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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第3章
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第127話 出会い


時人視点じゃないです。




最初は勉強ができたことだったかもしれない。

小さいときから器用だった自覚はある。

母親に求められるままに何事も挑戦していた。習い事に塾、一時期はスポーツジムなんてものにも通っていた。

それが正しいと思っていた。ただ与えられた課題をこなし、それを見た母親が満足する顔を見て自分も満足する。

さすがね。えらいね。この調子でがんばるのよ。

そう言われるのが好きだった。

あの子には負けちゃダメよ。

そう言われるのが嫌いだった。

母親があの子と呼ぶ同じ年の兄弟。話したことはなかった。喋っちゃダメと言われていたから。

同級生はお兄ちゃんに遊んでもらったと、弟と犬の散歩に行ったと言っていた。

そんな経験などしたことがない。あの子と遊びたかった。

大きすぎるあの家は自分にとって外と変わらない。ただいまと言っても何も返ってこない。たまに家政婦さんと会って曖昧に笑われるだけだった。

その頃にはもう気づいていた。

母親と会うのは何か結果が出るタイミングだけ。

塾のテストの日、水泳大会の日、ピアノの発表会。

母親が求めていたのは結果を出せる都合のいい自分の道具。資産家の父の跡を継ぐことのできる有能な子ども。

俺でなくてもよかったんだ。母親にとって利用できれば俺でなくてもいい。

中学二年の夏。

夏期講習を終えて帰るだけの時間。ふいに帰り道がわからなくなった。帰る意味がわからなくなった。

ただ夜の街を歩いた。何も考えずの行動。ただ塾から離れるために歩いていく。

夜の街は眩しかった。オフィスビルから漏れる誰かの頑張りがわかる光も、声をかけて店に客を呼ぶスーツの男も、集団で笑いあう若い男女も、眩しかった。

「……どうしたの?」

声をかけられた。金髪の長い髪をした綺麗な女性。その隣には同じく金髪でギターケースを背負った同い年くらいの少年。

雰囲気から親子だとわかった。

「母さん、知り合い?」

「知らないわ。でも、さすがに泣いてる子は気になるからね。大丈夫?」

そのときに初めて泣いていたことに気づく。手を目元に当てるとたっぷりと濡れていた。

「……大丈夫」

そう返した途端に女性に抱きしめられる。

柔らかくて温かくて。これが本当のお母さんだと思った。

母親に抱きしめられたことなんてなかったから。

気づいたらもう止まらない。涙と慟哭。

戸惑っていたと思う。その親子も俺も。

俺でさえわかっていなかった。自分が何を思って泣いているのか、何を叫んでいるのか。

それでもその間その女性は慰めていてくれていた。

「落ち着いた?」

「……すいません。迷惑をかけてしまいました」

「いいのよ。子どもなんだから甘えなさい」

甘えるな。なら何度も言われた。甘えなさい。なんてはじめて言われた。

「これ、つかれただろ?飲んでいいよ」

少年に自販機で買ってきただろうコーヒーを渡される。飲んだことのないそれに少し怯えながらも開けて一口。すごく甘かった。

「ありがとう。美味しい。コーヒーって甘いんだ」

「ふっ。まー俺はブラックしか飲まないけど。そんなの甘くて飲めないし」

顔を少し上にあげて見下すように笑う。それでもその顔から不快感なんて全く感じない。

「そうなんだ。かっこいいね」

「……君、何歳?中学生だろ?」

「14歳。中二だよ」

「じゃあこの子とタメね。この子も中学二年なの。学校にはあまり行ってないけどね」

タメなんて初めて聞いたけれど流れ的に同い年って意味のようだ。

「学校、行かなくていいの?」

「面白くないだろ?俺はベース弾いてるほうが楽しい」

「ベース?」

「これ。楽器」

彼が背負っているのはギターじゃないようだった。

「でも、勉強とか」

「勉強はしてる。テストとかも受けてるし。まあ点数さえとってれば教師とか何も言わないから」

「それっていいんですか?」

彼じゃなく母親の方を見て尋ねる。彼の言ってる意味がわからなかった。

「いいのよ。だって楽しくないのに行ったって仕方ないでしょう?疲れるだけじゃない」

「でも……」

「君さ、こんな時間だけど帰らないで大丈夫?」

「うん。母はそんなこと気にしてないから」

普段なら家に着いている時間だ。でも、そんなこと母親は知らない。そう言うと彼もお母さんもニヤリと笑った。

「じゃあいいわね。お腹空いてる?私たちとご飯食べに行きましょう?」

知らない人には着いていってはいけない。とか、そんなことをよぎることもなかった。気がつけば頷いていた。

「あなた名前は?」

「柳です。柳竜と言います」

「……カッコいい名前してるね。私は水樹月子っていうの。この子は時人よ」


まさか忘れられてるとは思わなかったが、この出会いは俺の中で大きなターニングポイントになった。

まあお互いに見た目がかなり変わったから仕方ないかもだけど。




ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ幸いです。



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