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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第3章
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第143話 後夜祭

いつもと同じ帰り道。

周りを歩く生徒たちもどこか浮き足立っている。この後の打ち上げ等が楽しみなのだろうか。

変わらず俺の左腕にいる朱音は止まることなく話しつづけている。

「来年は時人くんとバンドとして出ませんか?」

「と?俺と朱音でってこと?」

「ですね」

「んー。まあ考えておく」

「それは乗り気じゃないやつですね」

くすくすと笑う朱音には見抜かれているみたいだ。

「断られると思ったのですが、考えてもらえるだけ勝ちましたね」

「それって勝ち?」

「価値ありました」

「……おー。よかったな」

価値と勝ちをかけたらしい。それでも俺の反応が悪かったのか悔しげだ。

むむむと不満げにこちらを見上げている。朱音が抱いている俺の腕がより力が入った。ぎゅっとされるとより朱音の体温と柔らかさを強く感じる。

「朱音は舞台で演奏したいの?」

「……時人くんと一緒なら」

「あー。うん。ありがとう?」

朱音が小さく何か呟く。

「ごめん、なんて?」

「ミスコンも時人くんと一緒に出たかったです」

「それは……」

「ごめんなさい。今のは違うんです」

「謝らなくても」

俺が出るとなったなら色々あるだろう。こう、色んな方面から批判というか否定的な声が。

言葉選びにも間違ったかもしれない。俺の返事に朱音も少し沈んでしまった。何とか空気を変えたい。

その後の衝撃で忘れてしまっていた。制服のポケットに入れたままのアレ。

「朱音、コレ」

今の朱音のリュックについていない朝まであった朱色のシーグラスのストラップ。

「え、時人くん。見つけてくれたんですか!?」

「あーうん。そう」

実際には取られていたものを取り返したぐらいの気持ちだが朱音の笑顔に頷いておく。

「つけてくれますか?」

「任せて」

ニコリと笑って腕から離れ背中を向ける。リュックに揺れるジッパーの部分。かつて着いていた場所。

もう一度その場所に括りつける。今度は落ちないように。

「できたよ」

「ありがとうございます!嬉しいです!」

よかった。と呟いて嬉しそうに笑いながら再び俺の腕に抱きつく。

「そう言えばどこで見つけたんですか?」

「あー俺じゃなくて見つけた人が知らせてくれて」

「そうだったんですね。どちらにせよありがとうございます」

嘘は言ってないのでとりあえずよしとしよう。

「時人くんとおそろいですから」

「俺も見つかって嬉しい」

「えへへ。時人くん」

「朱音」

にこにこと笑う朱音がとても可愛い。今の密着度合いと合わせて本当に俺を想ってくれているのが伝わる。

「大好きです」

「俺もだよ」

その後もしばらく朱音は愛を囁き続けた。そして朱音が離れることもなかった。



汗を流すため帰ってきてすぐにシャワーを浴びている。朱音も一旦部屋に戻っていった。

熱い湯が体を流れていく。もうすぐシャンプーがなくなりそうだ。買い置きがあるから問題はないが買うことを覚えておかないと。

朱音が使うこともあるので減るスピードは早くなった。女性らしくこだわりがあるみたいだが俺の使っているこれでも問題はないみたいだ。

目を閉じて髪を泡立てる。しゃかしゃかと洗いながら今日のことを思っていた。

トラブルがあった後からか朱音がより密着するようになっていた。

そう感じるのは気のせいじゃないはず。きっと朱音はそうしてないといけなかったんだろう。それは不安からか、それとも。

帰り道の会話も少し気にかかる。俺が言い淀んだとき朱音はすぐに謝ってしまった。

あの場面、いつもの朱音ならああは言わないと思う。

きっといつもなら俺を肯定するようなことを言っただろう。時人くんならとか、そんな感じの言葉をつむいだ筈。

シャワーで泡を流す。閉じていた瞼を開いて体に残ったシャンプーを流した。そのままコンディショナーをして体も洗って早々と浴室から出た。

バスタオルで水気を取ってヘアオイルを使う。朱音もいい香りだったと言ってくれたし少しはいい気持ちになってほしい。

ドライヤーで乾かすとふわりと脱衣所に香りが広がる。やはりいい匂いだ。

浴室からの熱がこもるので下だけ着て空調が効いているリビングに戻る。

「あれ、朱音?」

早くももう朱音は来ていた。シャンプーの匂いもするので朱音も汗を流してきたらしい。その割にはかなり早い。特別急いだつもりはないが俺は風呂にかける時間は短い方だ。それでも朱音のほうが早かったとは思いもしなかった。

「おかえりなさい時人くん」

「ただいま。……朱音もおかえり」

「はい。ただいまです」

にこりと微笑んだ朱音にグラスに入った麦茶を差し出される。よく冷えたそれはまさに今ほしいものだった。

「ありがとう」

「いえいえ。……ご飯、まだいいんですよね?」

「あー、うん。朱音もまだ大丈夫?」

「はい。時人くんがいっしょがいいです」

そう言って朱音もグラスを一つ持ちながらソファに座る。

麦茶も飲んで熱気も少しは落ち着いたので部屋着のTシャツを着た。その間朱音はずっとこちらを見ていた。

「時人くん、少し痩せました?」

「そんなことないと思うけど」

「……本当ですか?」

そう言って朱音が立ち上がり近づいてきた。

「朱音?」

目の前で俯きながら止まった朱音は徐に俺のTシャツの裾を掴む。

「あー、朱音?」

こちらの顔を見上げた朱音の眉は少し下がっていた。

段々と顔が近づく。そんな朱音を受け入れながらキスをした。

そのまま朱音が何度も名前を呼んで、何度も唇を寄せる。

「時人くん……」

涙目で物欲しげに俺を望んでいる。そんな朱音は欲望の望むままに俺を寝室に促した。

「お願いです、時人くん。今日は激しくしてください」

「激しくって」

「痛くてもいいから。時人くんを私に刻み付けて」

震える唇が朱音の意思を示す。そこまで言われて何もしないわけもない。

着たばかりのTシャツを脱ぎ捨てて朱音をベッドに押し倒す。いつもより雑に服を脱ぎ捨てて朱音を見つめた。

「……好きです。時人くん」

「俺もだよ。好きだ朱音。朱音が欲しい」

お互いの風呂上りのいい香りが残っていた寝室も、違う匂いに変わっていく。

この部屋が防音室でよかった。と頭の片隅で一瞬思った。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ幸いです。



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