第123話 先輩の思惑?
「もしかして君達もつきあってるのかな?」
稲垣は表情を変えず相変わらず気味の悪い笑みでそう言った。
「……このパターン多いな」
「……?ちょっと何を言ってるのかわからないな」
俺の呟きは彼にも聞こえたらしい。どうしてかはわからないがこうして朱音と帰っているときに俺たちはトラブルをひきやすい気がした。
朱音はすすすと俺の背中側に回って距離をとっている。ちらりと視線をそちらにやってその表情を盗み見ると、そこまで怯えているわけではなさそうだったので一先ず安心した。
「すみません。気にしないでください。ところで何か用ですか?」
「ははは。そんなに警戒しないでくれるかな」
はははと笑いつつもその目は笑っていない気がする。もっとも彼のことをよく知らないので言い切ることはできないが。
「お昼はごめんね。有村が迷惑かけたみたいで」
「有村?」
「ああ。名前知らなかったかな?昨日も会っただろう?」
どうやらあの朱音に興味ある男は有村というらしい。知ったところで話しかけることもないが。
「……お昼に何かあった?」
「何もなかったですよ」
一旦朱音に聞いてみる。友里から聞いているので知ってはいるが、詳細は知らないわけだし。
朱音も特に気にしていないようにそういったのでここは頷いてもう一度稲垣を見る。彼の表情は変わらない。
「何もなかったみたいなんで、気にしないでください。すいませんが急いでますのでいいでしょうか?」
「……そっか。うん。俺も部活があるから。またね」
話をきりあげると稲垣も手を振って去っていった。
「……帰ろう、朱音」
「はい」
朱音は若干テンションの下がったようだ。手を伸ばして朱音の手に触れる。そのまま引き寄せるように手を繋いだ。その手に力が加わって少し安心する。
折角一緒にいるのだから少しでも楽しんでほしい。俺の思いは伝わっていると信じて。
「昼休み、食堂で本当は何かあった?」
「本当に何もなかったですよ」
「……朱音たちがちょっかい出されてるって近くにいたらしい友里から聞いたから。心配してた」
校門を出て帰り道。周りにも帰宅する生徒がいる中朱音と並んで歩いた。
俺の問いに朱音は誤魔化すようでもなく本当に何もなかったと語るので友里の名前を出す。一瞬ぽかんとして思い出したようにああと呟いた。
「時人くん、あの前にロッカーの前で話しかけられた男の人覚えていますか?」
朱音が言うのは有村のことだろう。もちろん覚えているので、頷いて朱音に続きを促す。
「桐島さん達とご飯していたら、あの人にやたら声をかけられたので萩原さんが怒ったというかなんというかありまして。その後さっきの先輩?さんが一声かけて去っていきました」
松山さんが見ていたのは多分この一連の流れのことですよね?と朱音はこちらを向いた。
「うんわかった。何もなかったならよかった」
友里がわざわざ言いに来たのだからもっと何かあったのかと思っていた。よくよく考えればもっと大事だったなら朱音は見たらわかるような顔をするはずだし、桐島も萩原もいたのなら俺にも何かしら言ってくれるだろう。
「時人くん心配してくれたのですか?」
「もちろん」
朱音は微笑みながらこちらを見上げる。
「心配させてごめんなさい。気にしてくれて嬉しいです」
謝りつつも朱音は嬉しい気持ちのほうが強いようだ。ニコニコと笑うその笑顔はとても可愛らしい。
握る手に力を込めて返事をした。また朱音はニコニコと笑った。
「時人くん、文化祭が近いらしいですね」
「マスターはそんなのどこから聞いたんですか」
「喫茶店のマスターは何でも知っているんですよ」
悪戯っぽく笑うマスターに降参といった体で両手を軽く上げる。答えを教えてはくれなさそうだがきっとそこに意味なんてないのだろう。マスターの茶目っ気だ。
「文化祭っていっても僕は何もしないんですけど」
「クラスで何もしないのですか?」
「あー、一応縁日の出店?的なものをやるみたいですけど当日は何も係りとかに当たってないので」
「そうなんですね」
マスターは落ち着いて笑っていた。
店内に客はおらず今日は忙しくない。先ほどからすることもなくなったマスターも椅子に座ってしまっていた。
「他のクラスは飲食店とか演劇とか?するみたいです。個人的には忙しそうなのでそういうのにならなくてよかったです」
「時人くんは冷めてますね……」
「面倒なのは疲れるじゃないですか」
その言葉に思わずマスターも苦笑いしている。
と、その時店の扉が開いた。カランカランと入店を知らす鐘が鳴る。現れたのは父親と同じくらいの年齢の男性だった。
「やあマスター。久しぶりだね」
「いらっしゃい。この時間に来るのは珍しいですね」
「いらっしゃいませ」
やってきた男性客はマスターの知り合いか常連らしい。知った顔のようだ。
マスター達の言葉に被せないように挨拶をしてから、空いているテーブルに案内しておしぼりと水を用意する。その間も二人の会話は弾んでいた。
「ブレンドもらえるかな」
水を提供した際にそのまま注文を貰う。マスターは注文がわかっていたようで既に準備を始めていた。
「かしこまりました。少々お待ちください」
飲み物が出来上がるまでは少し手持ち無沙汰だ。とはいえ客の手前先ほどのような、気を抜いた態度をすることはできない。
「ねえ君、アルバイトかい?高校生かな?」
「はい。ここでバイトさせてもらってます」
「そうか……。マスター、彼がいつもライブしてくれているっていうバイト君かい?」
マスターから話題にでていたようだ。俺のことは知っているらしい。
「そうですよ。水樹時人くんです」
「会いたかったよ。春人は、お父さんは元気かな?」
男性客は父も知っているようだ。
「元気……だと思いますよ。父をご存知なのですか?」
「まあ春人が元気じゃないところなんて見たことないけどね。俺は春人の友人だよ。月子さんも知ってる」
「それは……両親がお世話になっています」
「……本当に春人の息子なのかい?礼儀正しくて驚いたよ」
本当に父を知っているらしい。
そんなことを話しているとコーヒーの準備ができたみたいだ。マスターから受け取って男性客の前に置く。
「お待たせしました」
「ありがとう。いただきます」
コーヒーを一口飲んでゆっくりとカップを置いた。
「美味しい。変わらないねこの味」
「それはよかったです」
マスターもカウンターから出てきて微笑んでいた。
「ねえ時人くん、ちょっと何か弾いてみてよ。いいよねマスター?」
マスターに視線を動かすと頷いていた。他に客もいないし問題はないのだろう。
壁にかかっているマスターのギターを借りる。ストラップを肩に通してマスターに出された椅子に座った。
「あー、じゃあこの前ここでやった曲を弾きます」
夏休みにライブで弾いた曲をそのまま弾き語る。一曲終えた頃に二人が拍手してくれた。
「いい声してるね。好きだよ」
「ありがとうございます」
「あ、ごめん今更だったけど……。橘玲っていいます。気軽に玲って読んでもらえると嬉しい」
「わかりました。玲さん。よろしくおねがいします」
その後も何曲かアンコールを求められては弾き語った。時には曲を指定されることもあって知っていた曲だったので問題なく応えた。
シフトの終わる時間が来るまでほかの客が来ることはなかった。
「ありがとう時人くん。楽しかったよ」
「いえこちらこそ楽しかったです」
帰る準備を終えて裏から戻ると玲さんから労いの言葉をもらった。本当に気に入ってもらえたようだ。大分距離も近くなって今では軽く肩を叩かれている。
この人の雰囲気はどこか竜に似ている。だからあまり緊張することなく過ごすこともできた。
「おつかれさまでした。時人くん。出るときに外の看板をcloseにしておいてもらえるかな?」
「わかりました。おつかれさまです」
玲さんはまだ帰らないようだ。マスターと話すことでもあるのだろう。二人にもう一度礼をして店を出た。
お腹がすいた。家で待っている朱音を思って少し早足になる。今日のバイトがこんな感じだったとわかっていたなら今日は朱音が来てもよかったかもしれない。なんて思った。
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