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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第3章
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第139話 事件


更新が半月も途絶えてしまってすいません。




「なにしてんのよ!」

途端、バチンと大きい音がして目の前の男が大きく揺らいだ。掴まれていた手も解けて力も抜けたのか私はその場に崩れ落ちてしまった。男は頭をさすりながら現れた彼女の方を見ている。

助けてくれたのはクラスメイトの女の子。親しいといえる友人の一人。

「いったいなー。萩原ちゃん。やってくれるね?」

「私の友達になにしてんのって言ってんのよ!」

静かに、片方は激しく。両者怒っているのがわかった。

「先生!こっちです!」

もう一人の友人も駆けつけてくれた。

彼女の台詞に男も勝ち目がないと思ったのか舌打ちをして逃げ出していった。

「大丈夫!?朱音ちゃん?」

「……萩原さん」

立ち上がることができず、しゃがんだ姿勢のまま彼女を見上げた。

「……なにがあったのか教えてくれる?」

「私が悪いんです」

「あの野郎」

去った方を睨みながら彼女は拳を壁に叩きつける。遅れて桐島さんが女性教師を連れてやってきた。あまり話したことはないが保健室の養護教諭のはず。

「朱音ちゃん。大丈夫?」

桐島さんがしゃがんで視線を合わせながら私に問いかけた。

「大丈夫です。何も、されてませんから……」

ギリギリのタイミングだった。あと数秒遅かったら。

そう思うとまた涙が溢れた。

「……じゃあ何で泣いてるのよ」

「奈々……」

普段はクールな彼女にも涙が浮かんでいた。私のせいだ。

「本当に何もされてないんです。……ただ悔しくて」

「よくわからないけど……。あなたは本当に何もされてはないのね?」

養護教諭も私に問いかける。それに頷きで返した。

「……ねえ朱音ちゃん。どうしてここに一人でいるの?水樹くんと大須くんは?」

時人くん。

そうだ。時人くんに大須くんを頼まれていた。

「戻らないと」

「朱音ちゃん!」

温かい体温を感じる。気づけば桐島さんに抱きしめられていた。

「話してよ。何があったのか。……心配なの」

「……時人くんが呼んでるって聞いて、ここにきたらさっきの人がいて」

二人に促されるまま経緯を話した。

時人くんと離れてからのことを。その間私は抱きしめられたままだった。萩原さんも私から目を離さない。

「桐島さん、萩原さん。心配かけてすいません。もう大丈夫です」

温かなその背中を軽く叩いて意思を示す。彼女もゆっくりと離れた。

「あの人、前からいい噂聞かなかったけど本当みたいね」

吐き捨てるように萩原さんがそう言って聞いていた養護教諭も苦笑いしている。

「ごめんね。貴女が怪我したり、それに近いことになっていない現状だと彼をどうこうしたりできないわ。……でも、私は貴女の味方だからいつでも保健室に来なさい。私は基本的にそこにいるわ」

「あ、せんせー。保冷剤借りていいー?このままじゃ朱音ちゃん目が腫れちゃうし」

「ええ。もちろん」

「じゃあ奈々、朱音ちゃんと先に教室で待っててー」

「わかったわ」

先に立ち上がった桐島さんに手を伸ばされる。立ち上がるための手を貸してくれるみたいだ。

「ありがとうございます。桐島さん」

「……気にしないでよー」

にこりと一度微笑みかけて彼女は養護教諭と先に歩き出した。

「……水樹も電話でないわ。話中ではないみたいだし何してるのかしら」

耳に当てていたスマホを離して少し操作したかと思えば胸ポケットにしまった。

「一緒に教室で結を待ちましょう?……そんな顔大須クンに見せられないわ」

「はい。ありがとうございます。萩原さん」

時人くんと大須くんと文化祭を周って楽しかったはずなのに。なんでこうなってしまったのだろう。

彼女と手を繋いで教室までの道のりを歩いた。俯いていたのと頭の中でぐるぐるともやついていたからかその道中は全く覚えていなかった。ただ萩原さんの手が力強く温かかったことだけわかった。



カラカラと教室の扉が開かれて空いていた席に促される。その前の席に彼女も腰掛けた。

彼女にも桐島さんにも心配をかけてしまった。彼女たちも文化祭を楽しんでいたはずなのに。

「ねえ、朱音ちゃん」

「はい?」

俯いたまま彼女の顔を見ることができない。

「……大好きよ。私も結も。あなたのことを友達としてとても大事に思っているわ」

「萩原さん?」

突然の告白に顔を上げる。

「朱音ちゃんが辛い思いをしている今、私も苦しい。それほどまでにあなたが好きよ」

好きだ。そう言っている顔ではなかった。とても悲しそうで。

「無理に元気出してとは言わないわ。そんなことできないもの」

「あの……」

「それでもあなたには水樹だけじゃない。私も結もそばにいるってこと忘れないでほしい」

「萩原さん……」

彼女なりの慰めにまた泣きそうになる。

怖い思いをした。それでもこうして立ち直らそうとしてくれている。

さっきも私のために怒ってくれていた。壁を叩いた彼女の拳はまだ赤い。

「ねえ、それやめない?」

少し無理に笑いながら彼女がそう言った。

「それって、何のことですか?」

「名前、呼んでよ。私のことも結のことも」

「……奈々さん?」

「やっと呼んでくれたわね。朱音」

奈々さんがにこりと笑って私を呼んだ。それを見て、聞いて、私も少し気持ちを取り戻す。

お互いに顔を見ながら小さく微笑みあった。そのとき彼女のスマホが振動する。二言三言通話してすぐに切れた。

「水樹も今こっちに向かってるわ。すぐに来るみたい」

「……はい」

時人くん。会うのは少し怖い。

あの男には何もされなかった。

だけど、大須くんを放ってあの場所まで出向いてしまったこと。

時人くんを裏切ってしまった。

信じて託されていたはずなのに。

怖いけどやっぱり会いたい。

抱きしめてほしい。あの手で、時人くんの大きなあの手で撫でてほしい。

大須くんを放ってしまったことを謝って、さっきのことも全て話して、それで時人くんに身を委ねよう。

彼は全部聞いてくれるだろう。

彼は抱きしめてくれるだろう。

彼は髪を撫でてくれるだろう。

……彼は許してくれるだろうか。私を。



ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ幸いです。


手首を痛めてしまって長らく更新することもできませんでした。

完治はしていないですが、ある程度マシになったので頑張りました。しばらくは文字数、更新頻度、ともにあやしいです。

ゆっくり応援してもらえれば嬉しいです。

これからもよろしくお願いします。



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