第15話 最初の晩ごはん
自分の家で他人が料理をしている。その状況に違和感を覚え、どこか落ち着かない。リビングのソファーで彼女の動きを眺める。
一旦着替えに戻った彼女は今日は黒のパーカを着ている。キッチンに立って白いエプロンをつけていた。シンプルな装いではあるが美人だと何でも着こなしてしまうらしい。むしろそのシンプルさが良く似合っていた。
自分すら忘れていたがこの家に炊飯器なんてあったらしい。彼女は米を研ぐことから始めている。
「あー、なにか手伝おうか?」
「いいです。私の仕事なので。……というか水樹くん手伝えるのですか?」
手伝いの申し出にこちらに背を向けたまま返事が返ってきた。テキパキと止まることなく動く彼女を見て手際のよさを改めて実感した。
「……皿洗いくらいなら。」
「ですよね。私一人のほうが楽ですし早そうなのでまたの機会にお願いします。」
クスクス笑いながら返事をされた。どうやら機嫌はいいらしい。
材料切るくらいならできるとは思うが正直邪魔になりそうだ。諦めて様子見を続ける。メインであるしょうが焼きのほかに数品作っているようで買った覚えのないようなものもキッチンに並んでいる。どうやら作り置きか何かを持ってきたようだ。見ているとお腹がすいてきた。晩御飯が楽しみだ。
「水樹くん、できましたが、もう食べられそうですか?おなかすいてますか?」
すこしウトウトしているうちに完成したらしい。彼女に肩を叩かれてテーブルの上に並んでいるのに気づいた。とても美味しそうだ。
「食べる。おなかすいた。」
そういうと彼女はお椀を取り出して鍋に向かった。お味噌汁だろうか。
テーブルの上にはいい色に焼けたしょうが焼きと細く刻まれたキャベツが並んでいる。その隣の筑前煮はよく味が染みてそうだ。小皿に入った野菜多めのマカロニサラダがバランスも考えられていてうれしい。
「水樹くん、ご飯はどれくらい食べます?」
お椀を二つ、テーブルに置いて彼女が問う。なんというかここまでつくされてしまうとすごく照れる。
「ご飯くらいは俺がよそうよ。長月は普通くらいでいい?」
「ありがとうございます。おねがいします。」
照れ隠しにお茶碗を取り出して炊飯器に向かう。開けると炊き立てのお米がつやつやと輝いていた。炊き具合も完璧だ。2つのお茶碗によそってテーブルに向かう。
「どれも美味しそう。長月すごいな。」
小さめの長テーブルなので隣り合わせに椅子に座る。隣の彼女はどこか自慢げだ。
「今日はそこまで凝ったものは作ってないですよ。筑前煮は昨日作ったものですし。」
「いや十分すぎる。早く食べよう。」
手を合わせていただきますと口に出した後箸を手に持つ。
まずお味噌汁を一口啜った。出汁のやさしさが一気に口に広がる。美味しい。
「味薄くないですか?」
「ちょうどいいよ。とても美味しい。」
「良かったです。」
こちらの反応を見てたようで感想をきくとようやく彼女も食べ始めた。
どの料理も味が濃すぎることなく、ちょうど良い塩梅でどれも美味しい。あまりにも箸が進むので、つい勢いよく食べ進めてしまう。彼女が食べ終わるまで時間が生じそうになったので慌ててペースを調整した。
「ご馳走様です。一日目からこんな豪華なんて思ってなかった。どれも美味しかった。」
「お粗末さまでした。……水樹くんの舌にあったようでなによりです。」
感想を告げると彼女は笑顔でとても満足げだ。作るのは任せていたので皿洗いくらいせねばと食器を下げようとすると止められた。どうやら片づけまで彼女がやる気らしい。
「なんかここまでさせて悪いな。」
「私が食事の面倒を見る約束ですから。……この後楽しみにしてますよ。」
ハードルをあげられた気がする。……とはいえこの食事の満足感を失うのは惜しい。契約を切られないようにしないといけないな。そう思って彼女に見えないようにため息をついた。
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