第22話 部屋の中だけのロックスター
ご飯出来ていますよ。という彼女の声を後ろで聞きながら手を洗う。前を見ると洗面台の鏡が輝いていた。
食欲が湧いてくる匂いのするテーブルに着く。今日もおかずの品数が多く彩りも豊かだ。それを見ただけで既に美味しいことも伝わってくる。彼女が最後に麦茶を注いで渡した。礼を言って受け取る。
「麦茶作った?」
「はい。冷蔵庫で冷やしてあります。……冷たいお茶苦手ですか?」
「そんなことないよ。麦茶は夏を感じて好きだ。」
お茶を一口飲む。仕事終わりで渇いていた喉が潤った。
「じゃあ食べていい?……もうペコペコなんだ。」
「どうぞ召し上がれ。」
おなかを押さえて空腹をアピールすると彼女がクスクスと笑った。
いただきます。とつぶやいて箸を手に取る。今日も間違いなく美味しい。
「美味しいよ。」
「ありがとうございます。」
会話もそこそこに夢中で食べ進めた。
「ごちそうさま。今日もありがとう。」
「お粗末さまでした。」
彼女とペースをあわせて大体同じくらいに終わるように食べ進めることにも慣れてきた。というより味わって食べていると彼女と同じくらいになった。
「なにか飲みますか?」
「じゃあコーヒー。」
「かしこまりました。」
彼女がお湯を沸かし始めるのを見て買っておいたコーヒーフレッシュを小瓶に移した。
「水樹くん、ブラックじゃないんですか?」
「長月が飲めないだろ?」
洗い物をしていたはずの彼女がこちらを見て聞いてきた。気分次第で入れることもあるが大体何も入れることはない。
「……ありがとうございます。」
彼女はそう呟いてこちらに背を向けて洗い物を再開した。これくらいはさせてもらわないと彼女の労力に見合っていないからな。少しくらいの気遣いはさせてほしい。
「水樹くんはアルバイトのときは髪を整えているのですね。」
「まあ接客業だし多少は気をつけてる。」
コーヒーを飲みながら会話をする。彼女はフレッシュもシュガーも入れていた。
マスターはそこまでしなくていいですよ。とは言ってくれるし実際に面倒くさいときや、時間がないと何もせずに向かうのだが。余裕があればしておきたい。髪を弄るのは好きだし。
「普段からすればいいと思います。似合ってますよ?」
「……気が向いたらする。」
似合っていると言われて悪い気はしないが必要以上に人と接するのは面倒だ。前髪で目元を隠しておけばそうそう絡まれることは無い。
「それはしないやつー。……ですね?」
「へんな真似しなくていいから。」
竜の口真似をして笑う彼女を軽く流して笑う。
それからコーヒーを飲みつつ会話をしているとそこそこ時間がたった。帰る彼女を玄関まで見送る。
「それではお邪魔しました。」
「ああ。こちらこそごちそう様でした。ありがとう。」
手を振って彼女は帰っていった。
長月を教えたときに少し触った程度だった鍵盤。あの時以来鍵盤以外も触っていなかった。
今日は少し何か弾こうかな。壁にかけておいたギターを手に取る。
エフェクターからアンプに繋いで音色を歪ませる。ガイコツマイクを部屋の真ん中に設置した。これでステージは完成だ。
さすがに時間を考えてギターアンプの音量は控えめに、マイクに電源は通さない。
ピックを弦に叩きつけるようにパワーコードをかき鳴らす。激しいロックソングを叫ぶように歌いつくす。実際に叫んではいないが、気分は最高だ。
一人で盛り上がりすぎて時計を見て驚く。もう日付が変わる頃だ。最近時間が経つのが早い。
ボリュームを下げてアンプの電源を切る。ギターを壁にかけて寝る準備をする。
シャワーを浴びようと脱衣所に向かおうとしたときにようやく気づいた。
いつもよりリビングが綺麗だ。そういえば洗面台の鏡もピカピカに汚れ一つ無かった。
リビングにあまり物を置かないので部屋が散らかっている印象は無い。だが、小物を置いている棚の上やテレビ台にも埃が見えない。そこまでこまめに掃除なんてしていない。毎日とは言わないが掃除機をたまにする程度だ。
寝室は楽器やケーブル、ピックなどの小物が多少散乱している。どうやら趣味のものが多く触ることをためらったのか、そこが寝室も兼ねているためか手をつけなかったようでいつも通りの部屋だ。
だから余計に気づかなかったのか。長月もそんなそぶりを見せることは無かった。
自分の適当さにあきれる。ご飯を作らせた上に掃除をさせてしまった。その礼もしていない。
シャワーを浴びて明日の準備を終えてからベッドに入る。
ごめん、部屋片付けてくれたんだ、気づかなかった。ありがとう。
なんて申し訳ない。そして格好悪い。が、仕方ない。ため息をついて目を閉じた。
なかなか寝付けなかった夜だった。
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