第132話 祭りの前の
今日も少し短いです。
「いい天気ですね」
「まあ。うん。そうだな」
雲ひとつない。とまではいかないがいい天気だ。
真夏のピークが去って長い。特に日が暮れてからは秋の感じも出てきた。心なしかじめっとした嫌な気候も薄れてきている。
ついに文化祭の日が訪れた。朝から準備をすることでもあるのか朱音と歩く通学路は比較的生徒が多い。土曜日なのも相まってもはやうちの生徒しか歩いていない気もする。
「時人くんテンション低いです?今日は祭りですよ」
「まあ授業も授業でたるいが……。ここまで祭り感だされても」
「祭り感?」
「祭り感」
俺の放った単語が面白かったらしい。朱音が俺を見てくすくす笑っている。何となく悔しくて視線を逸らした。
「きゃ」
その時、曲がり角から飛び出してきた誰かに朱音が当たってしまった。よそ見していた俺たちも悪いが、その人は急いでいたらしく勢いが強かった。
「朱音!?大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。受け止めてくれてありがとうございます」
手を繋いでいたため倒れることもなく、その勢いのまま朱音を抱きしめる形で受け止めた。腕の中の朱音は驚いた顔をしていたが、幸い怪我はなさそうだ。
「いてて……。ごめん、大丈夫?……って君たちか。ごめんね」
「……おはようございます。稲垣先輩」
急いでいた相手は稲垣だった。運動部らしい彼は持ち前の運動神経と体幹で怪我なく立っていた。
少し険のある言い方になってしまった。自分でも気づかないうちにイラついているようだ。それは朱音に危ない目を合わせたからか。……そもそもこのよくわからない稲垣に対してか。
「本当ごめん、ちゃんと謝りたいんだけど急いでるんだ。この侘びはまた!」
そう言って稲垣は去っていった。足も速いようでその背中はすぐに小さくなる。
「本当に怪我とかない?」
「大丈夫ですよ」
隣の朱音は足の調子でも確かめるようにその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。問題ないらしくガッツポーズで笑顔までしていた。
「ならよかった」
既に稲垣の背中は見えない。もう一度朱音と手を繋いで学校への道を歩き始める。
「あんなに急いでるなんて。大変なんですね」
「だとしても人にぶつかるのは危ないし、許して良い訳じゃない」
「時人くん、怒ってます?」
「怒ってはないけど。……イマイチあの先輩苦手かもしれない」
俺がそう言うと朱音が握る手のひらに力を込めた。にぎにぎと俺の手に朱音の力を感じる。柔らかくて少し小さな手をより感じた。
「あまりあの人のこと知らないのでアレですけど……。私もそんなに好きじゃないです。あの人。なんて言うか視線が嫌です」
「視線?」
「はい。あの人、私の顔以外をよく見ていて……。いや、まあ顔ばっかり見られても困るんですけど」
朱音はぼかしていたが、俺には何となくわかった。
彼氏である俺の贔屓目なしに見ても朱音は美少女だ。それは顔はもちろんスタイルもいい。つまり、視線が吸い寄せられるポイントが朱音にはたくさんある。
イライラする。
「やっぱりあの人嫌いだ」
吐き捨てるようにそう言う。意外にも朱音はくすくすと笑った。
「時人くん、好きです」
「急に何?俺も朱音好きだよ」
「なんでもないですー」
何かが朱音の琴線に触れたのだろう。朱音は嬉しそうにくすくす笑って気持ち足も軽やかだ。
朱音が幸せなら、まあいいか。
「はやく行きますよー」
少し歩く速度が上がった朱音に引っ張られる形で俺も歩調を変える。気づけば文化祭用に飾り付けられた校門が見えていた。
「おはよう水樹。ちょっと聞きたいことがあって」
教室に入るやいなや待ち構えていたかのような萩原に声をかけられる。指で教室の外を指された。教室では話せないようだ。
「おはよう。ちょっと待って」
自分の席にリュックをかけて萩原と教室を出る。朱音が何かあったのかとこちらを見ていた。
「ねえ、竜くんから何か聞いてる?」
「竜から?何を?何も聞いてないと思うけど」
萩原に言われて昨日一日を振り返るが、特にいつも通りだった気がする。そんな改めて言うようなことは何もなかったはず。
「……さっき、メッセージがきて。これ」
差し出されたスマホは竜とのメッセージの履歴のようだ。
『ごめん、今日休むわー。みんなによろしく言っててー』
「竜が休み?それは……」
「水樹も聞いてなかったのね……」
体調不良ではないと思う。昨日も一日騒がしいくらいに元気だった。
理由も書いていないそのメッセージに萩原は落ち込んでいた。
そこまで文化祭を楽しみにしていなかった俺でも、朱音と周ることを思っていた。
準備に出れていない萩原も接客担当に当たってはいたが、空き時間に竜と周ることを考えていたのだろう。その落ち込む気持ちもわかる。
「ちょっと俺からも聞いてみる。返事が来たら萩原にも教える」
「……ありがとう。待ってるわ。」
教室に戻っていった萩原を見つつポケットからスマホを取り出す。
気づかないうちにメッセージが来ていたようだ。
『今日休むからよろしくー。言ってなくて悪いなー』
ついさっき来たそれに違和感を覚えた。
言ってなくて悪い?
それではまるで休むことが決まっていたみたいだ。
よくよく思い出してみればクラスでやることを決める会議の際、桐島が前で色々仕切ってくれていた中でも竜はやる気がなかった気がする。
体育祭ではまっさきに二人三脚に手をあげたような男だ。こういった行事が嫌いなわけがない。
『休むことが決まってたなら先に言っとけ』
そう送ったメッセージにはなかなか読んだことを知らすマークはつかず、やきもきした気持ちのままポケットにスマホを戻した。
教室に戻ると朱音が自分の席でバタバタしていた。近くにいた桐島と萩原が何かあったのかと聞いている。
「朱音?」
近づいて声をかけると朱音が涙目でこちらを見上げた。
「時人くん。……カバンにつけていたあのストラップ、なくしてしまいました」
朱音のリュックに確かにあった朱色の輝きが失われていた。
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