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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第4章
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第153話 覚悟の電話


俺と朱音は危機に瀕していた。

「朱音は……どうする?」

「……私は……」

俺と。と言ったが実際のところ俺には大きな問題はない。少し面倒だというくらいだ。

だが、朱音は違う。目の前の朱音は動揺している。

「やはり、早めに会いに行くべきではないかと……思います。こういうのは口頭で伝えるべきですから」

「だよなあ」

朝のホームルーム。担任の三井が配ったプリントには三者面談のお知らせと書かれていた。

保護者の予定を聞いて希望日を提出するように促して三井は教室から去る。

俺と同じように面倒だと感じたのか、それとも普段の生活態度が怪しいのか、様々な理由で教室のあちこちからため息が聞こえた。

隣の席にいる朱音に視線をやるといまだプリントを険しい目つきで見ている。

「今日にでも連絡とってみようか。早いほうがいいだろうし」

「そうですね。そうしてみます」

「……朱音が望んだんだ。俺も行くから」

「ありがとうございます。……お願いしますね」

にこりと笑った朱音に俺も微笑みを返す。

俺は俺で久々に親に連絡をとる必要がある。

……朱音が伝えてくれないかな。面倒だな。

朱音には悪いが心底そう思った。



「あのさ、来月のこの辺の週末暇?」

「おー珍しいな。いまはまだバイトのシフトも出してないから大丈夫だと思うぜー」

朱音が作ってくれたお弁当を食べながら話を進める。

「奈々は部活だよねー?私は大丈夫だよー?」

「そうね。だから私は無理ね」

玉子焼きが美味しい。ネギがいいアクセントだ。

桐島と竜は問題ないらしい。朱音は嬉しそうにお弁当を食べ進めている。

「大須と遊ぼうって話しになってて。折角だから竜にも会わせたいからさ」

「おー。まじか。それは会っておきたいなー」

「会いたいー。私も楽しみー」

今この場にいない友里には後で聞くとしてこの二人は確定みたいだ。

大須は喜んでくれるだろうか。

「じゃあ空けておいて」

「かしこまー」

竜の抜けた返事に空笑いする。

昼休みの食堂。賑やかなその場で朱音は微笑んでいた。

「さっきから朱音は何笑っているの?」

「時人くんが美味しそうに食べてくれているので。つい」

「あー。うん。美味しいよ。今日もありがとう」

「えへへ。ありがとうございます」

「……おなかいっぱいね。あいかわらず」

「仲がいいのはいいことだよー。私も嬉しいしー」

竜が笑いながら肩を叩いてきた。相変わらず少し痛かった。



いつもなら朱音と楽器を弾いていた時間。

ソファでなく普段食事をとっている椅子に座って朱音は畏まっている。

テーブルには三者面談のプリントとスマホ。

「……では、かけますので」

近くにいてください。そう言われてしまえば離れる余地もない。

聞かれて困る内容ではないが、朱音が祖父母、どちらかと話すのを聞くことになる。

その会話から俺だって色々察してしまうかもしれない。

今日までの……わだかまりとか。

それでも朱音が傍にいてほしいと思っているのだ。朱音も不安が強いのだろう。

スマホを耳元に当てて朱音は俺を見ていた。

『……あ、あの。長月朱音です』

繋がったらしいスマホに朱音がたどたどしく声を発した。



「緊張しました……」

「お疲れ様」

ふしゅー。と煙をあげていそうな朱音が眼鏡を外して机に伏している。

軽く頭を撫でてキッチンに立った。

かなり緊張していたのだろう。話しながらこくこくと飲んでいたため朱音のマグカップは既に空っぽだ。

「ミルク入れる?」

「お願いします」

朱音は色々と飲み方が気分によって変わる。俺なら毎回何も入れない。面倒というのもあるが。

今日の気分はミルクティーだろうな。と思って声をかけると正解だったようだ。

ポットを温めて少し濃い目に紅茶を蒸す。ふわりと紅茶の香りがたった。

「お待たせ」

「ありがとうございます」

新しいマグを朱音の手元に置く。ようやく顔をあげた朱音がマグを手にした。

「美味しいです……。染みますね」

「がんばったな」

電話を横で聞いていてそう感じた。

これが本当に家族の会話なのだろうか。と思うほど淡々としていた。

時折朱音が話そうとしたのだろう。普段の生活ぶりを伝えようとしても反応は薄そうだった。眉を下げたその表情にこちらまで苦しくなる。

ゆっくりとマグを傾けながら飲んでいる朱音に手を伸ばした。サラサラと流れる髪を手にする。

「あの、勝手に決めてしまって、しかも急なんですけど大丈夫ですか?」

「いいよ」

向こうが早速明日を指定してきたのだ。朱音はそれを受け入れた。

バイトのシフトは入っていた。だが、後でマスターに連絡さえ入れておけば問題はそうない。これまでの勤務態度もそうだが、マスターにも言われている。いつでも来たいときに来て休みたければ連絡さえくれれば問題ないと。

朱音が俺を必要としているだけで俺の行動力になる。

明日の放課後、帰らずそのまま向かうことが決まった。

「……あのさ、朱音。三者面談の相談しに行くのはいいんだけど……」

「はい?」

「それなら、進路のことも聞かれると思うんだけど……。考えが決まったの?」

「あ、まだでした……」

考えていなかったというわけではないだろう。ただそれよりも祖父母に相談しないといけないという緊張も強かったのだろう。

「どうしましょう。時人くん」

緊張が解けていた朱音は一転してあわあわしている。

「まだ決めかねている。それでいいんじゃない?まだ高校一年だし、進学にしろそれ以外にしても猶予というか時間はまだあるし。勉強に手を抜いているわけでもないから」

「……その内容で大丈夫でしょうか……」

「それはわからないけど。だけど、それを否定させないよ」

「では、頼りにしてますね」

朱音がにこりと笑ってミルクティーを飲んだ。温まったのか朱音の頬は少し赤かった。




ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ幸いです。



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