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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第3章
139/166

第136話 不穏


体育館に人が集まっているようで校舎の中の人はまばらだ。

ついさっきまで壇上に立っていた二人が揃っていても目立つことはなかった。

「友里くんスカートも似合ってたよ」

後ろで朱音と手を繋いで歩く大須が友里にニヤニヤと笑いながら声をかけた。

「……ホント親呼ばなくてよかったよ」

隣でため息をつきながら友里が返事をする。

「可愛かったぞ」

「水樹まで……。やめてくれ」

顔を赤くして恥ずかしそうに笑う友里はそんな仕草まで似合っていた。

「桐島さんに女装って言われたときから覚悟は決めてたけど、実際立ってみるとやるせないよ」

「……なんか悪いな」

「いいよ」

友里には女装することになった経緯を説明してある。俺のわがままだということも。

「水樹には……というか長月さんにもだけど兄さんのことで借りはあるからね」

夏休み前のあの兄弟喧嘩以来、友里は家のことで忙しそうにしている。それでも今も充実しているようだ。満足そうに笑う彼からは影なんて見えない。

そんな彼に小さく礼を言って廊下を歩き続ける。俺たちの屋台が並ぶ渡り廊下はもう近い。



「お祭りみたーい!」

看板を見つけた大須が朱音をひっぱって走り出す。危ないですよ。という朱音の制止をも振り切って一直線だ。

「水樹は追いかけないの?」

「朱音が見てれば大丈夫だろ。走るのは面倒」

「そっか。じゃあ俺は着替えてくるから」

接客に当たっている友里はまたも着替えるみたいだ。忙しいが本人曰く暇よりマシらしい。俺にはならない思考だった。それもできる体力も、考え方も友里らしくてある意味羨ましい。

はしゃいでいる大須に苦笑いして二人の元に近づく。

「時兄ぃ見てて!」

ポイを受け取ってしゃがむ大須。目の前のビニールプールに流れる大小さまざまなスーパーボールを睨んで狙いをつけているようだ。

これと似たような金魚すくいもしたことがないらしく勢いよく水につっこんだポイの紙はすぐに破れてしまった。

「えー……。弱いよこれ」

わかりやすく眉を下げた大須に接客をしていたクラスメイトも苦笑いだ。朱音がクラスメイトに何か言ってもうひとつポイを受け取る。

「大須くん。見ててくださいね」

水面と平行して動かす朱音のポイはまだ破けない。そのまま器用にいくつかのボールをすくった。

「朱音ちゃんすごい!」

「大須くんもできますよ」

大須にドヤ顔をしている朱音だが練習しているのを見ていた俺からすれば微笑ましい。

「もう一回!」

想定より予算が抑えられたのと、大須みたいな年齢層がメインだということもあってうちのクラスではお金のやり取りはしない。管理も大変だし、そのほうが接客も気楽だからという理由もあるみたいだ。

新しく渡されたポイを手に大須はやる気満々だ。

「水樹君、長月さんいらっしゃい」

張り切る大須を見ていたら横から浴衣を着たクラスメイトに声をかけられる。

「永田、浴衣似合ってる」

「ん。ありがとう」

日本人女性らしい顔立ちの永田は紫陽花柄のそれがとても似合っていた。ありがとうと言いつつも表情の変わらない彼女に思わず苦笑いだ。

「でもそれは私には言わなくていい。長月さんがすごい見てる」

彼女にそう言われ首を動かすと朱音と大須がこちらを見ていた。

「あ、朱音?」

「時人くんのそういうとこですよね」

「時兄ぃのそういうとこなんだよねー」

呆れたような表情の二人に思わず顔を背ける。何も悪いことはしていないが仕方ない。

ここまで一連の流れを見ていたクラスメイトたちが笑い出した。少し羞恥で顔が赤くなる。

「時兄ぃってちゃんとクラスに打ち解けてるんだね」

クイクイと袖を大須に引っ張られる。ニヤニヤと笑う大須がこちらを見ながら、この雰囲気をしみじみと味わうように呟いた。

「なあ大須、いつまで俺のこと心配してるんだよ」

「ずっとだよ!心配になるお兄ちゃんだからねー」

スーパーボールすくいに満足したのか隣の屋台に駆けていく。クラスメイトたちも大須の朗らかさに好感を持ってもらえたみたいだ。温かく見守っている。

隣に立つ朱音と大須の動向を見ていた。その横顔に見とれる。ゆっくりと優しそうに笑うその顔はまるで母親のようで。

「水樹君、ポケット。スマホ鳴ってる」

永田の声に現実に戻された。マナーモードを解除し忘れていたスマホが着信を告げている。取り出すと待ちわびた名前が表示されていた。

「ありがとう。朱音、ちょっと大須見てて」

通話をするため騒がしいこの場を離れた。どこか静かそうな場所はあったかな。



『おはざすー。悪いなー休んでさー』

『休むなら先に言っとけよ』

電話口で聞き覚えのあるカラカラ笑いが聞こえた。声色も全く変わらない。やはり体調不良ではなさそうだ。

『ちょっと実家の用事があってさー。日付が決まってたからー』

『なおさら先に言っとけって』

『……奈々。怒ってた?』

声の主のテンションが下がったのがわかった。

『怒ってる。というよりは困惑?してた』

『……そうだよなー』

竜もわかっていたようで深く息を吐いたのが聞こえた。

『今、時間大丈夫かー?長月さんはー?』

『朱音は大須……あー知り合いの子どもとクラスの出し物で遊んでる』

思わず名前を出したが竜は大須のことを知らない。訂正して説明した。長くならないなら時間は大丈夫だという意味も込めて。

『親戚の子どもじゃなかったのかー?まーいいがー』

色々察したのか竜がカラカラと笑った。

『俺さーまだ奈々に家のことそこまで言えてないんだよなー』

かつて竜から聞いた母親との確執はもう解消されている。今は母親と祖母と住んでいた。それでも父親との縁が切れたわけではない。

さっき電話で実家の用事と言っていたので、今日はその父親の方の集まりか何かあったのだろう。

『……言いにくいのもわかるが、萩原には言ったほうがいいんじゃないか』

『まあなー。でも……ほら、カッコわるいからさー……』

本人も説明した方がいいのがわかっているならそのプライドは折れた方がいいと思った。少なくとも俺は。

『知らん。竜が言わないなら俺から言うけど。その方がカッコわるいからな』

『きっつー。まあそうなんだがー』

まるで堪えてないようにカラカラと笑っていたが納得はしていそうだ。

『この後、どうせ萩原にも会うし竜から連絡あったって言っとく』

『……俺から電話するって言ってて』

『りょーかい』

『じゃー文化祭俺の分まで楽しんでくれー。またなー』

最後にまたカラカラと笑って通話が途切れた。

竜に与えられていた重圧のような期待。それに反発して弾けて今の竜がいる。俺個人としては竜が好きだ。それでも父親含む実家の人間がはそう思わなかったようで結果母親と家を出ることになっていた。母親だけでも味方になってくれたのが意外だったと竜は笑っていたけど。

はあ。と息を吐いてもたれていた壁から体を離す。思ったより長く電話してしまった。大須たちはまだ渡り廊下にいるだろうか。早く戻ろう。



「水樹。……一人なんだな」

渡り廊下の近くで浴衣を着ていた友里に声をかけられる。

「おー友里。それ似合って……一人って?」

筋肉質な体がちらほら覗いている浴衣が友里にとても似合っていた。が、その表情は祭りにふさわしくない。真剣味を帯びている。

「俺も今こっちに来たところだから詳しく知らないんだけど、どうやら水樹が呼んでるって長月さんを呼び出したらしい」

俺は誰にも何も頼んでいない。つまり朱音は嘘で呼び出されたことになる。

「水樹のことだから大須くん放っておくわけないと思って。気づいた永田さんが見てくれてる」

友里が指差す場所には屋台で遊ぶ大須がいた。永田がついてくれているようで一先ず安心する。が、問題は朱音だ。

「友里、誰にどこに呼び出されたかわかるか?」

「それまではわからない。ごめん」

「いや、いい。わるいけど大須頼む」

嫌な汗が背中に流れるのがわかった。時刻はお昼。段々と校舎に人が戻ってくる。踵を返して俺は走り出した。




ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ幸いです。


年末年始の頃、なかなか更新できてませんでしたが、この1月今まで一番のPVでした。

いつも応援ありがとうございます。これからもがんばります。


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