第26話 3人の晩餐
マンションのエントランスに着くころには既にあたりは暗くなっていた。丸い月が高く輝いている。今日は満月だろうか。
初めて訪れる俺の家にか、小学生からしたら遅いともいえるこんな時間に遊んでいる現状にか少しテンションの高い大須。扉の前に来ても口を閉ざすことはなかった。
鍵を開けると中からいい香りがした。
「おじゃましまーす!」
大須が元気よく声を上げる。すると奥からパタパタとスリッパの音が聞こえて長月が出迎えに来た。
「お帰りなさい。」
「ただいま。……大須、俺の友だちの長月朱音さんだ。」
大須に向けて長月を紹介して自己紹介を促す。
「はじめまして。黒瀬大須です!」
「長月朱音です。よろしくお願いしますね。」
大須の朗らかさにつられてクスクスと笑いながら挨拶をする長月。
彼女の笑顔に少し照れているようだ。あうあう、と小さく唸って俺の袖をつかんで俯いてしまった。
「もうすぐで出来上がるので少し待っててくださいね。」
そんな大須を見てまたクスクスと笑っていた彼女がこちらを向きなおしてそう言った。
「ありがとう、たすかる。」
パタパタとキッチンに戻った彼女を追ってひとまず玄関から移動する。手を洗ってからリビングのテーブルに着くように大須を促した。
その間に準備してくれていたようで、テーブルの上には冷えた麦茶が用意されていた。
キッチンで作業している彼女の背中に礼を言って飲む。日は暮れたとはいえ夏も近く外は少し蒸し暑い。そんな中歩いて帰ってきた身体に冷えた麦茶が染み渡る。
帰る道すがら長月が家にいることを説明しておいたが、実際に会うと少し緊張しているらしい。口数が露骨に減っている。
「時兄ぃのお友だちかわいいね。」
ちびちびと麦茶を飲んでいた大須がコップを置いてそう言う。
「……そうだな。」
キッチンでせかせかと料理を続ける彼女の背中を見て返事した。
大須と話していると晩御飯が出来上がったらしい。長月がおかずを載せたいくつかの皿をテーブルに並べた。立ち上がって配膳を手伝う。
白ご飯をお茶碗によそう。大須にどれくらい食べるか聞こうと後ろを向くと彼も長月を手伝っていた。
彼女が鍋からいれたスープの器をテーブルに運んでいる。熱さとこぼさないようにと慎重にゆっくり歩いている様は微笑ましい。
配膳を終えて三人席に着いた。
もともと一人には大きめの長テーブルだが、三人分のご飯を並べると少し窮屈に感じる。
いつもは長月と隣り合って座っていたが今日は俺と大須が隣に座っているので、対面中央近くに彼女が陣取った。
今日は中華料理。豚肉とピーマンの細切り炒め……いわゆるチンジャオロースに、パリパリの羽がついた餃子。どちらもごはんが進みそうだ。タマゴとねぎのシンプルな中華スープもいいにおいだ。
目の前に並ぶ料理に既に興奮している大須。待てをしている犬のようだ。
とはいえ自分もこの料理を前に待てなんてできない。いただきます。と三人揃って箸を手に取る。
「美味しい!」
「そうだな。」
「ありがとうございます。よかったです。」
感想を言う暇もないらしくそこから大須は黙々と食べ続けている。多めによそった白ご飯を食べきって更におかわりする勢いだ。
とても美味しい。いくらでも食べられるよ!
大須の態度はそう言っているようだった。
見ていて心地よい食べっぷりに見とれていたが自分も食べずにいてはもったいない。
出来合いでなく餡も皮も作ったであろう餃子はにんにくが入っていなかった。彼女の好みだろうか。しかし物足りないことはなく噛んだ瞬間あふれる肉汁に頬が緩む。
結局大須が炊飯器のご飯を食べつくした。最後まで食べていた大須のおなかは丸く膨らんでいる。
「おなかいっぱーい。もう食べられないよ……。」
大須がお腹を擦りながら満足げに呟いた。長月もそれをみて満足そうに笑った。
「大須くんのお気に召したようで何よりです。」
彼女が片付け始めようとしたので皿を持ってキッチンについていく。
普段は片付けまでしてくれるが今日は大須もいて量が多い。自分が連れてきた大須の分も準備したうえに片付けさせるのは申し訳ない。
満腹の大須はいまだ椅子から動けないようだ。こちらを見てはいるが手伝う気になれないらしい。長月に気を使わなくなって段々普段通りの大須が出てきていい傾向だ。
「水樹くんも休んでてください。片づけまでやりますよ?」
「今日は大須がいるからな。……急にこんな状況になって悪いと思ってる。少しくらい手伝わせてくれ。」
「事情があったのでしょう?気にしてませんよ。……大須くんの食べっぷりには驚きましたけど。」
相変わらずのクスクス笑い。それに片付けも譲る気はないらしい。結局長月に任せて大須の横に戻る。
冷蔵庫から麦茶の入った容器を取り出して大須と自分の分を注いだ。
「ありがとう。時兄ぃ。」
「長月がいい食べっぷりだったってさ。」
キッチンで皿を洗っている彼女を指して大須に言った。
「……朱音ちゃんのご飯美味しかったもん。」
「……そうだな。」
最初の緊張はどこにいったのかすっかり長月に打ち解けたらしい。彼女の料理はすばらしい効果だ。
「時兄ぃはいつもこんな美味しい料理たべてるの?」
「いつもじゃないよ。……大須のお母さんも料理うまいんだろ?」
「そうだよ!ママがねカレーつくるんだけどね!たまねぎがつながってるの!」
大須の母が作ったカレーの話は止まらなかった。今日店でも軽く聞いたのだが何度でも語りたいらしい。
「……おじいちゃんまだかなあ。」
カレーの話がひと段落ついたときに大須が心配そうに呟いた。
「マスターから連絡は……まだ来てないな。大須ちょっと待ってて。」
確認してみたもののマスターからの連絡は未だ無い。大須が泊まることも想定して風呂を沸かしておくことにする。
普段はシャワーで済ますこともあるが、大須もいることだし湯船にお湯を張ろう。
栓を閉めてお湯張りのスイッチをいれた。人工音声がお湯を出したことを告げるのを聞いて部屋に戻る。リビングでは片付けを終えた長月が大須の横に座っていた。
「朱音ちゃんは時兄ぃと住んでるの?」
「ち、ちがいますよ。私は水樹くんの隣に住んでるだけです。」
顔を赤くして手を振って否定していた。
「えーじゃあなんで一緒にご飯食べてるの?」
「それは……なんででしょうね……?」
彼女も関係を言葉にするのは難しいらしい。納得のいく言葉が見つからないみたいだ。
「それはな、俺たちが仲の良い友だちだからだよ。」
余っていた二人の対面の椅子に腰掛ける。
「大須も仲の良い友だちとご飯食べたりするだろ?」
「うーん、そういうものなのかな?」
「そうだよ。そういうもの。」
あまり納得はしていないようだ。強引な決着のつけ方に長月も苦笑いしている。
「でも本当に仲良しならなんで時兄ぃは朱音ちゃんって呼ばないの?……大須は学校で仲良くなったらみんな下の名前かあだ名で呼んでるよ!」
なんでなんでと質問を重ねる大須。こうなったら止まらない。
「あ、あー。……朱音って呼んでなかったっけ?」
大須の追求を止めるために誤魔化す。さすがに異性の名前を呼ぶのは緊張するが仕方ない。
「さっき長月って言ってた!でもそっちの方がいいよ。朱音ちゃんも嬉しそうだし仲良くなれるよ!」
彼女の顔を見ると目を見開いて赤くなったまま止まっていた。
「朱音ちゃんも時兄ぃのこと時人って呼んだほうがいいよ!」
「え、いや、それは……。」
止まった表情が動き出した。だが目は必死に泳いでいたし顔も赤いままだった。
「あー大須あまり困らせ
「……時人くん。」
大須を止めようとした発言に被せるように彼女が俺の名前を呼んだ。さすがに照れる。彼女が赤くなっていたのも頷けた。上がりそうになる口角を隠すため口元を手で隠す。
こちらを真剣に見ていた彼女の顔から目を離すことができなかった。
「これでもっと仲良くなれるよ!時兄ぃ友だちいないんだから大事にしないと駄目だよ。」
大須の発言のタイミングでようやく彼女から大須に視線を移した。
「友だちいないって言うな。」
竜のようなことを言う大須を嗜める。妙な緊張で喉が渇いた。
もともと座っていた場所に置きっぱなしにしていた麦茶を飲み干す。
「あ。」
彼女が小さく呟いた。
「時兄ぃそれさっき朱音ちゃんが飲んでいた分だよ。人のとったら駄目だよ。」
「……朱音、わるい。」
「い、いえ。大丈夫です……。」
色々と選択肢を間違えた気がする。彼女は更に顔を赤くさせて何か呟いていた。その声は小さく聞こえない。
……あるいは正解を選んだのか。朱音の嬉しそうな表情を見るとそう思った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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いつになったら関西弁で話し出す朱音がだせますか。予定ではそろそろのはずだったのですが。
だんだんプロットより長くなってきていてタイトル詐欺になってしまってます。すいません。
もう少しで可愛い二人が出せると思いますのでお付き合い下さい。




