第2話 休日の邂逅
カーテンを開ける。部屋に光が差し込んだ。今日は昼からバイトだ。家を出る時間を逆算するとまだまだ余裕がある。
ひとまず今日持っていく一本を決める。黒いボディのエレアコ。悩みかけたがやはり今日はコイツだ。
チューニングを済ませ1弦1弦確かめるようにピックを弾く。ボディに空いた穴、サウンドホールから音が響く。やはり楽器というのは素晴らしい。
バイト先の喫茶店では、たまに客やマスターにお願いされて演奏を披露することがある。普段は家で一人で楽しんでいるだけだが、やはり人前で演奏するのはまた違って心躍るものがある。なによりオーディエンスとの一体感は何物にも変えがたい。
今日はこの曲を弾いてほしいという指定も無いようだったので、何を演奏しようかギターを鳴らしながら考える。
そういえば常連のオジサンがある海外のバンドについて語っていたことを思い出した。自分の世代ではないが、数々のヒットを生み出したレジェンドバンドだ。未だにCMソングとして使われている楽曲も多い。特にカップ麺のCMはインパクトも大きく話題になった。
今日はそのバンドのメドレーにしよう。そう決めてカッティングから始まる一曲を演奏する。エレアコの調子は良さそうだ。これなら喫茶店でも楽しめそうだ。そう思って何曲か続けて弾いて歌っていた。
ギターケースを背負って家を出る。鍵を閉めると隣のドアが開いて彼女が出てきた。
「あれ、またタイミング被ったね。おはよう長月さん。」
きっとまた返事は来ないだろうけど無言で去るのも違う気がして声をかけた。
彼女はこちらをちらっと見て頭を軽く下げた。やはり会話をする気はないらしい。
こちらもゆっくり立ち話するわけでもないし、彼女も家を出たのだからどこかに行くのだろう。
既に鍵を締めて歩き出していた自分がそのまま先に廊下をあるき出す。後ろで鍵を締めている気配があった。話すことなどないしそのままバイトに向かった。
喫茶店の中は盛り上がっていた。
自分に比べて年齢層が高めの常連たちには時人の選曲はバッチリだったようだ。
有名でアップテンポな曲を中心に組んだセットリストは観客の心を掴んでいた。なにより色んな人が一緒に歌ってくれるので、とても楽しい。
「時人くん。そのバンドが来日したときによく演奏していた曲を知っていますか?」
用意していた曲を一通り弾き終わってコーヒーを飲んでいた時にマスターから声がかかる。
「もちろんです。弾きましょうか?」
本来はピアノのイントロで始まるその曲をギターのアルペジオに変えて歌い出す。周りで話していた客たちも聴き入っていた。
とても好きなバラードだ。特にサビの最後のフレーズがいい。
歌い終わると客たちから拍手を頂く。今日店で演奏するつもりは無かったがさっき家で弾いていたこともあり、最後まで歌詞をとばすことなく歌い終えた。
マスターの入れてくれたコーヒーを飲みつつ一息つく。バイトで来ているためあまりゆっくりするつもりはないがマスターのコーヒーは絶品。味と香りを楽しみつつ頂く。
ギターをケースにしまってウェイターになる。いつもより客が多いもののそれでもあまり席数の多いことのない喫茶店。客の出入りも激しくないのでそんなに仕事は多くない。
「時人くん、よくさっきの曲知っていたね。」
あのバンドについて語っていた常連のオジサンから声をかけられる。
狙い通り今日のセットリストは心に刺さったらしい。喜色満面といった表情だ。話しかけるタイミングを図っていたようで手が空いた瞬間をついてきた。
「父が好きなんですよ。小さい頃からよく聴いてまして。」
「いいお父さんを持ったねえ。」
ライブ終わりのごきげんな客と喋ることはとても満たされる。
時刻はもう夕方、徐々に帰り始める客に店のピークが去ったことを示していた。今日はマスターの都合で夜の営業はしない。テストが近いため勉強する時間もとれるので助かる。
ライブとそれなりの給仕をこなして、心地よい疲労感の中帰宅する。晩御飯は喫茶店で済ました。暗記教科のテキストを流し読みしながら口ずさむ。今回のテスト範囲は問題なさそうだ。明日は日曜日。どうせ一日勉強することになるし、早めに休むことにした。
「ギターケース……やっぱさっきの曲は水樹さんが歌ってたんかなあ。」
家にいるとどこからか聞こえてくる楽器の音と歌声。ギターだったりピアノだったりジャンルも様々。今日は昼前から聞こえていた。それらの出処はやっぱり隣の家かららしい。
音楽に明るくないし、知らない曲ばかりだけどさっきの曲は知っていた。いや、知っている曲に似ている気がした。
「なんて歌なんやろ……」
ワンフレーズだけ知っているあの曲が頭の中でリフレインしていた。
話が進むまで暫くは投稿頻度を高くしていく予定です。
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