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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第3章
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第148話 進路について


少し短いです。




お昼ごはんのリクエストはまだ継続していたみたいだ。朱音がコトコトと鍋で作っていたのは肉じゃがらしい。お袋の味と名高いそれは朱音の得意料理の一つだ。

「もうすぐできますよ」

「いい匂いしてる。おなかすいた」

キッチンで朱音がばたばたとしている。メインの肉じゃがと副菜として色々準備していたみたいだ。

配膳を始めた朱音に従って手伝う。

きぬさやの緑が鮮やかなにくじゃが。まだ蓋を開けてはいないがおそらくこれは茶碗蒸しだろう。いつものピーマンとニンジンのきんぴら。今日のお味噌汁はわかめとたまねぎと豆腐だ。

和で統一された今日の夜ご飯。見るだけで美味しいことがわかる。

「時人くん、納豆ありますよ」

「もらおうかな」

パックの納豆とタマゴを取り出した朱音が殻をつかって器用に黄身だけ追加していた。

白身はまた別で使うようだ。椀に残したそれをラップしてから冷蔵庫にしまっている。

納豆も準備し終えて晩ご飯は揃った。

「いただきます」

「めしあがれ。です」

にこにこ見守る朱音の前で肉じゃがに箸を伸ばす。糸こんにゃくが伸びて零れそうになったので急いで口に運んだ。甘い味付けが広がる。

「美味しいよ」

「よかったです」

いつものように朱音が食べ始めた。今日の肉じゃがも本人納得の出来らしい。一口つまんで満足そうにしている。

茶碗蒸しの蓋を開けるとふわりと湯気が昇ってタマゴと出汁の香りが鼻に届いた。

小さめの茶碗蒸しのスプーンで一口。プルりと揺れる朱音手作りのそれを慎重に口に運んだ。ふわふわと口の中で崩れる。

「茶碗蒸しって作れるんだ。これ美味しい」

「簡単ですよ?気に入ってもらえてよかったです」

くすくす笑う朱音は自慢げだ。こんなサイズのスプーンは確実に俺の家に無かった。朱音が家から持ってきたのだろうか。俺と朱音と二人分揃っているのをみるに買い足した可能性もある。

朱音の趣味にあう食器も段々この家に増えてきている。なんなら俺が一人暮らしで使っていた頃の二倍近くまで食器が増えた。その事実がとても嬉しい。

朱音と小さな会話をしながら夜ご飯を食べ進めた。納豆の糸がなかなか切れずに箸を伸ばしていた朱音が可愛かった。



「ふわぁ……」

温かいお茶を飲むと深い息とともに声が漏れ出る。これはきっと万人共通だろう。

「落ち着きますねぇ……」

朱音と優雅にお茶を楽しむ。

昼のご飯が早かったのもあって晩ご飯もいつもより少しだけ早い。文化祭終わりの休日というのもあって課題も出ていない。このお茶の時間もたっぷり楽しめるだろう。

だから、話をする時間もたくさんある。

「朱音さ……」

「?なにかありましたか?」

「進路って決めてる?」

「進路ですか……」

隣に座る朱音は緩んでいた表情を引き締めた。

「……時人くんは決まっているんですか?」

「まだなんとも。進学するのかも決めてない」

現代の学歴社会では大学進学することが当たり前な風潮がある。もちろん時間、知識、金銭面の余裕があるなら行くのがいいと思ってはいる。

「そうなんですね……。私は……就職しようと思っています」

「決めてたんだ」

「そうですね。決めていたというよりそうするしかないですし」

諦めたように朱音が笑ってそういった。実際諦めているのだろう。そうするしかないの台詞からそれも伝わる。

「そうするしかないって?」

「え?……いまはお父さんのお金と受け継いだもので生活できてますけど、さすがに大学の学費は余裕があまりないですから」

「……奨学金とか視野には入れてないのか?」

「そこまでして学びたいことも無いですから。それよりは就職かなって」

ようやくわかった。春人の言っていた朱音は選べるはずのものも選ばないという意味を。

おそらく学びたいことも無いという言葉にも嘘はないだろう。

だが、もし朱音が平穏な生活を続けていたなら。もし家族と幸せに暮らしていたなら。

きっと大学進学するだろう。学力にも問題はない。

「言っちゃなんだけど、学びたいことを学ぶために大学進学する人の方が少ないと思う。なんていうか社会人までの猶予?モラトリアム的な」

「それもわかりますけど……。その猶予は私にとって今なのだと思ってます。アルバイトもせずこうして時人くんと楽しく過ごして……」

朱音は唐突に俺の手を握り締めた。

「この先も時人くんといられるなら。私はそれ以上を望まないです。むしろそれだけあればいいんです」

まるで朱音の言い方はこれ以上の幸せを望んではいけないみたいだ。

もちろん朱音の言うとおり資金面でも問題はあるのだろう。だが、奨学金や他にも方法はあるはずだ。

「もちろん俺だって朱音のそばを離れる気はないよ。ずっと隣にいる。……でも、朱音がもし何か他に望んでいるなら、なんと言うか挑戦してほしいとは思ってるから」

「挑戦ですか?」

「うん。朱音と勉強は相性悪くないし、この先学びたいことを見つけられるかもしれない。それを最初から諦めないでほしい。考えた結果大学にいかないとかならいいと思う」

「……。時人くんは……。わかりました。一度考えてみます」

朱音の意思が動いたかはわからない。でも、俺の気持ちは伝わったはず。

俺自身ももう一度ちゃんと考えてみよう。

これからどうしたいのか。進むべき道は。

何をして生きていくのか。

どうすれば、朱音と幸せに暮らしていけるのか。

「あの、……進路というか、これからについての話でちょうど話したいことがあったんです」

「何?」

「……近いうちに、祖父母のもとに顔を出そうと考えています」

朱音が覚悟を決めた顔でそう言った。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ幸いです。



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