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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第4章
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第157話 拒絶と行方


家の扉を開けると灯りがついている。その光景も大分見慣れた。

だが、そんな家に朱音と帰ってきたのは初めてだ。

「朱音ちゃん!お帰りなさい!」

「あ、はい。ただいまです」

「……俺には?」

既に家に入っていた月子が俺たちを出迎えた。なんとなくいい匂いがする辺りご飯も作ってくれていたようだ。

「お腹空いているでしょう?手を洗ってきなさい」

晩ご飯はまだだったことを伝えてある。リビングに入ると、月子も久しぶりの振る舞いに張り切っていたのかテーブルに皿が大量に並んでいた。

「多くない?」

「朱音ちゃんの分よ」

「わ、私ですか!?」

いつの間に大食いキャラに転向したのだろうか。月子の中で朱音はよく食べる子らしい。

月子も俺たちを待っていてまだ食べていないようだ。会いに来た理由も気になるが一先ず食事にしてしまおう。

「いただきます」

三人揃って手を合わせた。

久しぶりに母の料理を食べる気がする。ひとまず啜ったお味噌汁も朱音のものと味が違う。

「美味い」

「美味しいですね」

そのまま箸を進めた。どれも……美味しい。

「……どれも時人くんの好きなものですね」

そう。積まれたカラアゲ、ピーマンの肉詰め、出し巻き卵、焼き茄子。どの品もそそられる。

全体的に少し茶色が目立っているが一応サラダもある。

朱音が作る料理だとここまでメインの品が多いときがない。珍しい光景だ。

「朱音ちゃんも時人の好み把握しているのね」

「時人くんわかりやすいですから」

「そうね」

そう言われると少し照れるが好きなものは仕方ない。子どもっぽいと思われようが好きなのは事実だ。

反応するとまた何か言われるので黙々と食べ進めた。だが、色々察していたらしい。

二人からの視線がこそばゆかった。



あれだけたくさん並んでいた料理も無くなって、朱音がお茶を用意していた。

父親の春人は飲み物にこだわりが強いが、月子は何でもいいタイプだ。朱音が差し出したマグカップを嬉しそうに受け取っていた。

「ありがとう朱音ちゃん」

「いえいえ。こちらこそごちそうさまでした」

「……で、何しに来たの?」

このまま朱音と月子がうだうだと話し続けていてもキリがない。

「ちょっとくらいお茶の時間楽しませてくれない?ねー朱音ちゃんもそう思うわよねー?」

「え、えーっと」

思わず朱音も苦笑いだ。

「もう。……今日はね、朱音ちゃんに相談があって来たの」

「私にですか?」

「そうそう。朱音ちゃんも玲君の結婚式に来てくれるんでしょ?」

「はい。お呼ばれしました」

「それでね、当日、あなたたちは制服で来る予定よね?時人はそれでいいんだけど……」

月子がじーっと朱音の全身を上から下まで見回す。

朱音も何を言われるのかわかっておらず?マークを浮かべていた。もちろん俺も。

「朱音ちゃん……ドレス着てみない?」

「え?」

にやりと笑った月子に朱音が戸惑っていた。

ドレス。それがウエディングドレスではないことはわかっている。

学生である俺たちの正装は今着ている制服であることはまちがいない。

特に意識していなかったが、来月の結婚式には俺も朱音も制服で行くつもりだった。

それが月子の持ってきた提案で崩れそうだ。

「折角だもの。朱音ちゃんお洒落しましょう?時人含めて男なんて制服とスーツで十分だけど、こんな機会じゃないとドレスなんて着ないでしょう?というか私が見たいの。朱音ちゃんの可愛い姿を」

段々と早口に捲くし立てる月子に押されっぱなしの朱音が勢いに負けて頷いていた。

もちろん、俺も止めることはしない。俺だって見たいからだ。

「ありがとう!じゃあちょっと作戦会議ね」

そう言って月子が俺を手で追いやる仕草をした。出て行けということらしい。

飲みかけのコップ片手に寝室に入った。ああなった月子は止められない。あまりにも長引きそうなら声をかけにいこう。

それに一人になるならちょうどいい。

ポケットに入れっぱなしのメモを開いた。

そこには電話番号と10:00から11:00と時間指定だけ書いてあった。

明日も学校だが、日を開けるのもよくないだろう。授業を抜け出すか、なんとかして明日電話してみよう。番号をスマホに保存しておく。

リビングからはにぎやかな声が聞こえる。何か盛り上がっているらしい。この様子ならまだまだかかりそうだ。

「シャワー浴びてきていい?」

着替えを準備して返事も待たずに寝室をでた。リビングの二人はやはり楽しそうに月子のタブレットを見ながらはしゃいでいた。

少しゆっくりめにシャワーを浴びる。出てくる頃には終わってるだろうか。なんて期待しながら。



気づけばかなり遅い時間になっていた。

「じゃ、そういうことで。また連絡するわね」

そう言って月子は帰っていった。低く振動するバイクのマフラー音が遠ざかっていく。

「……長かったね」

「ふふふ。時人くん。聞いてください」

「何かあった?」

嬉しそうに笑う朱音が可愛らしい。その頬を撫でながら話を続ける。

「あのですね、来月の結婚式のことなんですけど、月子さんが可愛いドレスをレンタルしてくれて、とっても可愛いんです。……楽しみにしてくれますか?」

「もちろん」

早すぎる返答に更に朱音が笑顔になる。

「よかったです。……似合うか自信がなかったのですが、月子さんが選んでくださったので」

「なんでも似合うよ」

「えへへ。それでですね……面談、月子さんが来てくれることになりました」

「は?いや、それは、朱音はいいの?」

どういう流れでそうなったのか、謎の結果に思わず撫でていた手が止まった。

朱音は問題なさそうに頬を寄せる。

「もんだいないです。むしろ嬉しいです」

「なら……いいけど」

「時人くん、月子さんにお話されてなかったんですね。三者面談があることに驚いてましたよ」

「あー、忘れてた……」

「その件でもまた連絡するとおっしゃってました」

今日は朱音がいたのと時間が遅いのもあって俺にそんなに言わなかったのだろう。後日、色々言われることを思うと少し気が重いが仕方ない。むしろ朱音のおかげで助かったとさえ言える。

さっきまでくすくす笑っていた朱音が真剣な顔になって俺を見つめていた。

「時人くん」

「朱音?」

「抱きしめていいですか?」

「もちろん」

腕を開いて朱音を受け入れる。少し勢いよく飛び込んできた朱音を抱きしめて返した。

「今日はありがとうございました。色々ありました。でも、今はとても幸せな気分です」

「……今日の俺に何かできたとは思ってないけど、それでも朱音の支えになれたなら俺も嬉しい」

すりすりと朱音が頬を胸に寄せる。こころなしか朱音の抱く腕の力も強い気がした。

「月子さんにも気をつかってもらって。時人くんは何でも受け入れてくれて。私はこんなにも……。こんなにも愛されているんですね」

「当たり前」

抱く腕の力を強めた。

朱音が望んでいた家族からの親愛。

俺から与えられるものではないが、月子はそれを満たしていたらしい。月子からの想いを朱音がかみしめている。

しばらくそのまま抱きしめていた。朱音が小さく背中を叩いたので力を弱めるとゆっくりと離れていった。

「……このままだと、寝る時間がなくなってしまいますから。名残惜しいですけど」

「泊まっていく?」

「それだと、本当に眠らずに登校することになりそうなので」

色んな意味を持った朱音の言葉に思わず笑ってしまった。

たしかに今日の俺と朱音なら、寝るのは遅くなってしまいかねない。

「だな」

「ふふふ」

朱音を玄関まで見送る。これからシャワーを浴びて、朱音は寝るのも遅くなりそうだ。

「朱音」

ローファーを履いて帰る間際の朱音の名前を呼んだ。

「時人くん」

笑顔で名前を呼び返す朱音に顔を寄せてキスをした。

「おやすみ」

「はい。おやすみです」

嬉しそうに笑って帰っていった朱音に安心する。

祖母との対面から沈んでしまったあの状況、雰囲気はもうそこまでひきずってはいないようだ。

これ以上、踏み込むのはどうかと思う。

だが、最後のあの文の顔。渡されたメモには意味があるに違いない。

何度か手をグーパーと閉じて開いて覚悟を決めた。



 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ幸いです。


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