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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第1章
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第16話 手と指



「何か飲みますか?」

彼女が片付けをしながら聞いてきたのでとりあえずコーヒーを頼んだ。

「水樹くん、コーヒーはどれを……?」

そういえばコーヒーも父親が豆を数種置いていた。初見ではどれをどうするかわからない。

「ちょっと待って。俺が淹れるよ。」

違う棚からインスタントのコーヒーを取り出す。豆を挽くのも悪くないが、インスタントは楽でそれなりに美味しいのでこれはこれで気に入っている。

「豆から淹れたことないのでできないですが、インスタントなら私がしますよ。お湯を注ぐだけですし。」

そういって彼女がインスタントの粉が入ったビンを奪い取った。こういったときの彼女はゆずらない。こちらが対抗すればまた別だが任せると彼女も嬉しそうなのでもう全部投げることにする。

皿洗いが終わった頃に沸いたお湯をマグカップに注いで出来上がったコーヒーを両手にテーブルに戻ってきた。

「お待たせしました。」

「ありがとう。いただきます。」

いい香りのするそれを一口、口に含む。ちょうどいい温度だ。

「片づけまでありがとう。ちょっと休憩したら練習始めようか。」

「はい。おねがいします。」

どうやって練習しようかな。と思いながらコーヒーを味わう。隣を見ると彼女がじっとマグカップを見つめていた。

「どうかした?」

「……水樹くん、牛乳貰っていいですか?」

彼女の一言に面食らった。どうやらブラックが飲めないらしい。おもわず噴出してしまったので彼女がこっちを睨んでいた。

ごめんと言って冷蔵庫から牛乳を取り出す。

この家にコーヒーフレッシュもスティックシュガーも置いてないので今度買っておくか。



「じゃ、始めようか。座ってくれる?」

「お願いします。」

彼女をキーボードの椅子に座らせて、横に立つ。キーボードの電源をいれて軽く指を走らせて音量と音色を確かめた。問題はない。

「楽器弾く前に指のストレッチしとこうか。」

「ストレッチですか?」

「そう、長月はまだ慣れてないから指を開くようにするためにもやっておいたほうがいい。」

そういって手本を見せる。右手で左手の指を一本一本つかんで左手を開閉する。彼女は真剣にこちらの手を見ていた。

「真似して。伸びてるのを実感できる範囲内で無理なく。」

何種類かのストレッチを終えて指を動かす。今はもうここまでストレッチすることがないので指先の温かさが懐かしい。

「指を動かすのに慣らすためにも続けて損はないから。お風呂とかでもやってみて。」

「わかりました。」

慣れない手つきで指を動かす彼女は真剣そのものだった。学ぶ姿勢が見えてこちらが緊張する。もう一度キーボードに指を這わせて無言の空気を誤魔化した。

「……水樹くん、指長いですね。」

「あーそうかな。」

キーボードから手を離して開閉する。自分ではあまりわからない。

「……そろそろ弾こうか。」

どうやら彼女は独学で始めたようで手の位置、置き方、姿勢から教える。早く鍵盤を叩きたくてうずうずしているのがわかるがこれも必要なことだ。

「じゃ、今日はきらきら星を練習しよう。」

「え、私もう弾けますよ……?」

「運指を覚えよう。人差し指だけで弾くのは弾けるとは言わないから。」

すこし不満そうだが練習なんてそんなものかもしれない。どの指で鍵盤を叩くか教えてきらきら星の練習を始めた。

最初は慣れずに人差し指がメインになりがちだったが何回か重ねていくとミスなく弾けるようになった。ゆっくりで簡単な曲で右手しか使っていないが弾けることは間違いない。

「次は左手をつけようか。左手を動かすことに慣れよう。」

「がんばります。」



「難しいです!!」

左手の練習を始めるとやはりすぐに躓いた。右手と左手で違う動きをすることは最初のうちはとても難しい。彼女は眉をしかめていた。うまくいかない自分に不満があるのだろう。

「ゆっくりでいいから確実に弾けるようになろう。まだ練習初めて初日なんだ。……ちょっと休憩しようか。」

根をつめても上達が早くなるとは思っていない。むしろ辛くなって離れてしまう可能性もある。楽しくなければ意味もない。

「……じゃあ水樹くん何か弾いて下さい。」

彼女の気分転換にはなるかな。と交代して椅子に座る。テンションをあげてもらうためにテンポの速い激しい曲を弾く。

弾き終えて彼女を見ると笑顔になっていた。いい気分転換になったようだ。

「すごいです!」

「……ありがとう。」

立ち上がって彼女にもういちど座らせる。まだ練習再開するには早いので会話を続ける。

「やっぱり水樹くん指も長いし、手も大きいです。」

「あー、そうかな。自分じゃわからないから。」

自分の右手を開閉して眺める。すると彼女が手を開いて俺の手に合わせた。

「私の手のほうが小さいです。」

不意の接触に驚く。

「……確かに小さい。」

「いいなぁ……。」

しばらく手を合わせていたが、その手を見ていた視線を彼女に動かすと目が合ったので慌てて手を離した。

「さ、練習再開しようか。」

誤魔化すようにそう言って顔ごと視線をそらす。

彼女の急な距離の縮めかたはずるい。





ここまで読んでいただきありがとうございました。

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