第135話 コンテストの結果は
軽快なヒップホップが流れて制服を着た生徒が壇上に現れた。マイク片手の彼はこのコンテストの司会のようだ。
「時兄ぃ始まったよ」
本人は小声のつもりだがそれなりの声量だ。後ろに座る桐島が笑っている雰囲気が伝わってきた。
司会が段取りを告げる。各学年ごとでまず代表を決めてから決勝戦に進むらしい。くじで決まった順番によると三年、一年、二年の順のようだ。
三年の男女コンビが順に登場する。手を振っていたり様々なアピールをしながら並んでいく。
「あ、たこ焼きのお姉ちゃんだ」
さっき接客をしてもらった先輩がそこにいた。最前で手をぶんぶん振る大須はステージ上からも目立つらしく彼女も気づいたみたいでこちらに手を振り返す。
「時兄ぃ!ファンサだよ!ファンサ!」
「大須くんそんなのどこで覚えてきたのー?」
嬉しそうな大須の台詞に桐島が笑いながら尋ねている。大須は楽しそうに桐島に答えていた。
「僕、あのお姉ちゃんがいいな」
そう言われて壇上の先輩たちを眺める。コンテストに出場するのもあってどの人も整っている気がする。女子生徒に限って言えば確かに彼女が一番な気もした。
「そうかもな」
時間はそんなに無いらしい。簡単なクラスの紹介のみで淡々と司会が進行していく。
実際にこれは各クラスの宣伝も兼ねているようだ。各コンビがクラスの出し物について語っていた。
一通り紹介も終わっていきなり決を採るみたいだ。観客の拍手の大きさで決まるようでいかにこの場にサクラを仕込めたかが大事のようだ。
客席から聞いていれば僅差だと思うがその辺りは司会が決めるらしく三年の代表が決まった。
「えー、あのお姉ちゃんが一番だったよね?」
「大須は本当にあの先輩気に入っているんだな」
結果に納得がいっていない大須の頬が膨れている。素直なその反応に笑顔になった。
感想もそこそこに去っていく先輩方を見て少し不安になる。どの男女コンビも確かにルックスが整っていた。だが、俺には朱音と友里の方が整って見えるし、俺たちのクラスには更に目立つ理由がある。
三年生が去ったあと司会が少しの感想を告げる。その後司会の呼び声で続々と一年の各クラスのコンビがステージ上に現れた。
一年生が続々と歩いていく。朱音たちはまだ出てこない。たった二年しか変わらないはずなのに三年生に比べるとかなり幼く見える。緊張もあるのかアピールもまばらだ。
「最後なんて粋な計らいするじゃない」
「大須くん、見ててねー。うちのクラスが一番かっこよくて可愛いよー?」
萩原も桐島も楽しみにしているようだ。俺たちが座る椅子の背もたれまで身を乗り出している。
最後に手を振って現れた制服のスカートを身につけた短髪の生徒は何か吹っ切れたように手を振りながらステージを歩いている。
その少し後ろを制服のスラックスを履いたポニーテールの生徒が控えめに続いていた。
断言できる。朱音が一番可愛い。今日出ている生徒の中でダントツだ。
「やっばー。やっぱ似合うねー。二人ともー」
感心半分、可笑しさ半分といった感じで笑いながら桐島がステージを見ていた。
客席の周りを見ても戸惑いが広がっているようだ。どうやら俺たちのクラスだけらしい。
女子生徒が男子生徒の制服を着て、男子生徒が女子生徒の制服を着ているのは。つまり俺たちのクラスは男女逆転して出場している。
朱音は若干恥ずかしげに俯きながら、それでも俺たちの方に控えめに手を振っている。友里もやっぱり恥があるみたいで少し顔が赤い。これはステージの照明のせいだけではなさそうだ。
「朱音ちゃんでてきたよ!……あれ、隣にいるのって友里くん?だよね?」
一度会っただけなのに友里を覚えていたみたいだ。朱音に手を振り返しながら驚いている。
「あー。うん。友里覚えてたのか。偉いな」
「忘れるわけないよ!時兄ぃの友だちって聞いてびっくりしたもん」
司会も出てくるまで聞いていなかったようだ。言葉に詰まっている。それでも進行を勧めている辺り彼も真面目だ。
「やっぱりうちのクラスが一番目立ってるわね」
「作戦はこれで成功かなー」
悪戯が成功したかのように桐島は笑った。実際に客席の視線はうちのクラスに集中している気がする。
各クラスが紹介されていくもやはりインパクトにかける。入場の時点で相当目立った二人のせいで他クラスは勢いがそがれているようだ。
「はーい。ユリコとアカトでーす。渡り廊下で縁日やってまーす。よければ遊びに来てねー」
友里のやけくそのような紹介に観客席から笑いが起きる。
「え、アレやっぱ男だよな?」
「あのガタイで女はないだろ」
「じゃあ隣のって……女か?」
「あれは……なかなか」
ざわつく観客席にため息をつく。男子の制服を着ているとはいえ朱音のルックスはやっぱり目立っていた。
「……大丈夫だよ。水樹くん。きっともうすぐー」
後ろから俺にしか聞こえない声量で耳元で囁いた。桐島は本当に俺の気持ちをよくわかっている。
「え、えーっと。運営本部から通達が入りました。今回参加者は制服着用が必須でした。それしか規定に無かったので彼らはルール違反ではありませんが、このような目立ち方は不公平ということで彼らは失格とします」
袖から何か受け取った司会がそう通告した。友里と朱音はどこか悲しげだが、他クラスの代表たちは安堵している。
「ねー。これで朱音ちゃんは決勝に行かないし、うちのクラスは目立ったからクラスメイトも満足でしょー?」
これまで全部桐島の台本通りだった。
彼女はクラスの代表としてクラスメイトの意見をまとめて聞いていた。
文化祭を成功させたい。クラスの出し物を盛り上げたい。といったクラスメイトの大勢の声も、俺の朱音を優勝させたくないというわがままも。
だからこそ彼女は男女逆転を提案して目立たせて、尚且つこっそり運営に失格とするように動いていた。
これを知っていたのは桐島以外に出場している二人、そして萩原と俺だけだった。だからクラスメイトの大半は失格に嘆いている。二人の悲しげな仕草も演技だ。
「えー朱音ちゃんが一番可愛いし、友里くんもカッコいいよー?」
隣の大須も嘆いていた。
「まあ失格なら仕方ない」
失格ということで早々と朱音と友里がステージから捌けていく。もはや盛り上がりのピークが過ぎたこの試合も淡々と進んで代表が決まっていった。
「……大須、朱音のとこ行く?」
「行く!」
十分にステージは見た。これ以上興味も無い。
「本当、水樹くんだねー」
「あとで大須クン連れてクラス来なさいよ」
「おー。また後で」
クラスメイトに別れを告げて席を立つ。控え室に入ることはできないが近くで朱音たちが出てくるのを待とう。
いまだコンテストが進む中、大須と体育館を後にした。
「あ、たこ焼きのお姉ちゃんだ!」
既に敗退していた先輩を控え室の近くで見つけた大須が声を出す。聞こえたらしく彼女がこちらをみて微笑んだ。
「お姉ちゃんが一番だったよ!」
「あら、嬉しい」
先輩は落ち込みなどはないらしい。さっき喋ったテンションのまま屈んで大須に視線を合わせている。
「みんな見る目が無いなー」
「ふふふ。ステージから手を振ってくれているの見えていたわ。ありがとうね」
大須の頭を撫でて穏やかに微笑む先輩に大須も嬉しそうだ。
先輩はそのまま立ち上がって俺のほうを向く。
「ところで、君は何しにここへ?……まさか私に会いに来たの?」
「あーちがいますよ。さっき一緒にたこ焼き食べた彼女を迎えに来たんです」
「え、あの子落ちたの?」
ステージの顛末を知らない先輩は驚いている。控え室は一部屋なので事前に朱音たちの制服は見ているはずだ。目立つことも予想できただろう。
「変に目立つのは不公平ってことで」
「……変な審査ね」
「僕もそう思う!」
鼻息たっぷりに大須も同意していた。そうなった事情を知っているだけに俺は曖昧に笑って誤魔化す。
「彼女が優勝できなくて残念ね」
「いや、まあ、どうなんですかね」
正直朱音がそうやって目立つのは俺がいい気がしない。もちろん朱音のルックスが整っているのはわかる。だけどその外側だけで朱音を評価されたくない。
それに目立つことで……より俺が隣にいることの違和感を思ってしまう。
「微妙な反応ね。その気持ちもわからないでもないけど」
「わかります?」
「あれほど可愛い子が彼女ならね。不安になるんでしょ?」
「……すごいですね」
やはり彼女は先輩だった。たった二年ちがうだけで大人に感じる。
「君、もっと自信持った方がいいわ。その方が彼女も喜ぶわよ」
「がんばります」
彼女は大須の頭をぽんぽんと叩いてまたね。と去っていった。
「時兄ぃ自信ないの?」
さっきの先輩の包容力に思わず素になって話してしまったことを若干後悔する。大須がいたことを失念していた。
「俺にも色々あるんだって」
「時兄ぃはかっこいいよ」
「ありがとう」
大須と話していると控え室から着替えた朱音と友里が出てきた。既に元の服装に戻っている。
「時人くん!二人とも応援ありがとうございました」
「大須くん久しぶりだね。覚えてるかな?」
俺たちに気づいた二人が近寄ってくる。友里も大須のことを覚えていたようで大須も嬉しそうだ。
「お疲れ。ふたりとも」
「友里くん出てたの見てたよ!二人がぜったい優勝だと思ったのにー!」
大須の講評に二人も嬉しそうに笑う。だが、失格を知っていた手前、ありがとう。と簡単にコメントして済ましていた。
「時人くん、制服ありがとうございました」
「気にしないでいいよ。可愛かった」
「本当ですか?よかったです」
さっきの姿は事前に見ていて感想は既に言ってあった。でも、あらためてステージ上で立つ彼女は一番だと思った。
「朱音が一番可愛かった」
「……えへへ」
嬉しそうに笑う朱音の髪を撫でる。この表情の朱音を見るのは俺だけでいい。
「やっぱり時兄ぃなんだよね」
「だね」
大須と友里が何かに同意している。何となくその意味もわかるが知らないふりをしておいた。
「というか水樹たち、もう出てきたの早いね。結果もまだだろ?」
「そこまで興味ないしな」
「水樹らしいね」
「友里はこの後体育館に?」
「いや、クラスの方でこれからシフト入ってるんだ。よければみんなでおいでよ」
友里の誘いに大須が笑った。次の行き先は決定したようだ。
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