第161話 実家
5月は更新が一度だけになってしまって申し訳ありません。
6月も更新頻度高くならないと思いますのでのんびり待ってもらえると幸いです。
沢山の本とCD。落ち着いた雰囲気のデスク。まるで社長が座るようなふかふかのチェア。
春人の私室は全く変わっていない。隅に置かれてあるドラムセットが目立っているのも相変わらずだ。
月子が朱音と二人で話がしたいらしく俺たちは追い出されていた。
「学校楽しんでいるかい?」
「まあ。うん」
「ならよかったよ。マスターからちょこちょこ聞いてはいたけどね」
「店来てたの?」
バイト中、手が空いた時間も多いこともあってマスターとは話すことが多い。
心を許しているのもあって大分赤裸々に話している。マスターもそのまま春人に話してはいないだろうが、ある程度俺の行動は筒抜けみたいだ。
「前ほど通ってはいないけどね。嫌がるだろうから一応時人が働いているときは避けてたよ」
「さすがです」
嫌がるというか単純に気恥ずかしい。だが、その気遣いはありがたい。月子がバイト中にもし現れたら面倒だ。
「今度、友達を紹介してくれるってマスターが喜んでいたよ」
大須に竜たちを紹介したくて店に皆を誘った。その話をマスターにしてからそう日は経っていない。
いったいいつの間に聞いたのか。そしてマスターも喜んでいた事実が嬉しい。
「朱音さんが初めて店に来た日のことなんて何回聞いたことか」
春人は屈託の無い笑顔で笑って楽しそうに話し出した。
曰く、俺が初めて友達を紹介してくれた。
曰く、大須がとても楽しかったと嬉しそうにしていた。
曰く、俺が……幸せそうだった。
「そんなの又聞きさせられる俺の身にもなってくれ」
「マスターは時人のこと可愛がってきたからねぇ……」
しみじみと遠くを見つめるように呟いて笑った春人も嬉しそうだった。
大須が泊まったあの日。朱音への気持ちを確信したあの日。
マスターには既に見抜かれていたのだろうか。
ポーカーフェイスが得意ではない自分のことだ。きっとマスターは俺が自覚するより早く気づいていたのだろう。
「それは本当にありがたく思ってる」
「マスターが聞いたら喜ぶよ」
しばらく雑談を続けた。久しぶりに落ち着いて父親と話すのは楽しかった。話題は尽きなかったが春人は頼みたかったことがあったようだ。
「頼まれてくれるかな?」
「断る理由もないし、いいよ」
春人に頼まれたのは玲さんの結婚式での余興の手伝いだった。手伝いというより出演だ。
一曲演奏するらしくそれにメンバーとして入ってほしいみたいだった。
「父さんと二人でするの?」
「いや、この曲なら……きっと玲も入ってくるはず」
まるで結婚式に関係のないウエディングソングとは言えない曲。
玲さんと春人は昔バンドを組んでいたらしい。その時の思い出のある曲らしい。
「アイツもしばらくギターに触れてないとは思うが、この曲は弾けないはずがない」
ふっと笑いを零しながら春人がどこかに視線を向けた。
「まあ何でもいいよ。その曲なら俺も弾けるし」
「じゃあ一回合わせておこうか」
ドラムスツールに座ってスティックを拾い上げた春人がニヤリと笑った。提案しているが俺が断るとは思ってもいないらしい。もちろん断らないが。
壁にかけてあるベースを下ろしてストラップを通した。春人のベースだ。チューニングと弦高を確かめるように指を弾く。年季は入っているが弾きやすい。
俺の表情を見て察した春人がスティックをカンカンと鳴らした。
ギターはいない。リズム隊だけの演奏。
それでも久しぶりに春人と合わせるのは楽しかった。
演奏が聞こえたのだろう。朱音と月子が扉から覗いていた。
「ごめん。うるさかったかな?」
「聴きに来たのよ」
スティックを一旦置いて春人が声をかけた。謝ってはいたがその声は笑っていて月子も笑っている。
「何を弾いていたのですか?」
「んー。ちょっと待って」
ベースを一旦置いてCDラックを漁る。きっとあるはずだ。わかりやすいジャケットの記憶がある。
「このアルバムの一曲目」
犬だろうか。デフォルメされたそれが描かれたジャケット。
「知らないアーティストです……」
「時人が知ってるのがおかしいんだよ」
春人がくすくすと笑いながらコンポの電源をつけた。朱音からCDを預かって流し始める。ボーカルの声に特徴があってすぐにわかる。
「なんだか不思議で落ち着く感じですね」
「あー落ち着く感じね。わかる」
一曲聴き終わって朱音がポツリと感想を零した。両親ともに深く頷いている。俺と同じく同意しているみたいだ。
「……ところで、どうしてこの曲を?」
「結婚式で父さんと余興で弾くから」
朱音の表情が一気に緩まる。にこにこと音まで伝わってきそうだ。
「楽しみです」
「あー。ありがと」
純度の高い微笑み。朱音のそれにいつまでも慣れない。いつもやられてしまっている。視線を軽く逸らしながら朱音を軽く撫でた。朱音は嬉しそうに更に笑って頭を寄せてくる。
「やはり春人さんの子ね」
「いや、母さんの教育の賜物じゃないかな」
そうだった。両親がいるのをすっかり頭から抜けてしまっていた。
とはいえ今更な気もする。二人の言葉を無視して朱音を撫で続けた。BGMにコンポからさっきのアルバムが流れ続けている。穏やかな曲調と朱音に癒されていく。
「……そういえば、そっちの話は終わったのかい?」
「だいたいね」
月子が朱音を見てニヤリと笑った。
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最近文字数少ないうえに更新できずに申し訳ないです。