第137話 失くしたストラップ
一先ず校舎から出てみた。あの友里が誰に呼び出されたのかもわかっていなかった。つまり知らない奴に呼び出された可能性が高い。
「何かに巻き込まれてなければいいけど」
辺りを見渡す。人も増えてきた。
こう言っては何だが朱音は一人でいると目立つ。何もしていなくても。
ましてや朱音を見慣れていない外部の人からすればより目を惹くだろう。
さっきのコンテストでもそうだった。失格となってすぐにステージから去ったとはいえしばらくは客席の話題の中にあった。まあ服装で目立ったというのもあったが。
人の視線の集まる先か、逆に誰もいないようなところか。どちらかにいるだろうか。
ポケットからスマホを取り出して何度目かの発信。コール音はするがつながらない。
「どこに行ったんだ……」
竜と電話するため渡り廊下から離れたがそう長時間離れたわけではなかった。きっと朱音もそう遠くまで行ってないはずだ。
「時兄ぃも朱音ちゃんもどこに行っちゃったのかなぁ……」
「きっとすぐに戻ってくるよ」
大須くんはため息をついている。
俺が買ってきたスポーツドリンクをちびちびと飲みながら寂しげに呟いた。
「あ、友里くん、時兄ぃの友だちの奈々ちゃんと結ちゃんってこのクラスなんだよね?」
「二人と面識……喋ったことあったの?」
「さっきね体育館でいっしょに見てたよ!」
水樹の親戚らしいけど彼には全く似ていない社交性があるみたいだ。
「そっか。そうだね二人とも同じクラスだよ。時間的にもうすぐ戻ってくるんじゃないかな」
時計をちら見するとすでにコンテストは終わっていそうな時間だ。まだまだ体育館を使ったプログラムは続くが二人はここに戻ってきて接客を手伝う予定になっている。
「あのね、さっきね時兄ぃに奈々ちゃんがあとでクラスでって言ってたから会えるのかなって」
大須くんは萩原に会いたいらしい。あの萩原に懐くなんて面白い子だ。
「じゃあもう少し待ってようか。きっともう来るから」
「ありがとね友里くん」
「いいよいいよ。折角だし大須くんにも楽しんでもらわないとね」
「どーせ時兄ぃも朱音ちゃんと遊んでるんだよ」
あの二人は。やれやれと言った雰囲気で大須くんは首を振った。さっきの寂しさはもうないようだ。
「あれ?大須くん?ひとり?」
やってきた二人組が大須くんを見つけて驚いた顔をしていた。その二人を見て大須くんは微笑んだ。
人気の無い中庭に出てみた。誰もいそうにない。
朱音を悪意だったりそういうので呼び出しているのなら、人の少ない場所にいるはず。
はずれならいい。悪意や敵意なく朱音に接するなら問題はない。だが、なにか害があるのならば。
あとどこが目に付かないだろうか。文化祭中でも人の出入りがない場所。どこがあった?
「あーいた。探させるなよなー」
突如届いた低いその声はどこか苛立ちを添えてこちらに飛んでくる。
「何か用?いまちょっと時間無いんだけど」
明らかに俺に向いていたその声の主の相手をする時間はない。そもそもなるべく関わりたくもない相手だ。
「いや、お前は俺と話をしてくれるはず」
制服を着たその男はポケットを何か弄って取り出した。見覚えのある朱色の輝き。
「なんでお前がそれを?」
今朝、朱音が失った朱色のシーグラスのストラップ。目の前の男はニヤニヤと嫌な笑みを崩さない。
「さて、どうしてだろうなー?」
「それは朱音の……。拾ってくれたなら礼はする。俺に渡してもらえるか」
「その前にさー……少し話をしようぜー?」
朱音を探しに行きたいというのに時間をかけられる余裕も無い。どこか間延びするような話し方にイライラとする。
「今は時間がない。後にしてくれ」
「じゃあこれは渡せないなー。少し話そうってだけだろ?何か困るのかー?」
相変わらずニヤニヤと笑っている。まるで心のうちまで見抜かれていそうなその表情がどこか怖い。
「……わかった。俺に何の話だ?有村」
「やっと観念してくれたか。じゃあちょっと座ろうぜー?」
有村は中庭のベンチを親指で指した。変わらず中庭には人気は無かった。返事を聞かずベンチに歩き出した有村について歩く。
「俺、急いでいるから。用件は?」
「いやまー、そうだなー。……どうだ文化祭?楽しんでるー?」
明らかに話したかったことでもなさそうなその話題に乗る気は無い。返事もせずに睨み続ける。前髪に遮られているとはいえ意思は伝わるはずだ。
「……返事くらいしろよ」
向こうもイラついているみたいだ。意味がわからない。怒るくらいならさっさと済ませてほしい。
「さっさと本題に入ってくれって」
「あー?……なあ何でお前ごときがあんな子とつきあってんの?」
「お前には関係ないだろ?」
「いやー意味がわからなくてなー。お前みたいな陰キャがさー。……あの子の弱味でも握ってんの?」
有村の言は正しい。実際に俺は陽キャではない。彼の言うとおりだ。
「弱味を握ったら朱音とつきあえると思ってるのか?馬鹿にするなよ」
正しいとはいえ腹が立つ。弱味を握る程度で朱音の隣に立つのを許されるわけが無い。
朱音は芯のある女性だ。絶対に折れない一線を自分で持っている強い女性だ。辛い過去も耐えてきて、自分の幸福すら遠ざけて他人の幸せを願うことができる女性だ。
そんな朱音をけなすことは俺が許さない。
「は?……お前こそ馬鹿にするなよ。なんだよその態度」
有村がもういちど朱音のストラップを取り出す。
「これ。捨てたって俺はいいんだぜー?」
「返せよ。朱音のだ」
未だニヤニヤと笑い続ける有村に怒りで震える。とりかえそうと手を伸ばすも有村の手に阻まれる。
「……スマホ。鳴ってるのお前のだろ?」
怒りだけで震えていたわけではなかったようだ。確かにポケットのスマホは振動している。有村もストラップを手放す気は無いらしい。仕方ない。彼から視線を逸らさずポケットのスマホをとりだした。着信があったらしい。とりだした途端に切れてしまったその画面にクラスメイトの名前があった。
「今の……。お前みたいな陰キャになんで?」
スマホの画面を覗かれていたらしい。有村はイライラしたような口調で睨んでいた。
続けてメッセージを受信したスマホが短く振動する。
『朱音ちゃんと待ってるわ』
さっきの着信相手から送られてきた短い一文が見えた。
「……はー。腹立つだけの無駄な時間だったわー」
その文章すらも見ていた有村がため息をついて腰を鳴らした。こきっこきっと左右に動かした腰から軽い音が鳴る。
有村がストラップを俺に差し出す。
「折角俺が時間稼いだって言うのにさー……。あ、もういいぜー?帰れば?」
ストラップを奪い取るようにして有村に背を向ける。
時間を稼いだ。つまり俺は足止めされていた?
萩原から来た短いメッセージ。それを開いて文字を打つのも煩わしく電話をかけた。
「萩原?今どこ?」
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