。それと鍵盤。あの時間を失いたくない。
とりあえず一ヶ月と言っていた。楽器なんて反復練習しかないしそのうち教えることもなくなるだろう。そうなってから考えたっていい。いまはそれでいい。
……そういえば朱音は俺のことをどう思っているのだろうか。
悪くは思われていないと思う。思いたい。
悪く思っている人とともにご飯を食べたり、ともに時間を過ごしたりはしないだろう。
いや、朱音ならありえるか。
まだ親しいともいえない頃から急に家にカレーを作ってきたり、妙な距離の詰め方をしてきたあの朱音なら。関わっていくうちに嫌になりつつも縁を切ることができなくなって付き合っているなんてこともありえるか。
友人くらいにおもわれていればいいけど。こればかりはわからない。
はあ。とため息をついた。知らずに出たそれに気づいて空笑いをした。
ふと時計を見ると家を出る時間が近づいていた。
このまま家にいても仕方ない。少し早いが家を出よう。一人で俺が考えたって出る答えなんて知れてる。
あのコミュ力おばけに相談してもいいかもしれない。
唯一と言っていい親友に。
「時人に誘われるのって初めてだなー。何聞かされるのかなー。」
いつも教室で食べている昼休みに近くの空き教室でご飯を食べることを誘った。
「ま、朝のあれでなんとなく察したけど。」
カラカラと楽しそうに笑いながら竜は弁当箱を開ける。
朝のあれ。とはおそらく桐島たちとの会話だと思う。
いつもより少し早めに家を出たらロッカーで桐島と会った。そのまま話しながら教室に向かう。
すでに隣の席には朱音がいた。
「おはようございます。時人くん、桐島さん。」
彼女がいつも通り挨拶をしてきた。
「おはよう、朱音。」
軽く片手をあげて挨拶を返す。いつもなら明るく元気に返す桐島が静かだった。
気にはなったが、立ち尽くす気もなく自分の席に着いてリュックを下ろす。
「……どうした。」
いまだ立ってこちらを見ていた桐島が俺の声で現実に帰ってきたらしく急に口角が上がった。
「随分親しそうに名前で呼んでるね。」
……迂闊だった。
昨日一日ですっかりそう呼ぶのに慣れていたから今日も普通に出てしまった。
なんて誤魔化そうかと考えていた時だった。
「時人くんは大事な人ですから。」
「は?」
思わず口からそのままの驚きが出る。振り向いて朱音を見ると嬉しそうに微笑んでいた。
「水樹くんやるねえ!」
俺の肩をバンバンと叩きながら桐島がそう言った。
「痛いって。」
たたき続ける桐島の手を掴んで強引に止める。
「いつ付き合ったの?」
「は?」
いまだニマニマと笑いながら桐島が言った言葉に理解できず、またそのままの驚きが出た。
「俺たち付き合ったりしてないって。」
「えーうそだー。」
「嘘じゃない。……なあ朱音?」
「そうですね。」
ニコニコと微笑みを続ける朱音に、なにそれー。と不満げな顔になった桐島。その頃になってようやく理解が追いついた。
朱音が俺のことを大事な人と言ったから桐島が俺を彼氏だと勘違いしたって事か。
そう気づいて遅れて暑くなる。
「なーんの話してんの?」
後ろから竜が腕を回してきた。竜はその体勢のまま朱音と桐島におはよー。と軽く挨拶をする。
「竜くん聞いてよー。二人が仲良くてずるいー。」
「なにそれ面白そうな話してるじゃん。」
「ずるいってなんだよ。」
竜の腕を払いのけて二人の会話に入っていく。
「ちょーっとこれは審議ですね。」
桐島がそう言って竜と二人でこそこそと話し始める。
置いていかれた俺はため息を吐きつつ朱音に目線をやるといまだニコニコと嬉しそうに笑っている。
「ずるいってさ。」
「ずるくないですよ。」
よくわからない会話を朱音としてお互い同時に微笑む。
「ハイそこまでー。」
秘密の会議が終わったらしい二人がこちらに向いて桐島がそう言った。
「というわけで、今日の放課後緊急面談です。」
竜が俺に向けてニヤニヤとしている。
「なにがというわけなんだ。」
「あ、時人今日バイトある?」
「ないけど。」
「じゃあ緊急面談決定で。……長月さん放課後こいつ借りるねー。」
「なにそれ。」
俺は朱音のものでもないのだが。
「はいはーい。というわけで朱音ちゃんは私と放課後つきあってね。」
「え、でも。」
思案顔の朱音がおそらく俺との取引、つまり俺の夜ご飯に気を使っている。
「俺にそんなに気を使わなくていいよ。……竜も俺に用あるみたいだし。」
朱音にそういうと嬉しそうに笑った。
「では、桐島さんよろしくおねがいします。」
「もっちろんだよー!」
桐島は笑顔でそう言い放った。
あの後、竜に昼ごはんの場所を変更してほしいと告げたのだった。
「で、相変わらず既に食べ終わってる時人君は俺に何を言いたいのかなー?」
「……俺ってどう?」
お弁当に入っていたウインナーを口に運んでいた竜の動きが止まった。
「え、俺いま誘われてる?」
「違うわ。ばか。」
ポカンとして言われておもわずストレートな罵声がでる。
朝、家で考えていたことを竜に相談しようとして色々端折ってしまった。
「そんな遠回りじゃ言ってる意味わかんないけど。それちょっと長くなりそうだから放課後な。もし、色々考えた上で聞いてたんだとしたら時人も多少はわかってそうだし。」
「……こちらこそ意味わからないけど、放課後なら聞いてくれるって意味?」
「まーそんな感じで。」
どうやら今は聞いてくれないらしい。なら仕方ない。
「じゃーそれは放課後おいといてー。俺としては今聞きたい気持ちあるけど絶対昼休みじゃ終わらないし、さっき結ちゃんにサボるなって釘刺されたところだしなー。」
いま話し出すと午後の授業をサボる。桐島はそう感じたようだ。
性格は軽くて明るいが、見た目と芯の部分は真面目な桐島らしい。
「まー放課後の楽しみって事で。オラなんだかワクワクすっぞ。」
竜のモノマネはかなり似ていた。
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