第141話 換気
久々の更新です。
朱音は本当に俺の両親のことを招待していたようだ。
目の前で見るまで冗談だと思っていた。その間俺も連絡をとっていなかったので知りようもなかったがこれは俺が悪いのだろうか。
目の前で朱音が月子に撫で回されている。朱音も受け入れているのでしばらくは様子見だ。
「大変だったみたいだね」
「……朱音が。な」
父親の言葉が身に染みる。今、朱音は楽しそうに笑っているが、心のうちはどうなんだろうか。
俺と話して、泣いて。いくらかの気は晴れたと思う。
ところで父さんはどこまで聞いたのだろうか。というか母さんも教室に飛び込んできたあたり知っていそうだ。
内情を知っていたのはあの二人、桐島と萩原だけだが。
……そういえば夏に父さんが家に来たとき、朱音だけでなく竜と萩原もいた。お互いに覚えていたのだろうか。
「この後文化祭が終わったら、大須くんをマスターの店に連れて行くのは父さんが引き受けようか?朱音さんと二人の時間が、二人きりの時間が必要だろう?」
さっきまでも二人きりではあったが文化祭の中の教室。静かな空間のわけもない。
大須を店まで送ることは決めていたので自分でなく父が送ることになったと連絡さえ入れておけば問題はないだろう。大須は俺たちといたがるかもしれないが。
「じゃあ、頼みます」
「どちらにせよマスターの元に顔を出す予定だったからね。気にしなくていいよ」
そう決めたならせめて解散するまでは大須にかまってやりたい。
その大須は女性陣に混じってはしゃいでいる。
「大須、俺たちのクラスの縁日は楽しんだか?」
「あ!時兄ぃに自慢しようと思ってたんだ!コレ!」
大須が差し出したのは綺麗な水色の水風船。どうやら自分で釣ったコレを自慢したいようだ。
「すごいな。釣るの難しかっただろ」
「うん。でも何回もさせてもらえたから」
楽しかった。と笑う大須。一人にしてしまったのもあって寂しさを見せるかと思ったがそんなことはないようだ。
「大須くん大人気だったみたいだよー。ナガちが言ってたー」
会話を聞いていた桐島が入ってくる。ナガち。永田さんのことだろう。
大人気と聞いて大須も少し照れている。こういうところは年相応で可愛らしい。
「そうだね。僕たちが着いたときも親しそうに会話していたよ」
父さんたちは大須が来る事は先に聞いていたらしい。だが、近くに俺も朱音もいないので驚いたようだった。
だが、大須はその時点で友里や永田と親しくしていたみたいだ。
「時兄ぃの友達だからね。みんな優しい」
「……どういう理屈なんだそれは」
ニタアと笑う大須に視線を合わせて睨むとさらにニタニタ笑いが加速していた。
何か言ってやろうと口を開きかけた瞬間に背中に衝撃を感じる。その柔らかな温かさは朱音が飛び込んできたようだ。
「朱音?」
ようやく母さんから解放された朱音がそこにいた。
「えへへ。時人くん」
純度の高い甘え声に立ちくらみしてしまいそうだ。
「お、おう。……大丈夫か?」
萩原はともかく桐島でさえも朱音をあそこまで可愛がらない。疲れていないだろうか。
「大丈夫ですよ。月子さんとは久しぶりにお会いしたので楽しいです」
「ならいいけど。母さんしつこいから」
「何?朱音ちゃん可愛いから仕方ないわよ」
ある意味ぶっ飛んだ母親のおかげで朱音にさっきまでの暗さも全くない。ひきずってもなさそうだ。
「月子さんから時人くんのルーツを感じて嬉しいです」
「……どういう意味?」
「時人くん、私のことをたくさん可愛がってくれますから」
聞きようによっては違う風にとられそうな朱音のその発言に思わず顔を赤くしてしまう。
「時兄ぃ照れてる?ねえ照れてるの?」
「うるさいぞ大須」
「……水樹も朱音も本当おおっぴらにいちゃつくわね」
萩原の呆れ声に大須の笑いが更に加速していた。
「朱音ちゃん、そのルーツなら私だけじゃないわよ。春人さんもそうだからね」
「……僕は母さんだけしか見てないよ」
「春人さん……」
両親の仲睦まじい姿は目に毒だ。
だが、朱音含む女性陣はそうではないらしく嬉しそうに二人を見ていた。
「ねえ時兄ぃお腹すいた!」
ピンク色になりかけていた空気を大須が鶴となって壊してくれた。
たしかにたこ焼きを食べてからそれなりに時間も経っている。
「何か食べに行こうか」
「僕、アレ食べたい!包んであったやつ!」
「タコスですか?」
「多分そう!ポスターさっき見たんだ!」
クラスで接客に当たっている桐島と萩原が渡り廊下に戻っていく。父さんと母さんも二人で周るらしく、また朱音と大須の三人で周ることになった。
しばらく三人で遊んだ。
行儀は悪いが食べながら歩き回って、気になったところに入っていく祭りのスタイル。
朝と違うのは三人で横に並んで歩いていたこと。
午前中は俺が先導して後ろに二人が手を繋いで歩いて回った。
今は俺の右手に大須が、左に朱音がくっついている。
校内で腕を組むのは二学期の初日以来だろうか。視線を集めているのはミスコンに出たからという理由だけではなさそうだ。
「あ、ここです」
朱音が案内したのは家庭科室。手作りの小物が売ってあるらしい。
文化祭も終わりに近づいているのもあって人は少ない。売れ行きもよかったようで完売の札があちこちに立っていた。
大須は見て周りたい気持ちに勝てず俺の手から離れてあちこちの商品を見ている。
「少し出遅れてしまいましたね」
「そんなことないって」
控えめに笑った朱音を自由になった右手で撫でると嬉しそうな笑顔に変わった。
「大須のお土産見に来たんだろ」
たこ焼きのクラスで大須が財布を取り出した際のこと。あとでいい場所につれていくと朱音が言っていた。あのいい場所の意味はお金の使い道としていい場所という意味だったようだ。
「そうです。あのお母さんに大須くんがプレゼントしたら喜ぶかなって」
周りを見渡す。ビーズのキーホルダーやぬいぐるみのようなもの。かわいらしいデザインのトートバッグ。あの派手なのはパッチワークキルトのクッションだろうか?
確かに色々選べてちょうどいいかもしれない。
「大須に選ばせてみるか……」
折角なので大須にプレゼントは任せよう。楽しそうに色々見ている大須に近づいて朱音と説明した。
「うん!ママに買ってあげたい!パパにも!」
金額も自分で計算させよう。まあ複数買っても大丈夫な金額を大須は持っていたが。
大須には選ぶセンスはありそうだが一応自分でも見て周る。と、綺麗なバレッタを見つけた。
「コレ、朱音に似合いそう」
「……着けてみますね」
試着はしてもいいらしく朱音が一旦髪を解いた。すらりと解けたその髪は綺麗に輝いている気がする。
朱音がバレッタを使ってもう一度ポニーテールにした。
小さい花をあしらったシンプルなデザインのそれは朱音の綺麗な黒髪によく似合っている。
「似合ってるよ。俺に買わせてくれる?」
「いいんですか?」
「もちろん」
朱音が嬉しそうに微笑んだ。
「えー僕が買う!」
気づけば近くにいた大須の抗議に思わず朱音と笑いあった。
「だめ。朱音のは俺が買うから。……大須が買うものは決まったのか?」
「コレにした!」
小さな手に乗っていたのはイヤリング。少し派手な気もするが大須の母親には似合いそうだ。
「いいと思います。可愛らしいデザインですし。大須くんセンスがありますね」
「ふっふーん」
ちなみに父親には眼鏡拭きを選んでいた。パンダの形のそれは可愛すぎる気もするが大須からならありがたく受け取ってくれるだろう。
俺たちは会計を済ませて家庭科室を出た。
小さな袋を片手に提げた大須は満足そうだ。朱音もバレッタをつけたポニーテールを楽しそうに揺らしている。
文化祭の終わりが近づいていた。
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