第158話 電話をかけて
相変わらず不定期更新になってしまい申し訳ないです。
とても静かだ。
二時間目の授業途中。トイレに行くと教師に伝えて教室から抜け出した。
見つかっても面倒なので人のいなさそうな場所まで移動してポケットからスマホを取り出す。
「はぁ」
メモに残してあった電話番号。画面に写るそれをもう一度確認してため息が出る。
何を言われるのだろうか。そもそもこの電話番号の相手は誰なのだろうか。
躊躇っても仕方ない。
スマホを操作して耳元に寄せる。
『……はい』
何度目のコール音の後に聞こえたのは先日聞いた声だった。
『昨日はお世話になりました。水樹です』
『早速かけてくれたのね。ありがとう』
優しい声色が耳に届く。やはりこの人は朱音の血の繋がった祖母だ。そう思えた。
悪い話ではなかった。その場にしゃがみこむ。
聞くのはよかった。聞けてよかった。だが、なぜ今更こんな話をという疑念がぐるぐると渦巻く。
今の話の通りなら昨日言った言葉は何だったのだろう。
いや、仕方なかったのは伝わったが。口止めされてしまったので朱音には未だ何も言うことはできない。
それでも。それでも何もあんな対応をしなくても。
明らかに朱音は傷ついていた。
仕方ないと言われて理解はできても納得はできなかった。
チャイムが聞こえた。二限は終わってしまったらしい。
そんなに話してはいなかったので、こうして一人で考え込んでいた時間が長かったのか。結果サボってしまった。
握っていたスマホが振動する。メッセージを受信したらしい。
『大丈夫ですか?』
朱音から心配する内容の一件だ。どうやらトイレに行って帰ってこない俺を体調不良かとおもっているみたいだ。
小さく笑って立ち上がる。一先ず教室に戻ろう。
朱音への口止めはされた。だが、俺に出来ることはある。スマホをポケットにしまって歩き出した。
教室に戻ると朱音に怒られた。
説明することもできなかったので面倒でサボったことにした。実際に教師にはサボりととられているだろうし。
「帰ってこなかったので心配しました」
「ごめんって」
「最近はサボってなかったのに」
目を吊り上げて怒りを露にする朱音。どうしようもなく頭を掻く。
「朱音ちゃんにこんなに詰められたら反省するんじゃないかなー」
思わぬところからフォローが飛んできた。以前なら桐島が似たようなことを言って叱っていたが今回は朱音が言っていたためこれ以上言うことはないと判断したのだろうか。
「反省してるって」
「……今度は月子さんに言いつけますから」
「それはやめてくれ」
プンプンと怒る朱音に対して桐島がまあまあと宥めていた。
午前中の残りの授業は座学だ。しっかりと真面目に授業を受けよう。
一日の授業を終えて放課後。今日はバイトがある。
昨日、突然休んでしまったのも謝らないといけない。
「時人くん。お待たせしました」
「大丈夫。じゃあ帰ろうか」
朱音と教室を出ようとしたときだった。
「あーお二人さん、ちょいまちー。一緒に帰ろーぜー」
今日は竜もバイトらしい。駆けつけてきた竜と並んで廊下を歩いた。
「最近さー。これでちょっと勉強してるんさー」
竜がスマホを軽く振った。
「勉強?スマホで?」
「勉強というかー。まあ見てみー?」
そのまま画面をつけて一つのアプリを立ち上げる。
「あー。その勉強ね」
それはゲームだった。
カラカラ笑う竜はそのままスマホを操作して俺たちに見せつける。
「二人もやろーぜー。フレンド募集ー!」
「俺はいいけど」
「……私もやります。勉強です。やってみたかったんです」
アプリの名称を聞いて同じモノをダウンロードする。
「よっしゃー。じゃあこれでこんど対局しよーなー」
「負ける気はしない」
麻雀か。あの夏以来してなかった。そもそも家に卓も牌もない。スマホのゲームという概念すら俺には無かった。ちょっとした息抜きにはいいかもしれない。
「私もルール覚えて一緒に遊びたいです」
「竜もほとんど初心者だから、朱音ならすぐ追いつける」
「おー。長月さんも一緒にしよーぜー。ってか周りが経験者ばっかりだからたすかるー」
俺以外にも桐島、萩原も打てる。それに竜曰く友里もルールは知っているらしい。だから竜には全くの初心者である朱音の参戦が心強いのだろう。
「じゃあフレンド登録だけしておいてなー。おつかれー」
バイトの時間が迫っているのか、要件が済んで竜が走っていった。
「時人くん。教えてくれますか?」
「もちろん構わない。ルール覚えるだけならそんなに難しくもないし」
実際に読み合いともなると経験がモノを言うと思うが、遊ぶだけなら簡単だ。
「楽しみです」
「今日はバイトだから厳しいけど、また時間とってやろうか」
「ありがとうございます」
ニコニコと笑う朱音は楽しそうだ。
「麻雀覚えたら月子さんたちも喜んでもらえるでしょうか」
「そんなの気にしなくていいから。……まあ喜ぶだろうけど」
そう言うと更に朱音が嬉しそうに笑った。
カランカランと喫茶店の扉が音をたてる。
今日一人目の客だ。
そして時間的にも今日最後の客になりそうだ。
つい先ほどまでマスターと話し合っていたので気持ちを切り替える。
ドタキャンしてしまったこともマスターは笑って許してくれた。そもそもマスター一人でも十分まわせる店なのだ。
俺を雇ってくれているのもマスターの優しさでしかない。
あと残り短い今日のシフトもマスターに報いるようにしっかりこなそう。
「ありがとうございました」
コーヒーを飲んで一息ついた客が帰っていった。
「時人くん。少し早いですが今日はもう閉めます。表の看板を下げてきてもらえますか?」
「了解です」
予想通り最後の客となった。閉店作業を手伝いながらマスターのタイミングを伺った。
「あの、マスター。少しいいですか?」
手の空いたタイミングで声をかける。マスターは不思議そうにこちらを見つめた。
「何かありましたか?」
「いえ、少し相談したいことが」
「なんでしょうか?」
「とりあえず来月なんですけど、僕の友人が店に遊びに来たいと」
大須に会いたがっている旨も含めて説明した。マスターはニコニコと笑いながら鷹揚に頷いた。
「それはそれは。楽しみですね」
微笑みながら了承したマスターにありがとうございます。と礼を告げた。
ひとまず予定は定まった。後でみんなに伝えておこう。
そのまま閉店作業を終えて今日のバイトは終了した。
「おつかれさまでした」
「おつかれさまです」
マスターに別れを告げて店から出る。朱音にいまから帰ると連絡を入れる前にスマホを操作して違う人に電話することにした。2コールで繋がったそれに一先ず安堵する。
『時人?珍しいわね』
『母さん。いま話せる?』
幸いバイトも少し早く終わった。母さんと電話で少しばかり話していても朱音に心配はかけないだろう。
色々相談することがある。
面談のことも。……朱音のことも。
一旦呼吸を整えて口を開いた。
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