第156話 拒絶と行方
少し短いです
日は沈みかけている。
綺麗なオレンジ色が差す空の下、朱音と並んで歩いていた。
来るときは乗ってきた電車。だが、急いで帰らないといけない理由もない。
「一駅分だし、歩いて帰らない?」
そう朱音に問いかけると、やや控えめに朱音が頷いた。
空気は重たい。手は繋いで並んでいるものの朱音と距離を感じてしまう。
もちろんその理由もわかっている。だからこそ少しでも気を紛らわすことができれば、と歩いているのだ。
「少し、疲れました」
朱音が呟いたのは体力面でのことではないだろう。ふと朱音越しに公園が見えた。
「ちょっと寄ってかない?」
「……はい」
手を引いてアピールすると少し微笑みながら朱音が着いてくる。
きゃっきゃと遊具ではしゃいでいる児童。ゆっくり公園内を散歩している老夫婦。様々な日常がそこにはあった。
朱音を連れて公園のベンチに腰掛けた。
「朱音、大丈夫?」
「ちょっと堪えました」
「……ごめん。力になれないどころか、踏み込みすぎたかもしれない」
「それは違います!」
朱音の声量に近くで遊んでいた子どもがこちらを振り返った。
「時人くんがいなかったら……、私はきっと来ることもできなかったです」
俺の制服の裾を摘みながら朱音が呟く。
「でも、結局朱音が傷ついて……」
「これでよかったんですよ。そもそも勘違いだったんです。……もしかしたら普通に距離を詰めることができるなんて」
こちらを見上げて弱々しく微笑んだ朱音を見てられなかった。思わず抱きしめて朱音の頭を撫でる。
なんて言えばよかったのだろう。
傷ついた朱音にかける言葉がわからない。
「ありがとうございます。私には時人くんがいてくれたら。それでいいんです。それだけで満足です。それ以上望むなんて……私には……」
朱音もゆっくりと俺の背に腕を回す。リュック越しに朱音の力を感じた。
朱音が望むそれ以上のもの。それは俺だけでは与えられない。今の俺には難しい。
あの祖母からの家族の愛。
朱音にとっての残り少ない血のつながりのある家族。
それからの親愛を、俺には与えられない。
いまだかける言葉は見つからなかった。
「あの、時人くん、スマホ。鳴ってます」
ある意味助かったのかもしれない。ポケットから取り出す。
「母さん?……朱音。ちょっとごめん」
「はい。大丈夫です」
朱音から離れて耳にスマホを寄せる。
『時人?今どこにいるの?』
『ちょっと……出かけてた』
『朱音ちゃんと?』
『まあ、うん』
そう言うと月子は明らかにテンションが上がっていた。楽しそうね。なんて笑っている。おそらくデートか何かと勘違いしているのだろう。
『じゃあまだ帰らない?』
『……いや、もう帰ろうとしてるよ』
『わかったわ。時人の家で待ってるから』
『は?』
むなしくもスマホから聞こえるのはツーツーという通話が切れた音。
「月子さん、何かあったんですか?」
「いや、なんか家で待ってるらしい」
「急ですね。月子さんらしいです」
朱音がくすくすと笑う。
「ごめん。もう少しゆっくりしたかったけど」
「いえいえ。助かりました」
気分転換にはなったのだろうか。公園に入る前より表情は明るかった。
てーんてーん。とボールが跳ねてくる。
近くの子どもが蹴ったものらしい。それを受け止めて手を振る彼らの元に投げ返した。ありがとうございます。と叫ぶ声に手をあげて返す。
「じゃ、帰ろうか」
そのときお腹がくうと鳴った。普段ならもう夕食は済ましている時間だ。腹時計は素直に正確だった。
「はい。お腹も空きましたしね」
またも朱音がくすくすと笑って立ち上がろうとする。そんな朱音に手を伸ばして立ち上がる助けをした。
「今日の晩ご飯の予定は?」
「何時になるのか予想もついてなかったので、簡単に丼にしようかと思って炊飯器だけ予約してあります」
「いいね。親子丼?」
「……帰ってからのお楽しみということで」
「楽しみだな」
指を絡めて朱音と歩き出す。
ボール遊びをしていた男の子たちの近くを通るときに、ひゅーひゅーと囃し立てられた。
「俺の彼女。かわいいだろ?自慢なんだ」
「と、時人くん!?」
声をかけられると思ってなかったらしい彼らがびっくりしていた。それ以上に朱音も。
そんな反応が可愛かったので笑ってしまう。
正しく気分転換にはなったみたいでよかった。
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