第133話 清涼剤の少年
今回も少し短いです。
明らかに朱音は落ち込んでいる。きっと俺が同じようなことになっていたとしてもそうなるだろう。
「家の時点ではあったんです。……時人くん」
「朱音、ダメだよ。抜け出して探しに行く気だろ?」
「……」
図星だったようだ。朱音の言うとおりなら通学路からこの教室までのどこかに落ちているだろう。
「あ、あのとき……」
俺が思っていることに気づいたらしい。登校中のあのアクシデント。事故の衝撃でリュックから落ちてしまったなら。
「俺もそう思うけど、それも確定じゃないし今から見に行けば朝礼には絶対間に合わなくなる。普段ならまだいいけど今日はな……」
「でも、時人くん」
「大丈夫だって。割れ物ではないし、ちゃんと見つかる」
朱音の表情は沈んだままだった。俺の言う言葉だってただの気休めだろう。
「……ねー朱音ちゃん。思い入れのあるモノを失くして落ち込むのはわかるよ。水樹くんとおそろいで大事なものなのもわかる。でもね、水樹くんとの思い出ってそれだけで無くなるわけじゃないでしょー?……また作ってもいけるしねー」
「そうね。それにまた水樹にねだればいいのよ。それくらいの強かさがあっても水樹なら受け入れるわ」
二人からの励ましに少し元気を取り戻したようだ。
朱音が楽しみにしていた文化祭。幸先は悪いがなんとか挽回していきたい。
「時兄ぃー!朱音ちゃん!僕が来たよー!」
校門から俺たちを見つけて駆け抜けてくる大須を受け止める。勢いよく鳩尾に大須の頭が当たって少しよろめくが何とか耐えた。大須の前で情けない姿を晒せない。
「ごめんね時人くん。誘ってもらえてこの子すごい喜んでたの」
「いえ、僕らも楽しんでますから」
大須は学校の近くまで車で来ていた。一旦大須を朱音に預けて運転手に乗ったままの母親に挨拶をする。この人に会うのも久しぶりだ。
「久しぶりね時人くん、大きくなったね。大須はあなたのこと本当に慕ってる。よく聞くのよ。いつもありがとうね」
「可愛い弟みたいなものですから。これからお仕事ですよね?店の方に大須連れて帰りますんでまた連絡します」
「うん、じゃあまたね。大須をよろしく」
「ママ!ばいばーい!」
小さい体をめいいっぱい使って腕を振る大須。車が去っていって見えなくなるまで大須はそれを見ていた。
「へへへ。高校にはいるの初めて!」
「大須の年なら入ったことのあるのが少ないんじゃないか。帰ったらお母さんに自慢できるな」
「うん!」
大須の元気な声が聞こえた。
文化祭が始まって人の出入りの多い校門でそんな会話を広げていたからか周囲から温かい視線を感じる。
思わず大須と朱音を連れてその場を離れた。
「……朱音ちゃん、元気ない?」
俺の後ろを歩く二人からそんな会話が聞こえた。
校門を離れてどこに行こうか考えながらその会話に耳を澄ます。
「そんなことないですよ」
「……あのね、僕ね、今日二人に会えるの楽しみだったんだよ。朱音ちゃんはそんなことない?」
「もちろん大須くんに会いたかったです」
「よかったー」
ストラップの件をまだ引きずっている朱音は親しい間柄なら気づく程度にローテンションだ。
それを大須は朱音に嫌われたとかそっちの方に考えてしまっていたようだ。
「朱音が大須誘ったのに、何を心配してるんだ?」
「そうですよ。……すいません、ちょっと落ち込むことがあったんです。でも切り替えますね」
後ろで手を繋ぎ歩く二人の空気感も戻ったらしい。それを察した大須がニコニコとしていた。
「ねえ時兄ぃ!何か食べたい!」
「わかったわかった」
大須の要望通りとりあえず飲食店のある方に向かおう。確か三年の校舎にそれは多かったはずだ。
校舎を歩いて進む。既に客入りは多く、制服やクラスTシャツの他の服が目立っていた。朱音も下は制服のスカートだが上はクラスTシャツだ。桐島がデザインの監修をしたらしいそれはクラスメイトの名前入りだ。もちろん俺の名前も小さく入っている。
普段でも目立っている朱音だが、外部の人も多い今日は特に朱音に視線がいっていた。大須と手を繋いでいるのもあって雰囲気も柔らかい分余計に。
「何か食べたいものあるか?」
俺と一緒だとアピールするように声をかける。少しでも牽制になればいいが。
「じゃあ……あそこのたこ焼きがいい!」
ソースの匂いに誘われるように鼻をヒクヒクさせていた大須が指を差す。朝ごはんをしっかり食べている俺と朱音でもたこ焼きならおやつ感覚でつまむことも出来るだろう。
朱音を見ると微笑んでいた。問題はなさそうだ。
「教室で食べられるの?」
「みたいですね」
「教室で食べるなんて給食みたいだね。昨日の給食カレーだったんだよ。なくなるまで皆でおかわりした!」
大須の通う小学校は給食らしい。そのままこれが美味しいという給食トークを続ける大須は楽しそうだ。
「でも、大須はトマト食べられないだろ」
「そんなことないもん」
明らかに強がりなのがわかって俺と朱音以外にも会話が聞こえていたらしい周囲から笑いが零れた。
そんなことを話していると準備が出来たらしく教室に案内される。
普段使っているであろう机にテーブルクロスがかけられていた。教室の中半分ほどが客席らしい。もう半分でたこ焼きを準備しているみたいだ。教室に入るとソースの匂いが更に強く感じる。
「時兄ぃ今日ね、ママからね、お金預かってるの」
そう言って大須は小さいがまぐち財布を取り出す。首から紐を通して提げていたそれには札が数枚入っていた。
「あーとりあえずココは俺が払うから、好きなの注文しな」
「でも、ママが……」
あの優しい大須の母親のことだ。俺たちの分もそこに含まれているだろう。とはいえ大須にかっこつけたい俺の気持ちもある。
「じゃあ大須くん。あとでいい場所連れて行ってあげます。そこで使いませんか?」
朱音には何か考えがあるらしい。ここは朱音に任せよう。
「そうしようか。とりあえず頼みな。待ってくれてるから」
大須を微笑ましく見ていた三年生が心配しないでと小さく呟いた。
彼女の目配せどおり教室を見てもまだ満席でない。文化祭も始まったばかりなのもあってまだ余裕はあるみたいだ。
「……わかった。えーっと。じゃあソースマヨネーズで!」
俺と朱音は一つ二つつまめばいいだろう。適当な個数注文すると彼女はそれを伝えにいった。
「美味しいかなぁ。楽しみだなぁ」
「そうだな」
小学生には高いその椅子で足をブラブラとさせながら大須は笑う。程なくしてたこ焼きが運ばれてきた。たこ焼き機で焼かれたであろうそれは見た目からして美味しそうだ。
「わー!美味しそう!」
「熱いから気をつけてね」
接客をしてくれている彼女に気に入られたらしい大須にそう言って離れていった。
「写真撮らなきゃ!」
スマホを取り出して小さな手で器用に操作している。たこ焼きを撮ってその後キョロキョロしていた。
「どうした?」
「ちょっと待ってね。さっきの……」
大須は先ほどの先輩に視線を飛ばして手を振って呼び出す。
「あのね、写真とってほしいんだけど、ダメかなあ?」
「いいわよ。3人で撮ればいいのね?」
3人揃った写真がほしかったらしい。先輩はクスクス笑って大須からスマホを預かった。
カシャカシャという音が鳴って大須の元にスマホが返ってきた。これでどうかな?と言う先輩の言葉に満足ですとでも言うように大須はピースで返した。
「ありがとう!おねえちゃん!」
「ふふふ。優しいお兄ちゃん達に連れられて楽しそうね」
「うん!楽しい!……あのね、折角だからおねえちゃんとも写真とりたいんだけどいい?」
大須は少し照れながらその先輩を見ていた。彼女も想定外だったようで驚いていたが大須に微笑み返す。
「ありがとう。じゃあお願いしようかな」
それを聞いて嬉しそうに大須は俺にスマホを渡した。撮れということらしい。
「撮るぞー。はい、ちーず」
大須にあわせて少し屈んでくれた先輩と笑顔のツーショットが画面に写っていた。
「これでいいか?」
「ありがとう!時兄ぃ!おねえちゃんも!」
「こちらこそ。文化祭楽しんでね」
先輩に俺からも軽く会釈する。大須に付き合ってくれた優しい先輩だ。覚えておこう。
彼女は小さく手を振ってまた離れていった。
「あ、たこ焼き冷めちゃう!早く食べよ!」
そう言って大須は焦って丸のままのたこ焼きを口に放り込んだ。まだまだ熱かったらしいそれにしばらくの間大須がハフハフと悶えていた。
「……大須くん、時人くんに似てきましたね」
「どういう意味?」
朱音は大須に聞こえないように小声で俺に話す。
「……内緒です」
その後に私がなんとかしないと。と聞こえた気がした。
よくわからなかったが朱音のテンションも戻ってきたようでよかった。
時兄ぃ食べないの?という大須に急かされてたこ焼きを慎重に口に入れる。それはまだまだ熱かった。
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