第142話 文化祭は終わる
ぐいぐいと体を揺すられる。案外力強いそれに成長を感じた。
「えー、時兄ぃも一緒に帰るんじゃないのー!?」
一般客の退場を促す校内放送を聴いて大須に帰る際のことを説明した。
両親は校門近くで待っているらしい。先ほどその旨の連絡が届いた。
「……悪いな。大須。ほら俺たちはこの後も片付けとかしないといけなくなってさ」
隣の朱音も少し驚いた表情をしている。先に説明できればよかったが。
朱音は何か察したのか口を挟むことはなかった。ただ俺と大須の成り行きを眺めている。
「むー。……折角いっしょに晩ご飯も食べられると思ったのに」
「いや、そもそもお腹空いてないって」
三人で巡り歩いた結果、夕方現在の今でもお腹は満たされている。
大須ならまだ食べられるかもしれないが俺たちはしばらく無理そうだ。
「今日だって朱音ちゃんが誘ってくれなかったら知らなかった」
「あー。うん。それに関しては俺は誰も誘う気もなかったし」
「春人おじちゃんも?」
「そうだな。俺の父さんも呼ぶ気はなかった」
そもそも接客も何もしていないのだ。呼んだところで見せるようなものもない。
ごねる大須を引きずるように校内を移動する。帰る人の群れの流れに乗るように校門まで向かった。
「あー時人。こっちこっち」
目立つ金髪が手を振る。友達である竜がやるならまだしも、母親の全力の腕ブンブンは恥ずかしさが強い。
「そんなにしなくても見えてるから」
「……反抗期ね。家にいた頃はもっと素直で可愛かったのに」
「違うから」
「ところで時人はソレでここまで来たのかい?」
春人が手で指したのは俺の左腕。朱音が未だ抱きつくように抱えている俺の片腕。
「もちろん」
「やっぱり時人は春人さんの息子ね」
朱音が離れたがらない。だからコレは仕方ない。
そう心の中で言い訳をしておく。
俺から離れる気もなかったが。
「……とりあえず大須は頼んだ」
「時兄ぃも後から来るの?」
「あーどうだろ。もしかしたらクラスの人と打ち上げ的なのあるかもしれない」
もちろんない。
正確には参加しない。あるのは知っていたし、桐島から参加しないのかと詰められたが断った。
だが嘘ではない。この後朱音と過ごすのはある意味今日の打ち上げも兼ねている。
「むー。嘘だー。朝はそんなこと言ってなかったもん」
「嘘じゃないって。言わなかっただけだろ?」
わかりやすく頬を膨らませる大須。
目立ちやすい朱音と両親。そこにごねる大須とあって校門付近から視線を集めていた。
「……大須くん。今度は時人くんに遊びに連れていってもらいましょう?私が誘わせますから。それで今日は許してもらえませんか?」
「……わかった。絶対だよ?」
まだ拗ねている顔だがゆっくりと俺から離れた。
軽く息を吐いてからしゃがんで大須と顔を合わせる。
「そうだな。いつも大須からだったもんな。俺から遊びに誘うよ」
くしゃくしゃと大須の髪を撫でる。
くすぐったそうにしていたがもう拗ねてはいないようだ。
「時人、後で連絡……。いや、明日の昼頃電話するよ」
「何?あらたまって……。まあ、はい。待ってます」
春人が手を振りながらそう言って歩き出した。
「朱音ちゃん、またね。……また時人抜きで会いましょう?」
「またね!時兄ぃ!朱音ちゃん!お誘い待ってるからね!」
春人の後を追うように二人も去っていった。しばらくその背中を見ていた。
「時人くん打ち上げ。行くんですか?」
「行くというかこの後俺の家でするだろ?朱音と」
「……はい。もちろんです」
朱音は嬉しそうに笑った。
「ところで朱音。もしかして母さんとアレ以来でも会ってた?」
「……。教室に戻りますよ。時人くん」
わかりやすく視線を逸らした朱音に苦笑いする。いったいいつの間に。
母親と親しくしてくれるのは嬉しい。けど、ここまで親しくしていたとは。
右手で軽く頭を掻いてから教室に戻った。
この後は点呼だけとって諸注意の後、解散のはずだ。
「マスター。大須くん連れてきたよ」
相変わらずの人の入りだ。マスターの道楽も兼ねているこの店はいつ来ても人で溢れることはない。昔からだ。
「ありがとうございます。久しぶりですね春人くん、月子さんも」
視界の端の方でぺこりと金髪が揺れたのが見えた。マスターが示したカウンター近くのテーブルに腰掛ける。大須くんも同じテーブルに着いた。
「おじいちゃん!聞いて!時兄ぃね!友達いっぱいだった!」
「おかえりなさい。大須」
マスターが出す水とおしぼりで一息吐く。とりあえずコーヒーと大須くんの分のジュースを注文した。準備のためにカウンターに戻るマスターに大須くんが今日の感想を話し続ける。
「……でね、最後、時兄ぃも朱音ちゃんも一緒に帰ってくれなかったんだ」
「おふたりもまだ片付けなど仕事が残っていたのではないですか?」
「うん。二人ともそう言ってた。でもね、朝ねママにね、店に連れて帰るって言ってたから一緒に帰れると思ってた」
「それはそれは。今度会ったとき問い詰めてあげましょうか」
未だ少し拗ねていた大須くんにマスターが優しく笑っていた。
自分の提案を時人は受け入れた側だ。あまり責められても可哀想だがあの子ならなんとかするだろう。大須くんも拗ねているとはいえ仕方ないとも思っていそうだ。
「そういえば春人君。先日、玲くんが遊びに来てくれましたよ」
飲み物が出来上がったようでマスターがテーブルに並べていく。そのタイミングで話を変えるようにマスターがきりだした。
「玲?アイツ帰ってきてたのか。……何か言ってました?」
「いい加減に腹を括ったようですよ」
「ようやくですか……。ってそれなら先にこっちに連絡入れません?相変わらずみたいですね」
「昔からそういう人だったじゃないですか。玲くんが何かするときは春人くんには知らせず、春人君がやきもきしているのを楽しむ悪い癖ですね」
近くの席にマスターも腰をかけた。自分たち以外に客はいない。ゆっくり話をする気は満々みたいだ。
「玲くんってだれ?」
「僕のお友達だよ。昔からのね」
「春人おじちゃんの友達かー」
何に納得したのか、なるほどー。と言いながらオレンジジュースを飲む大須くんを見て月子も笑っていた。
「玲くんはちょうど時人くんがバイト中に来ました。とても気に入ってましたよ」
「玲のことですから、さも初対面かのように振舞ったんでしょう?」
「はじめましてとは言ってませんでしたね」
マスターはくっくと笑いを漏らした。
まあほとんど初対面と言ってもいいかもしれない。時人を玲に会わせたのは大分昔のことだ。まだ言葉も発せない頃。その頃に玲は時人に会いに来てくれた。
そしてそれから僕とも会っていない。
こうしてマスターの前に姿を現したということは近々会うことになるだろう。というかこちらから連絡をとろうとおもう。
時人か。
朱音さんと二人にした方がいいと思ったがうまくやっているだろうか。
何があったか詳しくは聞いていないが何かトラブルがあったみたいで彼女も落ち込んでいた。
解散した頃はそれなりに振舞ってはいたが、あんなに時人とくっついていて。
まるで、時人から離れることの方が不安とでも言いたげだった。
隣の部屋でそれぞれ一人暮らししていることは聞いている。もしかしたら今夜連絡するのはタイミングが悪いかもしれないと明日にまわしたが……。
あの時人があんなに心を許す人を作るとは。
知らないうちに成長しているものなんだな。少し寂しくなるが誇らしい。
……とはいえ実家を出て一人暮らしをはじめたのはこの春。さすがに時人が成長するのがはやすぎる。
思わず苦笑いが漏れ出て月子が不思議そうにこちらを見ていた。
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