第125話 淀む
嫌な雰囲気だ。個人的にだけれど。
文化祭のクラス代表が集まって進む会議は私の好みでないほうに話が動いている。
だからこそこうして笑っている。周りのみんなはこれで文化祭が盛り上がると思っているのだ。自分ひとりのわがままでこの空気を壊すことができない。
このまま進めばきっとこの議題は可決されるだろう。
嫌だなあ。
ミス&ミスターコンテスト。
文化祭の客の入りで勝負するまではわかる。でも、それにこのコンテストの結果も加味されるなんて。
クラスのみんな、やる気もあるしきっと勝ちに行くだろう。だとするとクラスでコンテストの出場者を決めるなら彼女が選ばれるようになってしまう。
だって彼女は他の誰よりも可愛い。それこそテレビで見る芸能人や雑誌の一面を華々しく飾るモデルにだって負けていない。
……彼が嫌がりそうだ。
彼女といつも仲睦まじく過ごしている彼。彼らの様子は周りの人すら照れさせるほどだ。場所なんて気にしていないように二人の空間を作り上げる。それこそ学校だろうと、外だろうと気にしていない。
そんな彼は精神的にひどく未熟な面を見せることが増えた。
以前の彼はマイペースで我が強かった。面倒とか飽きたとかそんな理由で授業をサボったりしていたし、誰とも進んで友好的な関係をつくろうとしていなかった彼には私ともう一人ぐらいしか関わろうとしていなかった。その人と目を合わせることすら許さない前髪もそれをより強調していたかもしれない。
でもその彼は一人でいることを気にもしていなかった。
周りを気にせず、自分を貫く彼。
そんな彼がいつの間にか彼女と関わるようになった。
彼女も彼女で癖が強かった。
入学して同じクラスになった彼女を始めてみたとき驚いたのを覚えている。その端整な顔立ちは同性であるにも関わらず心を揺るがされた。
そんな彼女は表情をだすことがなかった。いつだってポーカーフェイスで誰一人関わることを許さないかのように誰にも敬語で壁を作っていた。
そんな二人がいつの間にか関わるようになっていた。
気づけば呼び方が変わっていたし、気づけば距離は近くなっていたし、気づけば表情が柔らかくなっていた。
彼女と友だち、と呼べなくなるくらい関係が進む頃には彼は大きく変わっていた。
彼女との関係性に不安を見せたりするくらいには彼の強さは変わっていた。
彼の精神的に未熟な部分。それはいままで友好的な交流が少なかったがゆえに今の関係に強く固執しているコト。
もちろん相手が恋人である彼女に固執するのはまだわかる。
女性としてはあそこまで想ってくれるのは嬉しいだろう。今は多少気持ちを切り替えたものの、それでもやっぱり彼女の立場に憧れるときがある。
でも、彼の、あるいは彼女もそうだけどお互いに依存するかのような関係性はたまに怖いくらいだ。
だから今の会議の件は彼が嫌がりそうなのだ。
周りにばれないようにため息をつく。会議はまとめにかかっている。これから教室に戻って決まったこれを発表するのが今から憂鬱だ。
大好きで仲良しの彼女が、私の想い人と結ばれた。さらにこのコンテストで彼女のことがまた認められて。
……私が彼女に敵わない、と嫉妬してしまうのが一番嫌だった。
午後のホームルームは文化祭の準備に当てられていた。会議に抜けた桐島が事前に割り振っていた仕事を各自進めている。
「なー時人ー。俺に釘打つ才能がなかったことが驚きだわー」
そう言ってカラカラ笑う彼の手元には曲がった釘が散らばっている。曲げては抜き、曲げては抜きを繰り返した手元のベニヤ板は失敗した痕跡が残っていた。
「……ひどいな」
自分の分の作業を進めながら思わず笑ってしまった。
「俺さー自分のこと割と器用だと思ってたんだけどなー」
「俺もそう思ってた」
そう二人で笑っていると教室の一角で一際大きい賑わいがあった。その方を見るとクラスメイトが浴衣を着ていた。
どうやら接客担当の係りが衣装を合わせているようだ。
「ユーリは浴衣似合うなー」
そのうちの一人、友里が注目の的となっていた。浴衣を着こなして爽やかに笑う彼に視線が集まる。
「みんな遅れてごめんねー。作業しながらでいいからちょっと聞いてくれるー?」
扉をがらがらと開けて手を叩いて注目を集めたのは桐島だった。会議は終わったらしい。
「あのねー今日決まったんだけどー
ある程度準備も進んでいて俺の作業は十分間に合いそうだった。放課後に残るクラスメイトもいるようだが俺は帰ることにする。
内装を手伝っていた朱音も帰れるみたいなので二人で家への道のりを歩いていた。
「時人くん、もう決まったことですから……」
「わかってるけど、なんか嫌なんだし、そう思ってしまうのが余計に嫌だ」
桐島が教室に持ち込んだ話題で準備の手が一斉に止まった。各クラスの出し物の人気とミス&ミスターコンテストの結果で順位をつけるらしい。
そしてやる気に満ちたクラスメイトの期待と推薦を断れず出場するのは朱音になってしまった。ちなみに友里とペアである。
「……やっぱり断ります」
「違うって朱音。ごめんそうじゃなくて」
朱音自身も出場する気はなかったようだが周囲の意見におされた結果だ。断ることはできると思う。
でも、勝ちたい。と。気持ちを一つにしているクラスメイト達の手前引き受けたようだった。
後から桐島がごめん。と謝ってきた。人の気持ちをよくわかる桐島らしい。彼女が謝ることじゃないので笑っていいよいいよ。と言っておいたが桐島の苦笑いが目に残った。
朱音が目立ってしまうことが嫌だ。
そう思ってしまう自分も嫌だ。
こうして朱音を困らせてしまうのも嫌だ。
自分は心の狭い人間だ。
朱音が他の男を見るわけがないとわかっている。
それでも他の男が朱音を見るのは止めることができない。
「ごめん、朱音。うまく俺の気持ちが言葉にできない」
「……大丈夫です。時人くん。私にはわかってますから」
これでは執着だ。俺は朱音が誰かに汚されてしまうかのようにひどく怯えている。ただ学校の行事だと言うのに。
まるで朱音をモノ扱いしている。自分のモノだと。ただの我侭だ。気持ちが悪い。
握る手に力を入れて隣で笑う朱音に俺は弱弱しく握り返すことしかできなかった。
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