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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第3章
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第129話 壁の崩壊と



「朱音、悪いけどジャージ持ってきてもらえる?俺、ここから動くと汚しちゃうし」

制服のワイシャツから未だ滴る水を指差す。俺が歩くと教室までの道がよくわかるだろう。

「わかりました。待っててください」

先に走って行った田中を追うように教室に戻っていく朱音。パタパタと鳴る足音が家での朱音を連想させる。

いい加減ビタビタのままで気分も悪い。濡れてぺったりと顔についてしまった前髪を掻き分けて視界を広げる。

明るくなった視界のままボタンを上から外していく。真っ黒になってしまったこのシャツを捨てるにしろ洗うにしろ、一先ず後ろの水道で絞らせてもらおう。

中に着ていたTシャツまで汚れてしまっている。気に入っていたが仕方ない。これは捨ててもいいかな。

濡れて肌に張り付くTシャツも脱ぐ。脱ぎにくかったそれを一思いに脱いで水道で絞った。つけていたネックレスが素肌に触れて少し冷たい。

「水樹君って……」

いつの間にか横に来ていたもう一人のクラスメイトがこちらを見ていた。

「なに?」

「そんな顔してたんだ」

「……はじめまして水樹です」

「なにそれ。……はじめまして。永田です」

淡々と隣で話す彼女の表情は読めなかった。濡れていた床を拭いてくれていたようだ。雑巾を絞っている。

「あー、悪いな。ありがとう」

「何が?」

「床、拭いてくれてたんだろ?」

「別に。筆を洗うついで」

永田と名乗った彼女はとても冷静だった。

「今朝のことだけど」

そんな彼女が筆を洗いながら口を開く。

今朝のこととは田中と少しもめたあのことだと思う。思い返せば田中の後ろに居た気もする。

「あー。うん?」

「タナちゃんは自分で決めたら他に目がいかなくなるところあるから。私も止められなくてごめん」

どうやら永田は田中と仲がいいらしい。親しい呼び名で呼び合う彼女達は性格も大分違うようだが、だからこそうまくいっているのだろうか。

「いや、アレは俺も悪かったと思う。もっとうまく伝えることだってできたはずだし」

そもそも朱音のことなのに割り込んでまで口を出して田中を怒らせてしまったのが事実だ。竜も言っていたが大事なのは朱音の気持ちを自分で発することなのに。

「仕方ない。水樹君はその辺、苦手そう」

「そう言ってもらえるとたすかる」

脱いだ制服のシャツは洗っても色が落ちそうになかった。むしろ酷くなった気がする。

「それ、もう駄目そう」

「あー。永田もそう思う?」

「予備ある?」

「あるからこれはもう捨てる」

低いトーンで淡々と話す彼女だが案外話しやすかった。外から聞くと盛り上がっているとは思えないし俺たちもそこまでは思っていないが楽ではあった。絞って広げた制服は真っ黒で思わず苦笑いする。Tシャツは……うん、そういう色合いだと思えば、がんばって見ればそう思えるかもしれない。

「ごめん。水樹、これ……た、タオル私のだけれど使って」

田中はこちらの顔を見て一瞬言葉が止まった。何か驚いた表情をしている。

そんな彼女が持ってきたのは明らかに女性向けだとわかった。俺でも知っているブランドのタオルだ。……朱音も好きで家で見たことがある。

「あー、ちょっと待って」

頭から被った色水をふき取る気はない。一度水道で思いっきり頭を洗ってしまってから借りるつもりだった。だけど、これを借りるには少し気が悪い。そこそこいい値段がするはずだ。少しでも汚してしまうことを思うと躊躇う。

「時人くん、お待たせしました……って、こんなところで脱いじゃだめですよ」

永田も田中も反応しなかったので気にも止めなかったが、朱音的にはよろしくなかったらしい。

「時人くんは私に任せてお二人は戻っててください」

朱音が彼女達にそう言って二人の背中を押す。

「わ、わかったから、このタオルだけでも」

「大丈夫です、時人くんの持ってきましたから」

「そ、そうなの?……じゃあ、って、あー!そのタオル!」

無言で押されている永田と対照的に抵抗していた田中だったが、朱音が持ってきてくれていた俺のタオルを見ると叫びだした。

実家から持ってきたマフラータオルだ。あるバンドのライブグッズで少し古いものだが十分タオルとしての機能は満たしている。

「そ、それで拭くつもり!?汚れるじゃない」

「え、でも、時人くん気にしてないですし」

朱音の言う通りで俺は汚れても全く気にしない。現にさっきまで垂れ幕の色塗り中に首にかけていたもので、絵具で汚れる可能性ももちろんあった。所詮タオルだ。だが、田中にとってそうじゃないらしい。

「それ使うつもりなら、本当に私のタオル使ってくれていいから!返さなくていい!汚れたら捨てなさい!」

ぐいぐいと朱音に自分のタオルを押し当てて二人は教室に戻っていった。

「なんだったんでしょう……」

二つのタオルとジャージを手に持ちながら朱音がポカンとしていた。

「あー、朱音、そろそろ頭洗っていい?終わったらタオルよろしく」

「はい。……で、どっち使えばいいと思います?」

あの田中の勢いだ。俺のを使えばまた何か言われそうだ。

「捨てていいって言われたし、田中の借りるよ」

朱音が何か反論を言いそうだったのでそれより先に頭を蛇口の下に持っていった。常温の水だったが作業で少しかいた汗が流れて気持ちいい。

目を開けていないのでわからないが、ある程度は落ちただろう。そのまま蛇口を手探りで探して水を止める。腰が辛い体勢だが顔を上げると水が体まで滴ってしまう。そのまま軽く髪を絞った。

「朱音」

名前を呼んで彼女の方向に手を伸ばす。手のひらにタオルが乗ったのを感じてそれで一先ず顔を拭いた。そのまま前髪をかきあげるようにタオルで拭いていく。

「時人くん、しゃがめますか?」

朱音の言葉通りしゃがむと朱音が俺からタオルをとってわしゃわしゃと髪を拭き始めた。

ある程度水気が取れた当たりで朱音がこっちです。と手を引っ張った。すぐ近くの渡り廊下に置かれていた椅子に座らされる。朱音が後ろに立ってそのまま髪を拭き続けた。

「ありがとう」

「いえ、でも、やっぱり少し汚れ残っていたみたいです」

顔の前に出されたタオルは少し黒く滲んでいた。まあ仕方ない。もともとそうなるだろうと予測もしていた。

ドライヤーもないが、まだ秋とはいえない暑い時期。風邪をひくことはないだろうし髪もそのうち乾くだろう。朱音からジャージを受け取ってそのまま着た。

汚れた制服を入れる袋も持ってきてくれていたらしく、さっきまで来ていた服はそこに入っている。

前髪が濡れてぴったりと顔に張り付くのだけが鬱陶しい。前髪を分けて視界を確保する。くっきりと朱音の顔も見えた。

「ありがとう朱音」

「大丈夫です。こちらこそかばってもらってありがとうございました」

そう言って朱音が嬉しそうに笑った。問題ないという風に朱音の髪を少し撫でて教室に戻ることを促した。



「水樹くん大丈夫だったー?」

「うっはー。びったびたじゃーん」

教室に戻ると既に片付けはもう終わっていてほとんどのクラスメイトは帰ったようだ。

桐島が心配そうにこちらをみていたが、竜は濡れている様を見てカラカラろ笑っていた。

「あー。濡れただけだから」

「水樹、本当にごめんなさい」

田中が近寄ってきて再度謝られる。何度も謝られてもこちらが申し訳ない。本当は朱音をひっぱって誰も濡れなかったのがベストだ。それすらできないほど俺も焦っていた。

「あれは仕方ないって。気にしてないから。むしろタオルありがとう。汚してしまった」

「そう!タオル!アレってあのバンドのグッズだよね!?水樹好きなの?」

「あー、うん。わりと聞くかも。でも、ライブには行ったことない」

ぱっと見ただけでグッズだとわかるほどこのバンドが好きらしい。それで妙なテンションだったようだ。

「本当!?ちょっと世代違うじゃない?だから周りにいなかったから嬉しい……でも、なんでそれ持ってるの?」

「え、あー、実家から適当に持ってきたモノだし」

ぐいぐいと迫る田中にすこしたじろぎながらも答える。が、口が滑ったみたいだ。

「実家から……?それって……?」

「タナちゃーん。水樹くんもそろそろ下校時刻近いからとりあえず帰る準備しよー」

桐島が間に入ってくれた。いや、まあ焦るようなことは何もないが一人暮らしとか色々説明する気はないので助かったか。

「時人くん」

「何?朱音?」

「……何もないです」

後ろから田中との会話を見ていた朱音が名前を呼びながらジャージの裾を引っ張る。何か言いたいことがあるみたいだ。

それでも桐島に急かされたとおり時間もない。振り向いて朱音を抱きしめる。

「また後で教えて」

そう言って帰る準備をするため朱音の手を引いて自分の席に向かった。リュックを担ぐだけだけど。



教室を後にしてまだ明るい廊下を歩く。それでも前より段々と昼は短くなってきていた。気温はまだまだだが季節はしっかりと進んでいるらしい。

制服で歩く周りの中一人だけジャージなのは浮くかと思ったが案外そうでなかった。もともと服装の規定は緩い校則だ。ジャージだったりTシャツのままの生徒も多かった。

「お腹空いたんだがー」

「わかるー。ぺこぺこだー」

前を歩く竜と桐島が空腹を訴えている。二人が言うとおり俺もお腹が空いている。隣の朱音はニコニコとしていて疲れも空腹もなさそうだ。

「朱音疲れてない?」

「問題ないですよ。時人くんはお腹空いてそうですね」

「普段食べてるくらいの時間じゃない?」

「そうですね」

朱音がクスクスと笑って肯定する。

「ねえ、この後みんなで何か食べに行こ!」

田中が場にいた皆に声をかけた。みんなの中に俺も入っているらしく、彼女の中で俺への壁はすっかり無いみたいだ。

「あー、俺とりあえずシャワー浴びたいから今日はパス」

「じゃあ私も今日は帰ります」

「あーそれは仕方ないなー。時人びったびただしなー」

「それは本当、ごめんなさい」

「いいっていいって。また誘って」

もうすぐ部活が終わる時間らしい萩原の合流を待ってから動くようだ。校門を出たところで皆に別れを告げた。

「長月さん、ちょっと」

別れ際、永田が朱音に何か耳打ちしていた。何を言われているのかわからないが段々と朱音の顔が赤くなっていく。

「と、時人くん。かか、帰りますよ」

噛みながら朱音が俺の手をひっぱって歩き出した。最後にちらりと見えた永田が笑っていたのが印象的だった。初めて見るその顔は大須が悪戯っぽく笑う顔と同じだった。




ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ幸いです。


第3章に入ってから新キャラクターが続々と出てきてますが問題ないでしょうか?

更新の間が開いた期間があったので少し心配です。


同学年の男子生徒の有村と先輩の稲垣。

時人のバイト先に現れた両親の友人でもある橘玲。

クラスメイトとして田中と永田の女子2人。


時人が外見にそこまで興味ないので詳しい見た目の描写できてないですが、名前は覚えておいてもらえるとたすかります。


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