第19話 ポーカーフェイス
店を出ると雨はもうあがっていた。家まで距離があるわけではないが、傘を差さなくていいのは楽だ。これで梅雨明けになると思うと気も晴れる。
行く道では降っていたので濡れた傘を手に持つ。普段出歩くときは荷物を持たないので手がふさがっているのが気になるが、それも今日までか。
『今から帰る。10分くらいで家に着くから。』
隣人にメッセージを送る。
『かしこまりました。道が濡れているので気をつけて帰ってきてください。ご飯温めてお待ちしております。』
「……なんだこれ。」
立て続けに届いた返事を見て思わず笑いながら呟いてしまった。…あいつ他人と距離とるつもりないだろ。
歩くこと10分。部屋の前に着く。鍵を開けて部屋に入った。
明かりをつけてソファーに座り込む。仕事内容的に疲れてはいないが深く息が出た。
『帰った。』
あまり待たせても悪いしとりあえずメッセージを送る。
『今から伺いますね。』
すぐに来るらしい。なんとなく姿勢を正す。するとまたメッセージの受信音が鳴った。
『時兄ぃ!連絡先教えてもらった!!』
という短いメッセージと新しいアカウントを知らせる通知が重なった。アカウント名はダイスとなっている。誰かから俺のアカウントを聞いてメッセージを送ったようだ。ポンポンとスタンプが送られている音が聞こえるので慌てて返事を返した。
『スタンプうるさい。』
俺のことを時兄ぃと呼ぶ人物は一人しかいないのでおそらくマスターの孫のダイスで間違いないだろう。
『時兄ぃ冷たい!今度おじいちゃんとこ行くから時兄ぃも来てね!』
『わかった。またな。』
まだ小学生の子どもにメッセージを送り続けて夜更かしされるのも悪いので早々にメッセージをきる。送ったと同時に来客のチャイムが鳴った。来ることがわかっていたので鍵は開けていたが迎えに出る。
「遅くまで悪いな。」
「いえアルバイトお疲れ様です。」
お邪魔します。と長月が片手鍋とタッパーを持ってあがりこんだ。両手がふさがっててよく器用にチャイムを鳴らせたものだ。片手の鍋を預かって伴ってキッチンに向かう。お味噌汁のようだ。とりあえず火をかけておこう。
「ありがとうございます。……ごはん持ってきますので一旦戻りますね。」
タッパーの中身はおかずだったようだ。それをテーブルに置いて長月はパタパタとスリッパの音を鳴らして帰っていった。
……おかずの量からして彼女の分もあるだろう。待たせた上にあまり行き来させるのも申し訳ないな。どうするかと考えながら鍋の中の味噌汁を混ぜる。
「豪華だな……。いただきます。」
「いただきます。」
戻ってきた彼女と食卓につく。具材たっぷりの野菜炒めと大根のサラダ、油揚げの味噌汁に炊き込みご飯。品目も多くバランスもよさそうだ。おなかもすいているし早くいただこう。
「今日も美味しい。」
「よかったです。」
見た目を裏切らない美味しさだった。味が濃すぎることもなく優しい味わいだ。
食べ進めていると視線を感じたので彼女を見ると目が合った。
「……そんなに見られてると食べにくいんだけど。」
「すみません。……水樹くんとても美味しそうに食べてくれるので、つい。」
どうやら表情か態度にでていたようだ。今日マスターにも指摘されたところだが俺にはポーカーフェイスのスキルは無いらしい。出会った頃の長月に教わりたいところだ。
「本当に美味しいから。」
嬉しそうにこちらを見ていた彼女から視線をはずして食べ進める。
「それは良かったです。」
彼女はその笑顔のまま食事を再開した。頭上にニコニコと文字が浮いてそうだ。
……俺たちはどうしてこんな状況になってる?
先日まで話す事も無かった顔の良い女子と食卓を囲んでいる現状を改めて思い返した。
……一人の時間が欲しくてこの暮らしを始めたはず。そのために人と進んで関わらないようにしていたが、なぜか長月との時間を作ってしまっていた。
「……そうですね。私も、好きです。」
昼休みに渡り廊下で彼女の笑った顔を初めて見たあの時から俺は変わってしまったのかもしれない。
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